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しおりを挟む朝一番に、使用人に入れられた暖炉の火はすでに弱くなっていたが、室内は薪を足さなくても十分なほど暖かい。
豪華な調度品で装飾された部屋には、すでに初夏の白い光が差し込み、午後の暑さを予感させる風がカーテンを揺らしていた。
ピアは、机に開かれた本の上でうつらうつらと船を漕ぎ始めたジュリアスの肩にそっと手を置き、囁いた。
「殿下、お疲れでしたら、今日はここまでにしましょうか」
声をかけられたジュリアスは、ハッとしたように顔を上げ、目を瞬かせた。
「いえ、大丈夫です」
照れたように笑み、すぐに本に向かう。十八歳の少年が見せる、そんなあどけない表情にピアの胸はくすぐられる。
「古典の翻訳はやはり眠くなってしまいますよね。私ももう少し指導を工夫した方がいいですね。上手に説明できずに、ごめんなさい」
「いえ、先生は悪くありません。昨日遅くまで本を読んでいたので、つい」
「無理されてはお体に障りますわ。そうだわ、お茶を頼みましょうか。気分が変わっていいかもしれません」
「はい、お願いします」
ピアは机上のベルを振って使用人を呼ぶと、お茶の用意を頼んだ。
ジュリアスはすでに歴史書の翻訳に集中している。
隣に座るピアは、陽光に包まれたジュリアスを失礼にあたらないよう、こっそりと見つめた。
彼女が次期国王付きの家庭教師として、数人の護衛と執事、使用人達とこの山間の宮殿で暮らし始めて一週間が経つ。
だが、ピアは未だジュリアスの美しさに慣れない。
繊細さを滲ませる面立ちに、肩まで伸びた、光に透き通るようなブロンドの髪、そして思案がちな灰緑色の瞳。彼が側にいるとつい、目も心を奪われてしまう。
完璧な彫刻や、精密な技巧を施された宝石はその崇高さで人々に感動を与える。ジュリアスの麗しい容姿もそれにしかりだが、それ以上に、彼の変化する表情がピアを楽しませていた。
ジュリアスとは面接の時にも顔を合わせていたが、ピアの採用が決定してから、彼との拝謁を許された時も、やはりその美貌に目を奪われ一瞬挨拶を忘れてしまったほどだった。
第一王位継承者のジュリアスは数ヶ月前に十八歳になったばかりだ。だが体はすでに成人のそれで、背が高く、普段から剣術や馬術で鍛えているせいか、体は贅肉の一切をそぎ落として細く、同時に力を秘めている。
もし社交シーズンの舞踏会に彼がいたら、そこにいる全ての女性に甘い夢を見させることだろう。そして、男性には悪夢を。
ジュリアスの横顔を見つめながらそんなことを考えていると、お茶が運ばれてきた。香り高いお茶は、この付近で取れたハーブティーだ。
「休憩しましょう」
暖炉の前の長椅子へと促す。低いテーブルの上にはお茶のセットと焼き菓子が用意されている。それはピアが焼いたものだった。
ジュリアスは、午前中にピアと勉強をし、昼食後は剣術、馬術に時間を割く。その間、ピアは自由時間を与えられており、庭を散策したり麓の村を訪ねたり、明日の予習をしたりして過ごしていた。時折、厨房を借りては家にいた時のように、菓子を焼いて皆に振舞ったりもしていた。
彼女はポットを取り、カップに注いだ。
「一つ窺ってもよろしいですか」ピアがそう切り出すと、ジュリアスは「どうぞ」、と微笑む。
「なぜ、家庭教師を募集したのですか。王宮には私よりもはるかに優れた文官や、女官がいらっしゃるはずですが」
閨の手ほどきは男性の文官には無理だろうから、一応女官も付け加えたのだが、そこだけに固執していると思われたら嫌だわ、と多少居心地が悪くなった。だが、彼はカップを置くと、「そうですね」と真顔になった。
「広義には、見聞を広げたかったから、でしょうか。国を統治するものはやはり市井の者をよく知ることが大事だと思ったのです。もちろん、王宮付きの文官の知識は素晴らしいし、女官たちの躾も申し分ありません。でも……」
そこで一旦口をつぐみ、さらに思案する様子を見せた。
「退屈なのです。私が王子である以上、彼らは私を王子として接する。例えば、私が彼らを不当に侮辱したとしても、彼らはそれを受け入れようとする。彼らとは哲学の思想に関しては対等に意見を闘わせられても、私の政治思想や本質、人生の価値観に意見をしたり、反駁したりするものが一人もいない、求めても得られない、その虚しさが、先生にわかりますか? 女官などその点ではもっとひどい。始終微笑して『はい、そうですね』と私の話を聞いているだけです。意見を求めても、私の意に沿うような答えしか返ってこない。そこは賢いといえば賢いですが、しかし彼らはつまり、あくまで王宮という狭い世界の者たちなのです。だから私は、家庭教師を市井の者から募りました。共にいる時間が長ければ長いほど、その習慣や、考え方を通じて彼らを知ることができると思いました。それに、先生を選んだ理由は……」
ふっとジュリアスは、はにかんだ。
「面接の場で特技を披露しろと言った時に、吟遊詩人オンセスの詩を暗唱したからです。あの詩は亡くなった母と私の唯一の思い出でした。短い間の幸せな思い出です」
現国王の王妃であったジュリアスの母親は早くに亡くなり、彼は乳母に育てられたという話は聞いていた。
(もしかしたら、そのお立場からも、周りの人たちに甘えられなかったのでは)
彼の寂しい子供時代の片鱗を垣間見た気がし、ピアの胸がつきんと痛んだ。お茶を一口飲んで、ジュリアスは継いだ。
「それから、先生が可愛かったからです。謁見の時、スカートの裾を踏んで転びかけたでしょう。その慌てぶりがおかしかったので、この人なら楽しい時間を持てる、と思いました。そして、その時のことを思い出しては、先生に勉強を教えてもらえる日を心待ちにしてまいした」
さっきのしんみりした顔は何処へやら、ジュリアスは朗らかに言う。
確かに、ジュリアスへの教育が始まる前に、現国王が病に臥せってしまい、一ヶ月ほど彼が一時的に代理を勤めたために、採用からこの宮殿に落ち着くまで予想以上に時間が経ってしまったが、その間、あの恥ずかしい場面を彼が何度も蘇らせていたとは。
ピアは忘れたかった醜態を思い出し、羞恥に顔を赤らめた。
「ひどいです! あの時殿下は険しいお顔だったので、私の態度が許されなかったのだと数日落ち込んでいましたのに」
「あの時、笑いをこらえるのに必死で」
ピアが頬を膨らませると、ジュリアスは困り顔で手を重ねてきて、ピアはドキッとした。
「怒らせてしまいましたか? この通り、謝ります。許してください」
「そんな、殿下が謝ることはありません……スカートを踏んだのは私で……」
『あなたの美貌に心奪われて、膝の力が抜けてうまく歩けなかったのです』とはいえずに目を伏せた。
「私がそばにいたらすぐに手を貸したのですが……、後で、それが悔やまれてなりませんでした」
深い灰緑色の目にじっと見つめられ、途端に鼓動が高鳴る。
重なる手から伝わる熱が頰に伝わってくるようだ。そう、彼は美しいだけではなく、純粋な心の持ち主で、そんな彼の実直な言葉にピアの心はいつも乱されてしまうのだ。
「そのお気持ちだけで嬉しいです」
「では、もう機嫌を直していただけますね」
機嫌を悪くした覚えはないのだが、「ええ」と頷くと、たちまちジュリアスの顔に笑顔が広がった。
「よかった。先生には嫌われたくないですから」
「殿下を嫌うなんて……ありえません」
『むしろ好きです』と出かかった言葉を飲み込み、別の言葉に換えた。そして、突如胸に湧いたその気持ちに、自分自身が驚いていた。
「よろしい。ではこのクッキーをあげましょう。とても美味しいですよ」
「私が焼いたクッキーですよ」
「だから勧めるんです。私も使用人達もあなたの作るお菓子が大好きです。はい、あーん」
つい調子に合わせて「あーん」と口を開け、差し出されたクッキーを食べた。なんだか恥ずかしく、頬が熱くなる。
「美味しいでしょう? では、これもどうぞ」
彼も一つ食べ、今度はラズベリージャムが挟まれた別のクッキーを差し出される。
それもおとなしく食べると、ジュリアスは嬉しそうに「ふふっ」と笑った。
「なんだか、先生の方が子供みたいですね。楽しいな。今度からもこうして私が食べさせてあげますね」
「そんな、執事に『殿下に何をさせている』、って怒られてしまいます。それに、私は六つも年上なのに子供扱いなんて」
顔をしかめて見せたが、彼は笑んだまま言った。
「私が好きでしてるからいいんですよ。それに先生は全然年上に見えないですよ」
「それはどう意味ですか。もう、私をからかうくらいの元気がおありなら、勉強に戻りましょう」
「まったく、先生は厳しいですね」
肩をすくめたジュリアスは、すでに書き物机に戻ったピアの隣にくると、再びペンを取った。
「それが私の仕事ですもの」
「先生には敵いませんね」
くすりと小さく笑う。
(そういえば、こんなに笑顔を見せる殿下はここにきて初めてだわ)
ピアは、黙々と勉強に没頭し始めた彼を見ながらふと思った。
最初の数日間、ジュリアスは王子然とした毅然な態度を崩さず、壁を作っているようにさえ感じた。しかし、最近やっと表情が柔らかくなり、こんな風に打ち解け始めたのは、ピアを家庭教師として認めた証なのかもしれない。
(もしそうならば、彼の気持ちに応え、自分にできるすべてのことを捧げなければ)
ピアはそう、決意を新たにした。
夕食後、ピアは自室に戻るとボディスを脱ぎ、白綿の部屋着に着替えた。
寝る前まで暖炉の前でお茶を飲んでくつろぎながら、読書を楽しむのが習慣だ。しばらくピアの目は文字を追っていたが、いつしかページを繰る手は止まり、ふとジュリアスのことを思っていた。
『あの詩は亡くなった母と私の唯一の思い出でした』
柔らかな声が耳に蘇る。あの時彼の瞳に悲しみの色が浮かんだのを、ピアは見逃さなかった。
現国王は新たに王妃を娶ったが、その継母とはあまりソリが合わなかったというのは執事から聞いた話だ。そして、その歳の割には非常に独立した精神を持っているのは、今までずっと他人に甘えず、強く自分を律してきたためだろうか。
だが、今日のように、ピアにクッキーを食べさせて喜んでいるジュリアスの姿を見ると、むしろそれが素の彼で、その心はまだ誰かに甘えたがっているのではないかと思ってしまう。人の世話を焼いて、感謝を受けて喜ぶ姿は、幼い頃の弟の記憶にも重なる。
もちろん、最初の頃のように、毅然な、大人びた態度を目にする方がジュリアスにとっては自然であり、また普段の姿だとは思う。
しかし、それは自分を守るがための別の姿ではないのだろうか。
十八歳とはいえ、もしかしたらまだ、どこかで母親の愛情を求めているのではないだろうか。
ピアは、小さくため息をついた。
だからと言って、自分がジュリアスの母親がわりになんてなれるはずはない。きっと、それを求められてもいないだろう。
しかし、もし自分の考えが間違いでなかったら、そんな彼を愛情で包み込みたい、そんな思いが日増しに強くなっているのにも薄々気づいてた。
————それはとても危険だ、と別の自分が警告していても。
自分はあくまで家庭教師。それも一ヶ月という期間限定で、それが終わればお役目御免だ。そして、ジュリアスは国の繁栄のために、国王の選んだ姫君と結婚するのだ。
ふと、王宮のバルコニーにジュリアスと異国の王女が並んで国民の祝福を受けている絵が目に浮かび、ピアの心は痛んだ。
(いけない。何を考えているんだろう)
ピアは首を振って妄想を振り払う。自分はここで自分に課せられた役目を果たすだけ。
(そろそろ、あちらの方も始めなきゃいけないのだろうけど……)
ピアは、『閨の作法』には今まで触れないでいたが、常にそれは頭の片隅にあった。
ただ、それを滞りなく行うには、もう少しお互いをよく知ってからの方が良いと考えていた。もちろん、結婚初夜はそんなことは無関係なのだが。
要するに、まだピアの方で決心がついていないのだ。
そんなことでは家庭教師失格だが、六つも年上である自分が見目麗しい王子の前に裸を晒す勇気が、今ひとつ持てないでいた。
ピアがまだ、『社交界の百合の花』『どんな紳士も惑わす悪女』など異名をつけられるほどの美貌やプロポーションを備えていれば違っていたかもしれないが、目を背けられるほどの酷い容姿でもなければ、毎日の花束や個人的なお誘いに困るほどの美女でもない。
癖のある濃いブロンドの髪に、父親譲りの藍色の瞳。体つきは四季を通じての農作業で無駄な肉を削られ、胸やヒップの適度な膨らみを残して、女性らしいふくよかさとは無縁だ。
夜会でも、恥をかかないくらいにダンスを申し込まれるという程度だった。そんな自分がいざ裸になった時、殿下に拒絶されるのではないかという恐怖も、彼女が閨の手ほどきに躊躇する大きな理由の一つだった。もし、ジュリアスが自分の体に魅力を感じず、勤めがうまく果たせずにお払い箱になってしまったら……。
そう思うと、特別授業を始めることに二の足を踏んでしまう。
だから、せめてお互いに親愛の気持ちが芽生えてからの方が良いはずで、ジュリアスも、心が通った相手を無下に切り捨てるほど無慈悲ではないだろうと、微かな希望を抱いて今日まで先延ばしにしていたのである。
(私が殿下と体を重ねる……)
ジュリアスの体はもはや子供のそれではない。ほどよく筋肉のついた肢体、庭で時折見かける剣術の稽古で見せる強い物腰、それらは密かにピアの女の部分を少なからず刺激していた。
そんな彼の姿を目にした夜には、アンソニーとの情事が自然と思い出され、ピアはベッドの中で体を火照らせていた。今も、こうしてジュリアスとの淫らな行為を想像するだけで、下腹が疼き始めてしまう。
(アンソニー先生はどうしているだろう……)
遠く離れた場所にいても、きっと自分の成功を祈ってくれているに違いない。あれだけ熱心に指導してくれたのだから……。そのアンソニーの努力も、期待も無にしてはいけない。
(今日の殿下は完全に心を開いているようだったわ。だとすると……)
その夜はそう遠くない。
いや、むしろ早い方がいいのかもしれない。こういうことは勢いが大事だ。ぐずぐず先延ばしにするほど、いろんなことを考えてしまい、むしろ自分から辞退してしまいそうな気もする。
(ダメダメ。そんな弱気じゃ。だいたい、殿下の方は単なる教育の一環ということをご承知。何とも思っていないのだから)
そうそう、生理学、生物学の実技よ、とつぶやいてピアは明日の準備をするために椅子から立ち上がった。
しばらく書棚を埋める本の背表紙に目を走らせるが、目的のものが見つからない。少し考え、昼間書斎に忘れたのだと気がついた。薄いドレスの肩にショールをかけ、ピアは燭台を片手に部屋を出た。
階段の踊り場に立つ衛兵に挨拶しつつ、人気のない廊下を一番奥の書斎まで進んだ。こんな夜更けに室内に誰かがいるとは思いもしなかった。ピアは何も考えずにドアを開けた。薄暗い部屋にすぐに誰かがいると気がつくのと同時に、目の当たりにした光景にピアは愕然と立ちすくんでしまった。
「……ああっ、ピア……ピアっ……」
「え……?」
相手の呻きが耳に入ると、ピアは思わず声を漏らしていた。その声に、長椅子に座っていたジュリアスがパッと顔を向けた。
「えっ……ピア……、あ、先生……」
長椅子に座るジュリアスの右手は股間にある。その部分は影になっていてはっきりとは見えないが、ピアには彼が何をしていたのか一目瞭然だった。それでも、ショックでピアは一瞬放心した。
「先生っ、ど、どうして……」
目を瞠ったジュリアスが、かすれ声で尋ねる。そこでピアは我に返った。
(私はなんて失態を……。もっと気をつけるべきだったのに……)
自分の迂闊さを呪うも、後の祭りだった。
(こんな時はどうすればいいの……何か言わないと……)
対処を間違えれば、繊細な彼の心に深い傷痕を残してしまう。未経験の少年は最初が肝心だというのに、自分がそれを台無しにしてしまった。自分を責めるのと、焦る気持ちが邪魔をして、適切な言葉が出てこない。
「先生っ……、これはあの……私は……」
完全に狼狽したジュリアスが、露出した屹立を隠すのも忘れ、言い訳を探している。
「決して、これは……」
とうとう彼は端正な顔を伏せ、黙ってしまった。その姿から滲み出る悔恨が、ピアの心を激しく揺らした。
ピアは気をとりなおし、昼間一緒にお茶を飲んだテーブルに燭台をのせ、彼の隣に座った。そっと身を寄せ、脚の上に置かれた左手に手を重ねる。
ジュリアスはピクッと身を震わせ、すがるような目をむけてきた。ピアは微笑でそれに応える。
「ごめんなさい。私がきちんと教えなかったので、殿下にこんなご無理をさせてしまいましたね。苦しいですよね……」
「せ、先生っ……」
ジュリアスの体の強張りがわずかに解け、不安げな表情が和らぐ。
「勉強熱心な殿下のこと。予習をしようとしていたんですね? お疲れでなければ、今から授業をさせていただいてもよろしいですか」
(わ、私ったら何を言っているの。ここは「お疲れでしょうから早くお休みになって」って部屋に帰すべきだったのに……)
彼を傷つけまいとして、とっさに口をついて出た言葉だったが、たちまち後悔が押し寄せる。
「え……、いいのですか?」
しかし、彼女の言葉に表情を輝かせるジュリアスを見て、今更冗談だったと撤回できる雰囲気ではなかった。そうすれば、彼は傷つくに違いない。
(仕方ないわ。少しだけ……。体の興奮が治れば、落ち着いてお休みになられるはずだし)
ピアは自分に言い聞かせ、すっかり萎れているペニスに手を伸ばした。
「んっ……」
ピアが股間に手を触れさせると、ジュリアスが目を瞑って身震いする。指を少し動かしただけで、彼の分身は瞬く間に漲った。
(すごい……立派だわ……まさかここまでだと……)
太さ、硬さ、長さ、全てにおいてアンソニーのものと同等か、それを上回る雄々しさに息をのむ。男女経験はアンソニーしか知らないピアには、あまりにも圧倒的な逞しさだった。途端に下腹がきゅんと疼き、心臓が高鳴る。
「先生が、私を慰めている……」
ジュリアスのほんのり赤く染まった顔には感動と興奮が溢れ、それを見ると胸に喜びが湧き上がる。
(殿下……、私に握ってもらえたというだけで、そんなに目を輝かせて……)
「それでは、生理学の授業を始めましょう」
(そう、これは授業。正しい性知識を身につけさせるための指導なのよ……)
あくまで教育の範疇で、勤めなのだと己に言い聞かす。
「は、はいっ。お願いします」
ジュリアスが真顔で返事をすると、手の中のペニスも挑むように震えた。
暖炉の火はすっかり弱くなり、部屋の中は薄ら寒くなっていたが、火照ったピアの体にはちょうど良いくらいだった。
「殿下は……、こうしてご自分でペニスをよく慰めていたんですか?」
問いかけたのち、細部を確かめるように屹立を緩やかに扱いた。指が血管の浮かびあがった幹をゆったりと上下する様は、自分で見ていてもとても淫らだ。
「んっ……、ええと、たまに……」
かすかに眉根を寄せたジュリアスが、躊躇しながらため息交じりに答える。
(気持ちいいのだわ。殿下が私の指で感じてくださって……)
初々しい反応が、ピアの心をくすぐる。アンソニーは経験が豊富だったのか、ピアの施す指戯に感じてはくれたが、ここまで素直な反応はなかった。
ジュリアスの浅く、速くなっていく息遣いを間近で聞きながら、ますます硬さを増していく幹を愛撫していると、ピアもだんだん妖しい気持ちになり、体が熱を孕んでくる。
「あの……、先生は、以前このように誰かを慰めたことが……あるのですか?」
沈黙が気まずいと思ったのか、ジュリアスが訊ねた。手の中のうっとりとするような感触に陶酔しかけていたピアは我に返り、慌てて答えた。
「え、えっと……ありません……」
ジュリアスは、閨の手ほどきの相手は経験済みの女性だと承知しているはずだ。ただ何気なく聞いただけなのだろう。
しかし、なぜか彼にはアンソニーとの関係を知られたくなく、咄嗟に嘘をついてしまった。
「そうですか……。これは僕が初めてなんですね」
熱を孕んだジュリアスの目元が嬉しそうに緩む。その表情に罪悪感と愛おしさで胸が小さく疼いた。話題をそらすため、今度はピアが訊いた。
「あの、殿下はご自身でするとき、何を想像されるんですか……やはり、女官たちの裸体ですか」
自分の声がかすかに上擦っている。好奇心から訊ねてみたが、言葉にしてみると卑猥だ。手の中の剛直が、ピクンと跳ねた。
「そ、それは……先生です……。あなたの裸を想像して……つい、」
「え……」
驚きの声をあげたピアの頭に、先ほどの光景が蘇る。
(そうだわ、さっき私の名前を呼んでいたわ。殿下は私を想像して自分を慰めて……)
ジュリアスの告白に胸がときめいた。子宮がキュンと痺れ、体の火照りがさらに増す。自分が愛撫を施しているのに、手から伝わる興奮がじわじわと身体に波紋を広げ、脚の付け根に隠れた泉が潤い始める。
「わ、私で慰めていたなんて……殿下は真面目な方だと思っていましたのに」
本当は嬉しいが、それを見せては指導側としては失格だ。その気持ちを誤魔化すように指づかいを速めた。くびれから根元まで素早く往復させる。ジュリアスが小さく唸り、重い吐息を吐いた。
「少しご褒……いえ、お仕置きですよ」
手の中の剛直は手の動きに応えるようにますます身を反らせ、ピアの花芯は欲望に疼き続けた。薄いドレスの下で乳首は硬く尖り、蜜が花弁に滲む気配に太腿を綴じ合せた。
「ああ……、先生っ。そんなに速くしたら……」
美貌を歪め、ジュリアスはわずかに腰を浮かせる。長椅子で体を支える手に力が籠り、喘ぎながら耐えるように眉を寄せるその様子に、ピアの胸に母性と嗜虐的な気持ちが湧き上がった。
(殿下……なんて可愛いの……。私までどんどん邪な気持ちになってしまう……)
高鳴る鼓動と揺らぐ理性。少しずつ、だが確実に自分の中でうねり始める欲望を実感する。
(これはあくまで一時的な措置なのに。私まで溺れてどうするの……)
己に言い聞かせ、理性を保とうとする。だが手の中の昂りは、まるでピアに挑戦するようにますます反り返り、先端からは誘うように雫を滲ませていた。そんな雄しべを見せられて、身体の中では情欲の蝶が狂ったように舞い飛び、慎みを散らそうとしている。
「もしかして、今日居眠りしたのは、遅くまでこのお遊びしていたからですか?」
憶測だったが、図星だったようだ。ジュリアスは項垂れた。
「そうです……。いけないって思っているんですけど……、先生の胸元など、柔らかな体の線を思い出すだけで目が冴えてしまって、つい何度もしちゃうんです」
(何度も……)
自分を想ってベッドの中で手慰めを繰り返すジュリアスの姿が頭に浮かび、さらに鼓動が高まる。
「で、殿下は……妄想の中で私にどんなことをしていたのですか……」
その声があまりにも甘くて自分でも驚いた。
そういえば、室内も興奮した男と女が醸す独特の淫靡な雰囲気が漂い始めている気がする。
「い、いろんなことです……。ち、乳房を揉んだり、舐めたり……、一緒に舌を絡めながら、こんな風に触ってもらったり……そして、先生が私に夢中になってそれを舐めて……」
羞恥に耳までまっ赤にし、ジュリアスは顔を背ける。目を見開いたピアの指は自然と止まっていた。まだ女の性を知らないはずの彼の妄想は想像の範疇を超えていた。
(そんな、淫らすぎる……)
描写が胸やペニスに集中しているのは、まだその先を知らないからだろうが、それでも、ピアを驚かせるには十分だった。
「せ、先生? やっぱり呆れますよね……」
すがるような眼差しを向けてくるジュリアスを見て、大人の余裕が戻ってくる。ピアは気を取り直すと、彼を安心させるように優しい指使いで屹立をまったりと扱いた。
「殿下は、そんな風に私を意識していらしたのですか……胸元など……いつも見られていたと知って、恥ずかしいです」
上目で見ると、彼の面持ちから不安の色が消え、身体からも力がいくらか抜けた。
「ご、ごめんなさい。でも先生の膨らみはとても魅力的で……隣にいるとつい目がいってしまいまって」
「それでも、手慰めの妄想に使うなんて……おっしゃってくれたら、すぐに指導しましたのに。それを打ち明けてくださらないなんて、私は家庭教師失格ですか?」
咎めるように言いつつ、指遣いも急変させた。今ではとめどなく溢れ出る雫をまぶしながら、ビクビクと戦慄いている屹立をヌチヌチと激しく扱く。
「ああっ、先生っ、違いますっ……嫌われたくなくて……っ。先生が、好きなので……」
突然、ジュリアスが体をひねり、抱きついてきた。「好き」と言われ、一瞬耳を疑ったピアの隙をついて、彼はドレスの上から乳房に顔を埋める。
「先生っ……」
「あんっ、殿下……」
素直に甘えてくるジュリアスを、ピアは困惑しながらもそのまま素直に受け入れていた。
(ペニスは立派でも、やっぱり心は少年のまま。母親の愛を求めているのだわ)
自分の思った通りだった。すると、自分へ素直に恋慕をぶつけてくるジュリアスを、もっと甘やかしたくなるという気持ちに駆られる。ピアは、彼を抱きしめられたまま、屹立への指づかいを緩やかなそれに戻し、囁いた。
「この行為には、順序というものがあるんですよ……」
「でも……ずっと、先生とずっとこうしたくて……この膨らみを……こんなふうに……」
ピアへの告白で、タガが完全に外れてしまったようだ。ジュリアスは熱っぽく言うと、薄布の上から双乳を下から掬い上げるようにして、遠慮なく指を食い込ませた。
「んっ、そんな……いきなり、ふっ……う」
ピアは甘い息を漏らした。強い愛撫だが、愛の告白に高揚した体には却って心地よい。乳房から生じた甘美な愉悦に、ペニスを扱く指が止まる。ジュリアスの指遣いは甘える子どものそれではなく、劣情に駆られた男の愛撫だった。すぐに襟元の紐が解かれ、緩んだ開きが左右にはだけて白い膨らみがジュリアスの眼前に晒される。
「これが先生の乳房……」
細い体のわりには熟れた果実を前にし、ジュリアスが息を詰めた。双乳の頂きではすでに桜色の乳首が硬く尖っている。熱い息が胸元にかかり、ピアの背に震えが走った。
(ああ……、殿下に見られてる。硬くなった恥ずかしい先端も……)
熱い視線が肌に突き刺さり、灼かれた肌から甘い痺れが広がる。
「素敵です……。綺麗でなんて魅惑的なんだ……、もう、我慢できません……」
そう囁き、すかさずジュリアスは乳首に吸い付いた。もう一方は人差し指で転がされる。
「ああんっ、ダメです……。今日は、んん……そこまでしな……っ……あっ、ん……」
感度を増した乳首から生じる愉悦が、彼女を悶えさせる。肩が小刻みに震え、声が官能の響きを帯びた。
(殿下の舌……温かくて、濡れて気持ちいい……触れられるのが、気持ちいい……。やはり、久々……だから?)
アンソニーの影が脳裏をよぎったが、乳首から生まれた官能が興奮をさらに煽り、すぐに何も考えられなくなった。
「ああ、先生の胸……すごく柔らかい。ずっとずっとこうしたかった……」
新しいおもちゃを手に入れた子どものように、ジュリアスは赤く染まった突起をつまんではひねったり、舌で転がしたりと、欲望の赴くまま弄ぶ。彼の愛撫はまだ未熟で不器用だ。しかし、女性に不慣れな荒い手つきで、突然意外な性感帯を刺激されると、ピアの身は震え、唇からは切迫した喘ぎが漏れてしまう。
(このままではダメ。どうにかして早くこれを終わらせないと……示しがつかなくなってしまう)
「んっ……殿下、おやめください。今夜はもう……」
ピアは片手をジュリアスの肩に置き、軽く睨んだ。だが少しでも油断をすると、愛撫の気持ち良さに表情が緩み、甘い声を上げそうになる。
「どうしてですか……、先生は気持ちよくないですか」
舐めていた先端から唇を離し、ジュリアスは抗議するように目をすがめた。
「そういうことではなく、まず手順を覚えなくてはいけません」
「つまり?」
「つ、つまり……、ま、まずはキスを覚えなければ、お話になりません。逆にキスが上手な男性は、どんな女性でもそれだけで満足させられるといっても過言ではないのです。そう、基本中の基本です」
なので後日日を改めて……、とお開きに持っていくつもりだった。だが、ジュリアスはしっかりと頷くと、おもむろに手をピアの頰に添え、唇を重ねてきた。
「!!」
予期せぬ行為に戸惑うと同時に、己の迂闊さを悔いたが遅かった。
ジュリアスは背中に腕を回し、ぴたりと重なった唇を優しく吸ってくる。久々に味わう唇の柔らかさ、そして幾度も柔らかく唇を食まれると、すっかり思考が朦朧とし、ピアは、かつてアンソニーに開花された本能のままに唇を吸い返していた。するとジュリアスはより強く唇を吸い返して、さらに舌を口内に差し込んでくる。
(ああ、キスをしている。殿下と口づけを……)
思わぬ大胆さに困惑してると、舌が絡みつき、濡れた粘膜同士を擦り合わせてきた。それから舌先で歯茎や口蓋を擽るように刺激し、舌を吸ってくる。
(それにしても、殿下はキスが上手……才能かしら)
初めてとは思えぬ巧みさに面食らいつつ、動揺を悟られまいと積極的なキスに応じた。すると、相手も感じているのだろう、程よく引き締まった身体が微かに震え、手の中の分身が反りを強めた。
次第に貪られるように変化していくキスに陶酔しながら、まるでジュリアスと恋人同士になったような錯覚が沸き起こり、彼への恋慕がさらに募っていく。
(ああ、気持ちよすぎて、何も考えられなくなってしまいそう)
唇を吸い、唾液に滑る舌をくちゅくちゅとこすり合わせていると、次第に頭の芯が痺れて身体から力が抜け落ちていく。下腹部で燃え盛る官能の炎は火勢を増し、溢れ出す蜜が股間を濡らすのがわかった。
ピアの背中に回していたジュリアスの手が、再び乳房に戻って愛撫し始めた。先ほどより力強い、パン生地を捏ねるような手つきだ。その荒さが、アンソニーとの濃厚な時間を呼び起こし、体が敏感に反応してしまう。我慢しようとしても、つい甘えるような喘ぎがキスをされている口からこぼれてしまった。
(殿下はお止めになるつもりはないんだわ。なら私も……)
彼の気持ちに応えたいとばかりに、ペニスを握ったままだった指を上下させる。屹立全体をゆったりと扱き立てると、相手の身体がわななき、ピアの口内に悩ましげな吐息を漏らす。
乳房を揉む指にいっそう力が篭り、口づけも濃密さを増す。
痛いほどにしこった乳首を指先で軽く弾かれるたびに、ピアの背にぞくぞくと旋律が走り抜けた。
心は華やぎ、ジュリアスへの愛情が身体中を駆け巡る。ピアは、多幸感のうねりにうっとりとその身を委ねた。
幼い頃からアンソニーに淡い恋心を抱いていたピアは、性技の手ほどきを通じて彼が与えてくれる快感に常に感動したものだった。しかし、アンソニーがいくら優しく、淫らな言葉を囁いてくれても、どこかで彼は教師と生徒という一線を越えないようにも感じていた。だから、アンソニーにどんな壮絶な快感を与えられても、何度も絶頂に導かれても、彼が授業を終える時に必ずする優しいキスはいつも切ない味がした。
しかし、ジュリアスは今、自分を女として求めている。その全てを求められ、相手に与えることでこれほどに満たされ、幸せになれる。それはピアが初め知る感覚だった。
それだけにジュリアスの愛撫の熱烈さには、深く感じ入るものがあった。
ピアは再び舌を絡めつつ、露でたっぷり濡れたペニスを優しくしごいていく。
「んっ……んんっ、んんんっ………!」
いっそう強く乳房が握られて、手の中の怒張がビクビクと躍動した。直後、ペニスから精が放たれる。熱い雫がピアの手を濡らしたが、彼女は舌を擦り合わせつつ、射精を促すようにしごき続けた。
(殿下……もっと気持ち良くなって。全て出してください……)
突然、ジュリアスは顔を離して喘いだ。
「ああ、出る……出てる……こんなこと……」
どくどくと放射される精の前に為す術もないジュリアスの顔は今にも泣きそうだった。薄く開いた唇からやや高めの声音で喘ぎを漏らし、腰を前後に揺らしながら、本能に突き上げられるまま吐精を続けている。自分に全てを委ねる彼に対し、ピアの心は純粋な慈愛で満ちていた。ジュリアスに至福の時を与えられた感動に、胸がうち震える。
放出が収まったのち、ピアもやっと愛撫を止めて微笑みかけた。ぐったりと身体をピアに預け、大きく胸を喘がせるジュリアスの瞳はくすぶる欲望に潤み、頰はほんのり赤く染まって、この上なく妖艶だった。
「たくさん、お出しになりましたね……」
「はい。すごく気持ちよかったので」
そのどこか甘えるような口調に、ピアの胸はキュンとときめいた。
「でも、もう少し、お出しになるのを我慢した方がよろしいかと……今後の課題ですね」
「わかりました。でも、先生のキスと愛撫が、すごく気持ちよかったので、つい……」
うっとりとした表情でそんな風に言われ、再び胸が高鳴る。
「そ、そんなことは……」
上目でジュリアスを見ると、彼も照れているのか耳を赤くしている。ふとお互いの目が合い、二人はクスッと微笑みあった。
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