熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき

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ニート、異世界に立つ

熟練度カンストのボトラー3

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「裸足だな」

「そうです」

 俺の指摘を受けて、リュカは泥だらけになった足を持ち上げてみせた。
 あっ、はしたないポーズ。
 見えそう、もう少しで見えそう。

「ユーマ?」

 そのような穢れのない瞳で、必死に覗こうと身を屈めた俺を見つめるのはおよしなさい。
 悪いことをしている気になってくるではないか。
 いや、しているのだが。

「女の子が裸足で歩き回るのはよろしくない。俺のスリッパを使うのだ」

 俺はトイレスリッパをリュカに貸し与えた。
 そして俺が裸足である。
 これはよろしくない。
 見栄を張って、リュカにスリッパを貸した俺だが、俺の足の裏が取り立てて強いわけではない。
 むしろ軟弱な現代っ子である俺は、プニプニのふわっふわな足の裏をしている。

「ユーマ、剣で私の服の、ここを破って、ね」

「な、なんだって」

 服を切り裂く!?
 俺の脳裏を、年齢制限付きゲームの表現が過る。
 ちょっとバイオレンスな表現ながら、着衣を破くという展開は男心をくすぐるものがある。

「布、厚いから、ユーマが足に巻くといいよ?」

「ハッ……! そ、そうだったのか。俺は己の心の汚さが恥ずかしい」

 俺は反省した。
 そして一瞬で立ち直る。
 バルゴーンを召喚し、リュカの貫頭衣の、太ももの半ばから上辺りまでを頂いた。

「うふふ、ふかふか、ふわふわ。これ、不思議な履物ね?」

「ああ、スリッパと言うのだ。俺も布からリュカの温もりを感じるナリ」

 さっきまで女の子が身につけていた布を、足の裏に巻きつける背徳感よ。
 なんであろうか、この体験。
 このシナリオは。
 昨今のゲームは、これほどまでにフェティッシュなシナリオ展開をしているというのか。
 ……と、いうところで気がついた。
 先程から、俺はナチュラルに剣を振るい、走り、そしてリュカの手を握ったりしてきた。
 これらは本来、ジ・アライメント対応コントローラーを通した操作で行う行為だ。
 だが、どう考えても俺の肉体を用いて、今までの行為を行ってきたようにしか思えない。
 そも、VRゲームは視覚と聴覚を使って臨場感を与えてくれるものの、まだ触覚までは達していないはずなのである。
 しかしこれはどうだ。

「うん?」

 風上に立つリュカからは、なんとも言えぬ良い香りが流れてくる。
 これが、女の子の匂いというものなのであろうか。
 きっとそうなのであろう。
 俺が中学時代に学び舎を共にした女どもは、むしろ汗臭いばかりであったような気がするが、あれが間違っていたのだ。
 こっちが正しい。正解。

「ユーマ、なんだか明るい顔をしてる。良いことがあったの?」

「ああ、俺は今、何か悟ったようだ」

 俺は晴れやかな気持ちになった。
 よく分からんが、今はゲームなのが現実なのかさっぱり不明な事態になっているということ。
 そして、リュカがいい匂いがするということ。
 まあこれだけ分かればそれで良かろう。
 あの、ボトルに用を足しながらコントローラーをカチカチやる暗い世界よりは、随分ましである。
 あれより悪くなることはあるまい。

「よし、では」

 俺は声を掛けようとして、はたと気がついた。
 そもそも、俺は何をやれば良いのだ?
 俺にはクエストなるものなど与えられていないし、ましてやこれが現実であるならば、俺はジャージとスリッパと魔剣だけを手にして、何の知識も無いままにここに降り立った事になる。
 これはいかん。
 どうしたものか。

「うんー?」

 リュカが首を傾げている。
 おお!!
 いた!!
 地元民!
 現地人!
 彼女がきっと、俺の導き手なのであろう。

「リュカ」

 俺は彼女に話しかけた。
 そして、ふと、これがリアルであれば、自分は生身の女子と共にいるのだと意識し、ハッとした。
 これは……まさか、噂に聞くリア充……?
 女子と普通に会話するなど、リア充なる存在の如しではないか。
 はは。ははははは! 俺はどうやら、気付かぬうちに人間としてより高いステージに達していたらしい。

「リュカ、聞きたいことがあるのだが」

 俺はかっこいい声を作って尋ねた。

「うん? 聞きたいこと、なぁに?」

「うむ、俺は……どうすればいいんだろう」

 言ってみてから気づいた。
 うっわ、かっこ悪い。
 なんであろうか、どうすればよいのだろう、とは。自分でそんなことも決められないのか。
 決められるはずがあるまい。
 俺は即座に断定した。
 これまでニートとして暮らしていた生活の中。
 食事とは、上げ膳据え膳である。
 主な生活空間であったジ・アライメントでは、クエストがあり、パーティからの依頼があり、アルフォンスとやるべき目的があった。
 思えば全て、他人が用意してくれた目的である。
 俺はこの年になるまで、自ら決めて動いたことなど無かった。
 ……無かった?
 否。
 否である。
 俺は自らの意志で社会からドロップアウトし、ニートという道を選んだ。
 それは逃避であったのかもしれぬ。
 しかし、社会は時に逃避を悪し様に言うが、それは悪なのか?
 否。
 俺はいじめに遭いながら、そして家族の無理解に遭いながらも、社会全てから逃避することでこうして生きながらえている。
 逃避していた間に行ったことが、剣術スキルの熟練度上げばかりであった気もするが、例えゲーム中とは言え、俺は人と関わった。
 俺よりも弱いパーティを助け、設定された様々なクエストをくぐり抜け、アルフォンスと出会い、共に旅をした。
 メンテの時には自らの意思でトイレに行ったし、風呂に入った。
 なるほど、俺は、己の意思で決定することも行っていた。
 なんだ、簡単ではないか。
 社会から逃避してニートになる事と、異世界にやって来て自らの意思でこれからの道行きを決めること。
 大した違いではない。
 俺は自己完結した。
 自ら答えを出したのだ。
 一時間位経過していた。

「ぐう」

 リュカが寝ている。
 なんともマイペースな少女である。
 川にほど近い木に寄り掛かり、寝息を立てている。
 とても、つい先刻まで魔女裁判もどきで火刑に処せられそうになっていた少女とは思えぬ。
 そこでふと、俺は喉が乾いている事に気づいた。
 川まで行って、水を掬って飲む。
 さっき小便をした所は避けている。
 水道水とは違った味がした。
 流れていく川は清浄である。
 魚が泳いでいる。
 水面には、貧相な男の顔が映っていた。
 髪は伸び放題でバサバサ。
 無精髭がまるで原始人のようだ。
 これは誰か。
 俺である。
 えっ、この顔でさっきまで格好つけてリュカに物申していたんですかッ。
 恥ずかちい!

「虹彩剣、バルゴーン!!」

 俺は魔剣を召喚した。
 俺とアルフォンスの絆の証である、魔剣である。
 そして、川面を鏡代わりに……散髪とひげ剃りを開始した。

「うむ……滑らかだ」

 頭を、顔を吹き抜ける風が爽やかである。
 どれ程ぶりに、サッパリとしたことであろうか。
 俺の剣の腕と、バルゴーンの切れ味を持ってすれば、散髪をしてひげ剃りをする事など容易い。
 俺の髭はサッパリそられてスッキリと。
 問題は、俺に髪型を整えるセンスが無かったことで、ちょっと短すぎるくらいまで髪が切られていた。
 五分刈りまでは……ギリギリ行かないであろう。

「アリか無しかで言えば、ギリギリ、アリではないだろうか……」

「あり―!」

「うわあーっ」

 俺はショックに飛び跳ねて、思わず川に顔面からダイブした。
 そして、泳げないことに気づいてあっぷあっぷする。

「たすけてえ」

「た、大変!!」

 川べりにいるのはリュカである。
 彼女はスリッパを脱ぎ捨てると、ざぶざぶと川に入ってきた。
 そして、もがく俺の腕を引っ張り上げる。

「うーんっ」

「おおーっ、リュカ、ありがとう、ありがとう」

 引っ張られた俺は、なんとか立ち上がることが出来た。
 あっ。
 この川、浅い。

「大丈夫? 助かった?」

「助かった。感謝する……」

 またも、またも恥ずかしいところを見せてしまった。
 なんだこれは。
 俺がリュカに恥部を見せつけるイベントか何かなのか。
 俺は彼女に手を引かれて戻ってきた。

「驚かしてごめんね。目が覚めたら、ユーマがなんだか楽しそうだったから、つい」

「は、ははは、気にしてはいない」

「でも、ユーマはなんだか全然変わったね? スッキリ?」

「うむ……」

 俺はつるりとした顎を撫でた。
 概ね、リュカにも好評らしい。

「ねえユーマ。私、夢で見たの。シルフさんたちの夢」

「夢……?」

「うん。私は、精霊の里の子。里から遠く、連れてこられたの。みんなは精霊になっちゃった。だけれども、まだまだ里には人がいるの」

「ふむふむ」

「ユーマ、私を助けたでしょう。私と同じように、みんなを助けてもらえる?」

「リュカの故郷を救うということか」

 クエストだ。
 こいつは分かりやすくていい。

「分かった。そのクエスト、引き受けよう」

「くえすと……? うん、ありがとう」

 リュカが笑顔を見せる。
 疑問を感じても、それが俺であるのだとあるがままに受け止めてくれる。
 リュカはそういう少女だった。
 そんなリュカを、火刑で殺してしまおうとする奴らがいる。
 奴らは、リュカばかりではない。恐らく話を聞くに、彼女の仲間たちを、同じやり方で殺している。
 残った彼女の仲間を、同じ目に遭わせるわけには行くまい。

「そうだな、クエストの報酬は……」

 君の笑顔でいい、とか思いついて、あまりの臭さに俺はビクンビクン震えた。
 これは言えない。
 流石に俺でも言えない。
 リュカは不思議そうに俺を見たが、奇行は俺の常であると察したのか。
 すぐに気にした様子もなくなり、歩き出した。

「里は、あっちだよ。シルフさんたちが、教えてくれるから……!」

「よし、行こう」

 かくして、俺は自らの道を選び取った。
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