ある夏の日の事件(仮)

木村

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第1章

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 夏休みもこの頃になるとダレてくる。時間ばかりをもてあまし、何もせずに暑さにうなされるだけの毎日だ。
 その怠惰な生活に突如差し込んだ、電話の着信音。
 それは、一風変わった出来事の幕開けだった。

 普段は二階の自室にいることが多いあたしも、この時期はエアコンがあるというだけで居間に陣取ることが多い。二階にいたとしたら、この電話は面倒がってとらなかったかも知れない。家族全員が携帯電話を持っているので、一般回線の電話にかかってくるのはかなりの確率でロクでもない電話だからだ。スタンダードなな無言電話やイタ電に始まり、セールス、選挙関係、ジャンル不明の電話、エトセトラエトセトラ。
 そんなことを考えながら液晶の表示を見ると、送信元が公衆電話であることを示していた。
 もしかしたら、携帯を落とした家族が──などと考えて、少々の逡巡ののちに受話器に手を伸ばす。
 あたしは受話器を取ってもこちらからは喋らず、相手の出方を待った。
「あー……」
 声の後ろで、なにやらがさごそと音がした。それに加えて車が走る音が断続的に聞こえる。公衆電話だから当たり前といわれればそれまでだけど。付け加えるなら、車の音がやたらクリアに聞こえることから、ボックスではない公衆電話か、そうでなければ電話ボックスの入り口が開けたままなのだと考えられる。
「……お……お前の息子は預かったぁ~……」
 抑揚のない、やる気の感じられない声だった。
 ──はぁ?
 ……これって、もしかしてアレですか?
「返してほしかったら……」
 先ほどのようながさごそに混じって、「ボー、ボー」と鼻息っぽい音もする。
 まあそこはおいといて。
 つまりアレだ。身代金目的の誘拐、脅迫電話。
「えーと……あー……あ!」
 ガタガタガタ! と慌ただしい音がする。受話器を落としたようだ。
 しばらくして。
「うわー、たすけてー」
 誰も頼んでいないのに、人質らしい声が聞こえた。セリフの内容に反して、切迫感というものがまるでない。
 なんとも緊張感に欠ける脅迫電話だが、この直後、電話の声は一応の身代金要求をやってのけた。その額というのが、これまたすごい。恐らく、日本身代金誘拐史上、最も──

 相手が電話を切ったのを確認して、こちらも受話器を置いた。
 なんとなく時計を見る。午後二時すぎ。見る気もないのにつけっぱなしのテレビでは、ワイドショーをやっていた。トップニュースは──誘拐事件。奇遇ですな。
 例に漏れずこちらも身代金目的だという話なのだが、要求だけしておいて犯人が金を取りに来ないので、未だに犯人は捕まっていないようだ。このニュースはここ数日、そこそこ大きな扱いをされている。
 犯人から見た犯罪の理想形とは、「犯行自体が自分以外の何者にも露見しないこと」だろう。この点から見ると、身代金誘拐というのはその骨組みからして間違っている。人間一人以上の消失、身代金用を要求する連絡。この時点で事件の存在が確実に露呈する。さらに、身代金の受け渡しの時に犯人自身の存在どころかその正体までがバレてしまう。この手の犯罪が絶対に成功しないといわれるのはこれによる。
 ──あれ?
 あまりの緊張感のなさに隠れて見えなかったが、さっきの電話──身代金は確かに要求したものの、受け渡しは場所や連絡方法の指定は一切なかった。
 どういうことだろう? 中途半端な思考が頭の中で渦を巻き、一向に形が見えてこない。それは、あたしが真剣に考えていないせいもある。
 なぜこの状況で真剣にならないのか。
 答えは簡単。一つだけわかっていることがあるからだ。
 それは、さっきの電話は間違い電話であるということ。
 その根拠。この家には息子と呼ばれるべき存在がいないのだ。
 ここに住んでいるのは、お母さん、お父さん、あたし。三人家族だ。この中で唯一「息子」と呼ばれる可能性があるのはお父さんだが、父方の祖父母はどちらも他界している。さらにさっきの電話での「人質」の声から、お父さんはまず該当しないと考えられる。
 故に間違い電話。
 ここで問題なのは、どう間違ったのかということだ。
 公衆電話だから、ボタンを一回一回押さなくてはならない。だから、携帯電話でアドレスを使ってかけるのとは違い、間違いは多々生まれるものだろう。
 少し考えてみるだけでも、間違いの可能性はいくらでも浮かぶ。
 しかし、ひとつの効果的な仮定を思いついた。
 もしさっきの電話が、市外局番を使っていなかったとしたら?
 その場合、犯人(と呼んでしまっていいだろう)の現在位置の幅はぐっと狭まる。おまけにこのご時世、公衆電話なんてそうそうない。さらに、あれだけ車の音が聞こえたということは確実に室外である。
 この家と同じ市外局番が有効な範囲にある、室外に設置されている公衆電話。
 探せない範囲じゃない──もちろん、可能性は低いかもしれないけれど。
 窓から外を見る。
 真夏の日射しがさんさんとアスファルトを焼いていた。
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