蜜は愛より出でて愛より甘し

久保 ちはろ

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  教会の身廊を歩く二人の足音が、高い天井に響く。祭壇の前で初老の神父は足を止め、ピアに穏やかな笑みを向けた。
「そうですか、あなたは第一王子の家庭教師でしたか。なかなか立派なお勤めです」
「いえ、私もまだ勉強中の身なので、殿下のご慈悲がなければ、このような栄誉を授かることはなかったでしょう」
「聡明で寛容なジュリアス様の噂は、この小さな街にも十分伝わっておりますよ。お若いのに立派な方ですね」
 神父は優しく頷き、そしてすまなさそうに言葉を継いだ。
「外壁が工事中で、お見苦しくて申し訳ない」
「いいえ、今日教会内に入ったのは初めてですが、本当に美しいですね。柱の装飾も繊細で」
 ピアはぐるりと仰いで、高窓に嵌っている色彩豊かなステンドグラスを見回した。あいにく今日は曇っているが、晴れならば美しい光線が幾重にも重なる様子を楽しめただろう。
「ええ、ガラス職人の技巧は神の賜物といっても過言ではありませんね。私も毎日見ているのに、光線の具合で表情が変わるので一日と飽きることはないですよ」
 目元を緩めた神父は、指を今来た入口の方へすっと向けた。塔へ入る扉が見える。
「この街に伝わる古書や、装飾品があちらの右の塔に収集してあります。鍵は開いております。ちょうど部屋を整理しているところでして。私はこれから街の寄り合いに出かけますが滅多に人は来ませんので、どうぞお好きなだけいらしてください」
「ありがとうございます」
 神父は挨拶をして袖廊の扉から出ていった。
 一人になると、教会内は厳かな静寂に包まれた。外からは職人たちが木槌を振るう音や、石を削る音がかすかに聞こえてくる。ピアは近くの祈祷用の長椅子に腰掛けると、台の上で両手を組んで目を瞑った。すると頭に昨夜の光景がたちまち流れ出した。
 ジュリアスは結局明け方近くまでピアを抱いていた。無限かと思わせるほどの精力を注ぎ込み、ピアを翻弄し、乱れさせた。
(殿下があんなに激しい方だったなんて……。見かけからは全く想像できなかったわ……とても勉強熱心だし……)
 一度正常位で繋がった後、彼は様々な体位を試したがった。ジュリアスに教えて欲しいと頼まれれば、ピアは断れるはずもなく、自らヒップを突き出したり、彼の腰に跨ったりと散々恥ずかしい思いをさせられた。思い出すだけで頰が灼けつき、下腹部の奥が甘く疼く。
 疲れ果て、いつのまにか眠ってしまったピアは明け方に目をさますと、隣で眠るジュリアスに黙って自室に戻った。湯で体を清め、朝食を食べてから、執事に教会へ行くと伝えて出て来たのだった。
 昨日は予想外の展開で、雰囲気に流されるようにジュリアスの意のままになってしまったが、今一度、一人になって気持ちを整理し、今後のことをきちんと考えなくてはならない。ピアは深呼吸をし、考えに集中した。
 これから自分はどんな態度でジュリアスと接すれば良いのか。昨日自分が諭したように、あくまで家庭教師として、彼の若さゆえの高ぶった感情と生理的欲求が治るまで、受け入れ続ける。
 それしかない。彼の、自分に甘える様子から察するに、ただ母性に飢えているのだけなのだ。心の中では、まだ実年齢よりずっと幼いジュリアス少年が愛を渇望している。それが思春期の体の欲求と強く繋がり、異性を激しく求めているだけで、生理的な欲求が満たされれば、その時、心の中のジュリアス少年も成長を遂げてもっと冷静に相手を見ることができるだろう。
 ——しかし、自分は?
 その自問がひらめくと、ピアは自分を抱きしめるように両手で腕を抱いた。
 昨夜、ジュリアスに『恋人になってほしい』と再三求められながら繋がっているうちに、彼の存在が自分に掛け替えのないものになりつつあった。こうして彼のことを考えるだけでも、鼓動は高鳴り、彼に触れられた肌のいたるところが熱を帯び始める。下腹が疼き、呼吸が浅くなった。
『可愛いピア……』
 耳元で何度も囁かれた声が耳に蘇る。行為の最初では「私」と言っていたジュリアスは「僕」になり、結局は『ピア』とまるで本当の恋人のように呼ばせることを許してしまった。
「ピア……」
 彼のよく通る声は情事に耽ると艶を帯び、彼女を甘く蕩かせた。
「ピア」
 今もはっきりと聞こえてくるようだ。まるでそばにいるかのように……。
 そこで、ピアはふと人の気配を感じて顔を上げた。すると彼女の真横にまさに今想っていたジュリアスが立ち、自分を見下ろしている。ピアは驚きに目を見開いた。
「で……殿下?」
 訳が分からず、愕然と見上げているピアにジュリアスは眉根を寄せて言った。
「ピア、どうして僕に何も言わずに姿を消すのです? 僕が何か気に触ることをしましたか? 嫌われるようなことを? いきなりあんなことになったから? 恥ずかしがっているのを知りながら、僕がしつこく何度も求めたから? もしそうなら、謝ります。ピアが許してくれるまで何度でも謝るから……」
 そう言って、苦しそうに顔を歪める。そして、ガクッと床に膝をつき、首を垂れた。
「で……、殿下……!?」
「ピアが怒りを鎮めて、神の御前で僕を許してくれるというまで、このままでいます」
 ピアは慌てて彼の肩に手を置いた。
「私、怒ってなんかいません。ですから、殿下が謝る必要はありません。どうか、お顔をあげて……」
 その言葉にジュリアスがおずおずとピアを見上げた。まだ不安げに瞳が揺れている。
「怒っていない……? 本当に? では、なぜ……いなくなるのです? 僕はあなたが隣にいなくて気が狂いそうでした。あなたを失ったのかと思って……」
 ピアはゆるりと首を振った。ジュリアスに差し伸べた両手を、彼は優しく包む。彼が立ち上がるのと一緒に、ピアも腰を上げた。
「ごめんなさい。黙って部屋を出たのは、お休みの殿下を起こしてはいけないと思ったからです。ここへ来たのは、少し気持ちを鎮めようと思いまして……。あの、昨夜の授業は私も予想外でしたので……これから、殿下の教育のあり方など……っ、で、殿下!?」
 ピアが最後まで言い終わらないうちに、ジュリアスは彼女を強く胸に抱きしめた。
「よかった……ピアに嫌われたのかと思って、どうしようかと……」
「そ、そんな、大げさです……。殿下に何をされても、私が殿下を嫌うなんてありません……」
 ピアはジュリアスの率直な情熱に鼓動が速くなるのを感じながら、そっと相手の背に腕を回した。ふと、ジュリアスの上着が湿っているのに気がつく。
「雨が降っているのですか?」
 ジュリアスは少し身を引いてピアを見下ろした。先ほどまでの切羽詰まった顔が一変して明るく輝いていた。それほど、自分がいなくなったことが彼に堪えたのだと思うと、ピアは熱く胸を震わせた。
「小雨だけど、少し強くなるかもしれない」
 天気が崩れそうなのに、使用人に頼まず自ら自分を探しに来てくれたのだ。そんなジュリアスが愛おしくてたまらない。そっと手を伸ばして、彼の額に落ちた湿りを帯びた金色の前髪を耳にかける。ジュリアスはうっとりと目を瞑ると、さらにピアを引き寄せた。
「あ……」
 腹部に硬いものを感じて、ピアは思わず声を漏らした。見上げたジュリアスの頬がほんのり色づいている。
「殿下……謝りに来てくださったのに、な、何を考えていたんですか? この神聖な教会で……」
 咎めるような口調で言うと、ジュリアスは耳まで赤くした。
「ご、ごめんなさい……ピアを抱きしめたら、昨日のことを思い出して、つい……」
「あの、でもこんな……神の御前で……、困ります」
 ピアが腕の囲いから逃れようと身じろぎをすると、かえって刺激してしまったようで、ジュリアスの強張りはますます強く彼女の下腹を押し返してきた。
「あの、お願いですから、どうにか鎮めてください……」
「で、でもどうやって……?」
 確かに、性行為を覚えたばかりの少年には、今すぐ冷静になって性欲を散らすことなど無理難題だろう。 
「宮殿まで大丈夫ですか? 馬車ならなんとかなりますよね……」
「いや、馬を飛ばして来ました」
 ジュリアスはピアを困惑しきった眼差しで見つめ、首を振った。ピアは深いため息をついた。
「……では、私が鎮めて差し上げます。このままお帰りにはなれないでしょう」
「ごめんなさい」
 口ではそう言いながらも、すでに瞳には欲望の炎が揺らいでいた。彼女はその熱い眼差しに、己の芯も疼き始めたのを悟られまいと、眼を伏せる。
「しかし、ここではさすがに……」
 一国一城の王子が教会の真ん中でふしだらな行為に走るのは不謹慎この上ない。ピアはジュリアスの腕を引いて、塔の中に入った。部屋は小綺麗にされていて、石の床にはネズミの糞一つ落ちていない。広い部屋には中央に大きな机があり、片隅には古書や燭台、祭事の際の装飾品が並んでいた。窓のはめられていない壁の三面には、大人がゆうに入れそうな棚が設置されていた。
「収集部屋か……この飾りは何に使うのだろう?」
 すぐに好奇心に駆られるのがジュリアスらしい。すぐに装飾品の一つを手に取り、眺め始める。もしかしたらこれらの収集品が彼の興奮を鎮めてくれるのではないかと、ピアはほっと胸をなでおろした。
「こちらの棚には何が入っているのでしょうね」
 彼の気を自分からそらそうと、ピアは入って来た扉の正面に位置する、奥の一番立派な戸棚を開いた。だが、中のものはどこかへ移動されているのか、膝丈ほどの天使の像が入っているだけで空っぽだった。彼の興味をそそるものが無く、がっかりしながら、古書を手に取るジュリアスの元へ行くと、彼はそれを元の場所に戻し、ピアの腰に両手を回して引き寄せた。二人の体の間で依然熱く、硬い強張りが脈動している。
「ピアが早く鎮めてくれないと、いつまでも帰れないな……」
 期待をかすかに含んだ悩ましげな眼差しで覗き込まれ、ピアは覚悟を決めて小さく頷いた。
 両手でズボンのボタンを外して前を緩めると、そのままそっと右手を侵入させて熱い屹立を取り出す。
「昨日、あれだけお出しになったのに……」
「確かに……たっぷりピアの中に注いだのに……不思議なものですね」
 握りきれない剛直に驚きながら、ジュリアスの言葉に体を熱くする。しかし、ゆっくりしている場合ではない。早く宮殿に戻らないと皆が心配するだろう。指を緩やかに動かし、屹立をこすりたてた。
「んっ」
 ジュリアスは眼を閉じて肩を震わせた。腰に置いていた手が背中に回り、ピアを抱きしめる。肩に顔を埋められ、熱い息が首筋をくすぐった。
「ああ、ピアの手はひんやりして気持ちいい……」
 ため息をつきながら、片手はピアのヒップを撫で始める。
「あんっ、だ、ダメです……」
 ビクッと身を震わせてたしなめるが、ジュリアスはやめない。
「あの……、これはあくまで応急措置ですよ……そんなことはダメです」
 諭す口調とは裏腹に、下腹は熱を帯び始めていた。
「ごめんなさい……」
 口ではそう言いつつも手は動きを止めず、ドレス越しに身体の柔らかさを堪能するように、さらに大きく撫で回してくる。
「そう思われるなら、こんなふうに触るのは……っんん」
 キュッとジュリアスの指が柔肉に食い込むと、腰に淡い快感が広がった。
「でも、この弾力がたまらない……。触るなというのが無理です」
 うっとりと言い、指に幾らか力を込めて指が食い込む様を楽しもうとしている。その手から逃げようとして腰を揺らすが、それが彼の狩猟本能を刺激してしまったようだ。首筋を甘く歯を立てられ、ピアは体を震わせた。
「どうしてダメなんですか? せっかくだからピアにも気持ちよくなってほしいし……」
「私は、そんな……」
 こんな時にもジュリアスは自分のことだけでなく、相手を思いやる心を持っている。その優しさに応えるように、手は熱心に強張りを愛撫し続けた。首筋にかかるジュリアスの息が乱れ始める。さらに、外から聞こえる職人たちの声が教会であることを意識させ、背徳心に興奮が煽られた。
「ピア、もう出てしまいます……」
「え、あの……っ、お、お待ちください……。このままでは……」
 慌てるピアの声が上ずった。
「ああっ、ダメですっ……、あ、ああ、出ます、ああっ、あ………」
 一瞬、ジュリアスが息を止めた直後、ピアは素早くひざまづいた。
「えっ、それっ……はあっ、あっ……あ」
 ぶるりと身を震わせたジュリアスが、妨げるように慌ててピアの頭に手を添えるが、ピアが屹立を頬張った瞬間、熱い飛沫が口内で弾けた。ピアの手の下で、太腿のしなやかな筋肉が硬く引き締まる。ジュリアスはやがて小さく痙攣し、深い息を吐いた。ピアは最後に喉を鳴らして全てを飲み込んだ。
「どうして……そこまで」
 ジュリアスは、絶頂の余韻に揺れる眼差しで見下ろしてくる。
「あのまま出してしまったら、この神聖な床が汚れてしまいます……」
「そうですよね……本当に申し訳ないです。ダメだな、僕は……嬉しくて、我慢できずに……」
 うな垂れたジュリアスの瞳が悲しそうに揺れ、それがピアの母性をくすぐった。
「殿下はまだ性の快感を知ったばかりですし、我慢しろと言う方が無理です。でも、そのうち刺激にも慣れて、持久力も付いてきますから大丈夫ですよ」
 そう明るく励ますと、ジュリアスの顔がパッと明るくなった。
「持久力、ですか。そうか『習うより慣れろ』ですね。では、もう一度お願いしてもいいですか……」
「えっ」
 ピアは、ジュリアスの大きく飛躍した前向き思考に慌てた。まさかそう捉えるとは予想外だった。
「慣れるには数を重ねるのが一番ですよね。それに、まだ完全に治っていませんし……」
 確かに、目の前のペニスは勢いこそなくなったものの、まだ半勃ち状態だ。ピアの視線を感じてか、さらにグッと反りを強める。その雄々しさに圧倒されて、ピアは思わず息をのんだ。昨夜、幾度となく隘路に埋められたペニスの感触が蘇り、軽い痺れがたちまち腰を包む。
「ど、どうしても……ですか?」
「はい……」
 哀願の眼差しで見つめられ、ピアはため息をついた。
「わかりました……」
 おもむろに亀頭に舌を絡ませると、下腹に灯る官能の炎が揺らいだ。体が熱を帯び、鼓動が再び速くなる。
(口戯はアンソニー先生にはちゃんと教えてもらったけれど、自信はないから……)
 ジュリアスの脚に手を添え、下から上へ全体に舌を這わせる。何度も繰り返してると、自らも昂り、体の奥が疼いて潤ってくるのがわかった。ピアは深いくびれに舌を絡ませ、自分を昨夜幾度となく高みに導いたペニスを丁寧に愛撫する。
「ああ、先生の舌、本当に気持ちいいです」
 美貌を快感に緩めたジュリアスが、声を震わせた。その言葉を証明するように、先端からは雫が漏れ続けている。快感の証に嬉しさを覚えつつ、さらに大胆に舐め上げた。
「ああ、ピア……ピア……」
 感嘆のため息が漏れ、腰が震える。優しい手つきで髪が揉まれた。その反応にピアの欲望が煽られ、ますます愛撫に熱が入る。彼に対してはあくまで家庭教師として一線を引いて接するつもりだったが、その決意は彼の必死な表情を見た途端、脆くも崩れ去った。そして下腹部に当たる真摯な欲求を感じた瞬間、封印しようと決めたはずの彼への恋慕が、再燃してしまった。
(教会でこんな淫らな行為をして……見つかったらどんなお咎めを受けるのかしら)
 即刻止めるべきだともう一人の自分が訴えるも、そんな気にはならなかった。ジュリアスの強い脈動や野生的な味が、強いものに従属したいという本能を呼び覚ましていた。唇を滑らかな先端に被せ、彼を呑み込んでいく。
「ああっ」
 ジュリアスがわずかにのけぞった。限界までペニスを口に含むと、その圧倒的な存在感で呼吸が苦しくなる。その逞しさに、再び昨夜の快感が蘇り、子宮も乳首もキュンと疼いた。
「ピアの顔、すごく艶めいてる……。あなたみたいな美しい人が僕のを咥えてくれるなんて、感激だ……」
 ジュリアスは感嘆の吐息を漏らし、彼女の頭をそっと撫でた。
(顔……見ないで……)
 ペニスを口いっぱいに頬張った顔を見られている。そう思うと、耳まで赤くなるのがわかった。目を伏せ、そして相手の気を自分から外らせるために、一心に頭を振り始めた。唾液と体液が混ざり合い、ジュボ、ジュボと淫猥な音が立ち始める。
「ああっ、ピアっ……」
 ジュリアスの喉がひゅっと鳴る。腿の筋肉が緊張した。両手に指を絡められ、しっかりと握られる。教会で淫らな行為にふけるという神への冒涜に背徳感が掻き立てられ、ピアは一層昂った。ドレスの下ではすでに胸の先端が硬くなっていた。下腹の疼きがさらにうねり、頭に桃色の靄がかかり始める。
「もうダメです。出ちゃいます……」
 切迫した声が降ってきて、つないでいた手に力がこもった。
 そんな必死な仕草に母性がくすぐられ、胸が締め付けられた。彼を気持ちよくさせ、絶頂に導きたいという気持ちがさらに強まり、一心不乱に愛撫を続ける。
「で、出ますっ!……あ、あっ!」
 短く吼え、腰が前に突き出された。一層緊張した猛りから熱がほとばしる。苦しさを感じながらも彼女はそれを喉の奥で受け止めた。
 彼のものを注がれている——。そう思うと、彼女は全てを支配されている感覚にとらわれ、ぞくりと身を震わせた。始めは主導権を握っていたはずなのに、いつの間にかすっかり立場は逆になり、昂りをしゃぶらされて行為に夢中になっている。「まだ後戻りはできる。今すぐやめるべき」、そう頭の隅で理性が叫んでいるが、その声は喉を落ちていく熱に次第に溶かされていった。淀みなく精が放たれ、ピアは至福に身を包まれた。
「また、飲んでくれたんですね」
 こくん、と最後の一滴まで飲み込むと、頭を優しく撫でられた。上目で見ると、ジュリアスが火照った顔に笑みを浮かべている。彼女はペニスから口を離し、彼を直視できずに顔をうつむかせた。
「か、家庭教師の身ですから……当然です……。こ、これくらい慣れていますし……」
 あくまで指導の範疇だと暗に仄めかしたつもりだが、ジュリアスの顔に一瞬影がさしたのを視界の隅で捉えると、胸が痛んだ。
 それに、ピアは嘘をついていた。男の精を飲み込んだのは彼が初めてだ。アンソニーは受け止めはさせたが、そのあとは『飲む必要はない』と、用意したハンカチにそれを出させていたのだった。だが、ピアは本心からジュリアスの全てを受け止めたいと思ったのだ。
「それでも、飲んでもらえるのは嬉しいです。全てを受け入れてくれたようで……。ありがとう」
 素直な言葉が優しく胸に響く。
「ピアの必死な姿もとても可愛かったし」
「そんなこと……」
 思わず顔を上げると、間近でそそり立つ肉幹に目に吸い寄せられた。
(まだ……こんなに立派だわ……本当に、お強い……)
 昨夜の情事が生々しく記憶に蘇り、まだそこに残る熱がじわりと体を焼いた。この猛りで激しく貫かれる想像に、下腹部の疼きが止まらない。
(ダメよ。何を考えているの。この神聖なる場所で……これ以上は)
 慌てて不謹慎な願望を振り払うも、欲望に疼いた体はますます火照ってしまう。
(昨日みたいに……私も、気持ちよくなりたい……殿下に奪われたい……)
 渇望と自責。相反する気持ちの間で揺れていた彼女は、「ピアっ」と突然呼びかけられて我に返った。
「誰かがきます……」
 耳をすませると、外から硬い靴音が聞こえてきた。早足でこちらに向かってくる。
「隠れましょう」
 慌ててジュリアスのズボンを引き上げ、奥の収納棚に入った。扉を閉めた直後に、誰かが話しながら部屋に入ってきた気配があった。
「ほら、ここなら誰もいない。大丈夫だ」
 男の声だ。
「でも……、すぐに仕事に戻らないと、親方に怒られるでしょ?」
 不安げな若い女の声が後に続く。
「なに、この雨が止まないと工事はできないさ。いいんだよ、みんな休憩してるし。ああ、お前に会いたかったよ」
 修復工事をしている大工の一人らしい。訪ねてきた恋人と二人きりで話をするために静かな場所を探していた様子だ。
(よかった、見つからなくて……)
 ピアは思わず胸の上で十字を切った。行為の最中に入ってこられていたら、弁解の余地はなかった。自分の体裁など構わない、だが何よりジュリアスに迷惑が及ばなかったことに、ただ安堵した。
「俺の仕事のことを心配してくれるなら、さっさと始めようぜ」
「『始めようぜ』なんて愛されてるって感じしないわ」
「愛してるから、早くしたいんじゃないか。俺、ずっとお前のことしか考えてないぜ。ほら……」
「まったく、調子いいんだから……っ。あ……、おっきくなってる」
「だろ? お前を抱きたくて、もうこんなになっちまった……」
 木の扉を通して、欲望を滲ませた男の声がはっきりと聞こえてくる。
(抱きたくて……って、まさか、ここで!?)
 思わず扉の細い隙間から室内を覗くと、ちょうど机の向こうで若い大工と村娘が抱き合っていた。机で体の下半分は隠れているが、男はすでに恋人にキスをしながら、相手の身体を服の上から弄っている。
「ピア……」
 背後から遠慮がちな声が聞こえた。首を回すと、顔のすぐ横でジュリアスが息を軽く乱していた。ピアは声を潜めて注意する。
「しっ、静かに……。気付かれてしまいます」
「でも……」
 そこで、彼が何を言いたいのか瞬時に察した。二人の体は狭い空間で密着状態だ。先ほどの興奮の尾を引いている彼にしたら、他人の情事を見て気持ちを昂らせるのも当然だった。
「こ、こんな時に……本当にダメですよ」
 たしなめるものの、ヒップの間には硬いものが押し当てられている。その熱を意識した途端、彼女の心臓は早鐘を打った。
(あ……、すごく熱くて……ビクビクしてる……)
 自分を求めて脈動する猛りに、先ほどから燻っていた欲望の火が揺らぎ出す。
(ダメよ私、我慢しなきゃ……。バレてしまったら、それこそ殿下に悪い噂がたつばかりではなくなる……)
 ピアは狂おしいばかりの渇望を、彼を守るという強い使命感で押さえつけた。ジュリアスもピアの言葉に従い、手を出してくる気配はない。
(二回も出したのだから、きっと我慢できるはず。それで、あの二人が早く出て行ってくれれば……)
 そう考えて安堵し、室内に目をやる。そして目にした光景に思わず声をあげそうになった。
「ん……んふ……ぁ、ふ……」
 室内では、いつのまにか娘が机の上に仰向けにされ、キスを交わしながらブラウスを脱がされているところだった。男は娘に覆いかぶさり、まろび出た乳房を乱暴に捏ね回している。
(ほ、本当にここでするの……?)
 誰かに見られているとは思いもよらない二人は、先ほどのピアのように「教会」という神聖な場所を汚す背徳感に興奮を募らせているのか、娘も男の体に腕や脚を絡みつけ、必死に求めている様子だ。
「ピア……」
 不意に上ずった声がし、後ろから伸びた手で乳房が鷲掴みにされた。そのまま、ジュリアスは目の前の男のような、欲望むき出しの荒っぽい手つきで揉んでくる。ピアがとっさのことに身を固めていると双乳に指が食い込み、すぐに布越しに人差し指と親指で先端をキュッと潰された。
 峻烈な刺激に脚の付け根が痺れ、がくんと膝から力が抜ける。獰猛な愛撫に、ピアは追い詰められた小動物のように身の危険を感じつつも、強いものに全てを委ねられる期待に胸を震わせた。力の抜けた体がすっぽりとジュリアスの硬い胸に収まると、たちまち彼は好き放題に弄り始めた。
「や、やめてください……今はダメ……」
 抑えた声でたしなめるも、性急な手の動きは止まらない。さらに腰が揺すられ、強張りがヒップに擦り付けられる。鋼のようなペニスが布越しに肌を擦り、甘い痺れが生じた。逃れようとピアが身じろぎすると、その動きが余計に屹立を刺激してしまったようだ。背後から聞こえる息遣いが次第に乱れていく。ジュリアスも部屋の二人の情事を目の当たりにして明らかに興奮している。しかし、なんとか穏便に場を収めなければならない。
「落ち着いてください。見つかれば大変なことになりますよ……。宮殿に帰ったらお望みのままいくらでも……。ですから、」
「……ごめんなさい、もう全然抑えられないんです」
 押し殺した声で謝り、ジュリアスは小刻みにぶつけるようにして腰を使ってくる。
「そんな……」
 ただでさえ欲望がくすぶっていた身体に後ろから密着したまま胸を揉まれ、屹立を擦り付けられてはたまらない。
(こんなの、まるで拷問よ……)
 身体の奥では、熱を求めて劣情が激しく渦巻いている。ピアは扉に爪を立て、息を詰めて耐えるが、ヒップの谷間を擦られるたびに肌が粟立ち、潤みきった秘所から蜜が滲むのがわかった。
「あ……そこ……気持ち……い……もっとおっ!」
「しっ、声大きいぞ……誰か来たら、最後までできないぞ?」
 娘の開かれた両脚の間から顔を上げた男が慌ててたしなめるが、その声には卑猥な笑いが聞こえた。
「で……でも、声出ちゃう……気持ちよくて……」
「じゃ、やめるか?」
「や……だ、も……欲しいの、お願い……」
 しょうがない奴だな、と体を起こした男は素早くズボンを下ろし、娘の膝をつかんで腰を一気に押し進めた。
「は………あああっ!」
「ばかっ!」
 男は慌てて娘にキスをして口を塞いだ。それからは二人の荒い呼吸と、軋む机の音、そして濡れた肌が打ち合う音が連続して部屋に響いた。
(すごい……あんなに激しく……気持ち良さそう……)
 男の首に腕を回して相手の舌を吸い、絡め合う娘の横顔は上気し、うっとりと至福の表情を浮かべている。扉一枚隔てているにも拘らず、その淫靡な雰囲気にのまれていると、ジュリアスの手が乳房から離れた。ようやく冷静になったのかと思いきや、刹那、ドレスがたくし上げられてヒップが露わになった。
「ま、待ってください……! 今は……」
 とっさに振り向くと、欲望の炎が揺れる瞳と合った。ペニスの先端が、秘裂に触れる。その熱に花弁が燃えた。
(あつい……でも……ダメよ)
 体をずらして、彼の昂りから逃げようとするも、両手で腰をグッと掴まれてしまった。あっと思うその瞬間、しとどに濡れた泉に滑らかな先端がめり込んで、猛りがずぶりと侵入してきた。
「ん……っく」
 燃えるペニスにとろとろに蕩けた隘路を押し広げられ、一瞬目の奥が真っ白になった。声を出すまいと、噛み締めた歯の根が合わぬほど全身が震える。
(あ——)
 官能の波が一気に盛り上がり、小さな頂点へと達した。体がこわばり、愉悦が全身を駆け抜けてゆく。
(イっちゃった……)
 アンソニーとの授業では、挿入だけで達した経験はなかった。故に、自分がどれほどジュリアスを欲していたのかを自覚させられたようで、恥辱と驚愕に困惑しながらも、身体に満ちてゆく甘い官能を噛み締めた。
「ピアの中、やっぱり最高です。しっとりと絡みついてくる感じが……」
 腰に腕を回したジュリアスが、耳の横で囁いた。ペニスは深々と彼女を貫き、隘路にみっちり埋まって最奥を容赦なく圧迫している。圧倒的な存在感。逃げ場のない狭い空間で完全に追い詰められてしまえば、彼に従属するしかない。そんな諦めが指導者という抑圧や義務感からピアを解放し、一人の女に変えつつあった。
(もし、今動かれたら……)
 その快感は強烈に違いない。口戯を施している間から、ピアは募る欲望をずっと抑えていたのだ。
 今にも逞しい律動が始り、蜜路からもたらされる刺激を想像しただけで、ピアはぞくぞくと背筋を震え上らせた。膣全体がきゅんと収縮し、いっぱいに嵌められたペニスのかたちも、どくどくと強く刻む脈動さえもがはっきりと分かる。
「う、動かないでくださいね……お願い……です」
 彼女は必死で懇願した。今動かれては声を抑える自信がない。そうすれば、一体どうなるか。
「分かっています。我慢します……」
 彼も必死なのか、押し殺した声が彼女の耳をくすぐった。だが、その代わりに、耐えるように彼女の体をさらに引き寄せ、腰を押し付けてくる。
「ふ……、んん……」
 そのかすかな動きで最奥が押し上げられ、息が詰まって目眩がした。扉についた手を握りしめ、その関節を噛んで声を殺す。
(それ、奥に当たる……。ああ……離れて……)
 ピアは胸の中で懇願する。だがジュリアスは彼も欲望を少しでも散らすかのように腰を押し付け続けた。子宮を圧迫され、息が詰まるような愉悦に襲われて理性は揺るぎ、意識に霞が掛かりだす。頭が朦朧とし始めたその時、教会の鐘の音が鳴るのを耳にした。途端にピアはここが教会であることを改めて意識する。
(私、神聖な場で殿下を受け入れている……。扉の向こうに人がいるのに……バレてしまったら、大変なのに)
 神に全てを見られながら欲望に溺れている背徳感と、破滅と隣り合わせの緊張が、興奮をいっそう掻き立てた。
「ピアっ、好きです……。愛してます」
 ジュリアスは小声で愛を囁きながら、ぐいぐいと腰を押し付け胸を揉みしだく。非現実的な状況による昂りが、吐息と愛撫の荒さに表れていた。声には想いを受け入れてもらえない悔しさも滲んでいる。彼の心情が身体を通じて痛いほど伝わり、心が激しく揺さぶられる。
(私も殿下を受け入れたい……。でも私はしがない家庭教師で、何より歳の差がある……本当に、ダメなの……)
 ピアはジュリアスへの恋慕を振り切るように首を激しく振った。すると、ジュリアスは拒まれたのだと勘違いしたのだろう、さらに熱く耳元で囁いてきた。
「ピア……求めているのは体だけではありません。心も……ずっと一緒にいたいんです。ね、お願いですから僕を受け入れて」
 たちまち、ジュリアスの腰が円運動を刻み始めた。
(ああっ、蕩けちゃう……)
 最奥と蜜路全体が隈なく擦られる壮絶な快感に、一瞬気が遠のいたが、奥歯を食いしばって声が漏れるのを耐える。
「もう、イきたくなったんじゃねえか? 締め付けが……すごいぞ……ああ、たまんねえや」
 朦朧とした意識の中、急に扉の外から男の声が聞こえた。ピアは自分に言われたのかと思い、どきっとしたが、すぐに女の掠れ声が答えた。
「イきたいっ……! あっ、ああ、イきたいっ、も……イかせて!」
「へへっ、素直なお前が好きだよ。じゃ、俺も……、イくぞ‥……っ」
 扉の隙間から覗く狭い視界に、男が娘の腰を掴んで猛然と逞しい腰を振る姿が飛び込んでくる。娘は覆いかぶさる男にしがみつき、彼の肩口を噛んで必死で声を抑えている。濡れた肌を打つ音と、二人の荒い呼吸がその情事の激しさを物語っているようだった。
「ぴ、ピア……。そんなに締め付けたら……」
 視覚による刺激にさらに興奮した身体が無意識に反応してしまったらしい。切迫した声が耳元で聞こえ、双乳を揉んでいた指に強い力がこもる。キュッと先端を引っ張られ、腰がぐっと押し付けられた。ぶわり、と足元から愉悦が一気に迫り上がってきた。
(あっ、だめっ、ダメよダメっ……)
「あぁぁ、ピア……出るっ、ぁあっ」
 屹立がぶるぶるっと脈打ち、刹那、精が勢いよく迸る。濃厚な熱が蜜路に散った。
「んふっ、んっ、んんん~っ」
 とっさにピアは右手で口を塞いだ。
 最も深い場所でジュリアスの欲望を全て受け止めた刹那、張り詰めていたものがふっと弾けた。最高潮に達した波頭が一気に崩れ、押し寄せる快楽の波に意識が揉まれる。脳裏で鮮やかな緋色がゆらめき、天高く舞い上がった。
(イっちゃった……神の御前で、こんなにあっけなく……。もう、昨日と今日で、私、すっかり殿下の虜になっているのだわ……)
 寄せては返す法悦の波間にたゆたいながら、変わりつつあるわが身を実感する。
 最初は確かに敬愛だった。世界が違う者に寄せる憧れ。美しさに対する賛美。
 しかし、一旦ジュリアスの愛情を知ってしまうと、それらは彼への本当の気持ちを誤魔化すものだったのだと、認めなくてはならなかった。ジュリアスの、ピアへの気持ちはいわゆる、快楽の味をしめ、旺盛な性欲のために盲目になった「若気の至り」なのかもしれない。
 それでも、仮初めでも思いの通じ合った喜びが自分をここまで傲慢に、貪欲にしてしまったのは確かだった。しかし、このままではいけない。できるだけ早く、心と体が繋がる幻の多幸感から逃げ出さねば、ジュリアスも自分も取り返しのつかないことになる。
(それにしても……こんなにいっぱい……。妊娠してしまったら……)
 ペニスが強く息吹くたび、中に彼の熱が放射される。ピアは禁断の想像に背筋を震わせながら、溢れてくる嬌声を手で塞き止めた。
「ピア……、好きです。ずっと一緒にいてください。僕は、もう、ピアを離せない……」
 耳元でジュリアスは懇願する。思いの丈をぶつけるように、腰が堰を切ったように激しく振られ、熱い愛液が次々と注がれた。ピアも同じ思いだった。しかし、その願望は理性の片鱗に押さえつけらている。それが叶わぬ夢であるのは重々承知していた。自分の役割は家庭教師としての仕事を最後までやり遂げること。
 その暁には、十分な報酬を得て、長年の夢を叶えることも、また、妹にも十分な持参金を用意することもできる。皆が幸せになれる道を、自分の一時的な欲望に惑わされて壊すことなどもってのほかだ。
「ああっ、ピアっ……ピア…………」
 果てしない絶頂の喜びに陶酔するピアの耳に、名を連呼するジュリアスの押し殺した声は虚しく木霊した。
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