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第1話 桜技附属高演劇同好会、発足!

1-1 早々のタイトル回収

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 抱きつくべきか、否か。

 放課後のLL教室、ゆらゆらと風で揺れる窓際のカーテン、椅子に座りながら静かに文庫本を読む黒髪の美青年――黒澤くろさわ侑真ゆうまの後ろ姿を眺めながら、葛之葉くずのは都古みやこは考える。

 ……これは、冗談半分で後ろから抱きついたって、笑って許されるシチュエーションではあるまいか。

 同じ演劇部。
 一年違いの先輩後輩という関係性。
 ほんのちょっぴり頭のネジがゆるい後輩女子キャラで、「だーれだ?」なんて台詞をワンオクターブ高い声で言って抱きつけば、きっと黒澤先輩だって苦笑いをして冗談だと思ってくれるだろう。

 じゅるり。……よし、それでいこう。
 都古は拳を握って覚悟を決め、軽く息を吸って声をつくった。

 その時。

「がほっっっっっっっ」

 都古の側頭部に、紺色のスクールバッグが激突し、ちょっぴり可愛くない声が声帯からもれ出た。
 頭を押さえてうずくまる都古。
 見上げれば、黒髪に赤メッシュが入った頭をした男子が凶器のバッグを肩に抱え直して微笑んでいた。

「葛之葉。なーに、教室の入口でにやけてんだ? 不気味だからやめとけ、な」

 そう言ったのは、高ヶ坂こがさかたくみ。都古と同じ演劇同好会の一年会員だ。
 彼の隣には彼のニコイチの親友である中堂なかどう奏哉そうやも並んで立っていた。背が高くがっしりとした短髪の美男子で、チャラそうな見た目の高ヶ坂とのギャップもあり、ひどく真面目そうに見える。

「何すんのよ、高ヶ坂!」

「入り口で突っ立ってるんじゃねぇよ。入れないだろうが」

 高ヶ坂は言った。
 一方、中堂は都古を心配そうな表情で見ている。

「おい、高ヶ坂。女子の頭をバッグで殴るなよ。大丈夫だったか、葛之葉?」

「平気。つーか、高ヶ坂のバッグ、何入ってんの? 見た目パンパンに見えるのに、全然痛くなかった」

「ん? それはな……、これだ」

 そう言って、ドヤ顔をしながら鞄から猫のぬいぐるみを取り出す高ヶ坂。

「……猫?」

「っていうか、なんでぬいぐるみが鞄に入ってんのよ」

「昨日の帰りにゲーセンで取ってな。それがそのまま入ってた」

 ははは、と笑う高ヶ坂。
 鞄にぬいぐるみしか入っていない件については、都古も中堂もスルーした。

 そこへ、教室の中で本を読んでいた黒澤先輩が振り返り、入り口で立ち話をしている都古達三人を見た。

「おお、揃ったな。だったら早く始めようか、部員募集のポスター書き。お前らだって、さっさと書いて、さっさと帰りたいだろ?」

『うっす』

 そんな運動部みたいな返事をして、教室に入っていく高ヶ坂と中堂。
 都古も彼ら二人に続いて教室へ入ると、離れた席に荷物を置きに行く高ヶ坂と中堂を他所よそに、黒澤先輩の隣というベストポジションの席に腰かけた。



 都古達、桜庭科学技術大附属総合技術高等学校演劇同好会――略して、桜技附属高演劇同好会の会員は、全員で四名。三年はおらず、二年の黒澤先輩が副会長。残る都古、高ヶ坂、中堂の三人は一年で、都古が会長を担当している。
 余談だけれど、この同好会の男性陣は三人とも学年でトップクラスのイケメンで、美女と野獣ならぬ美男達と珍獣といった感じのメンバー構成なのである。


 昨日、都古が百均で買ってきたペンやポスター用紙を取り出して机の上に広げると、対面に座っていた中堂が率先してポスターの字を書き始めた。

「中堂の字、超上手いね。武士のたしなみ?」

 部員募集中、という字を楷書体かいしょたいで真剣に書く中堂を眺めながら、都古は言った。

「違う。小学校の時、ペン習字を習っていた」

 何の遊びもないコメントを中堂は返す。
 とは言っても、彼の言葉に無駄がないのはいつものことだ。

 一方、ポスター書きを都古と中堂に任せるというスタンスをとった高ヶ坂と黒澤先輩は、手伝う気だけ・・を見せながら話を始める。

「つーか、黒澤先輩。演劇ってそんなに人数、必要なんですか?」

「必要、ってわけでもないな。最悪、一人でも芝居は出来る。けど、舞台にたくさん演者が並んでいた方が華やかになりやすい」

「なるほど。華やかってことなら、やっぱ女子会員増やしたいですね」

 高ヶ坂は都古を見ながら言った。
 都古は自分が華やかとは縁遠い容姿をしていることは自覚しているので、高ヶ坂の視線をスルーする。

「まぁ……、そうなんだけどな。でも、葛之葉。一年女子には声かけて、全員に断られたんだろ」

「あ、はい。この同好会をつくる時に。全員って言っても、帰宅部の子限定ってことで、声をかけたのは八人だけですけど」

 色気のない中堂の字に花を添えるべく、ポスターの四隅にいかにも適当なひまわりを描きながら都古は答えた。
 黒澤先輩は続ける。

「俺も、昨日今日で二年女子に興味ないか声をかけてみたんだ。けど、全滅。三年女子は大学受験あるから無理だろうし、当面、女子会員は葛之葉だけだな」

 すると、高ヶ坂が都古を見て笑う。

「それじゃあ、葛之葉、当分は逆ハーレム継続ってことか」

「高ヶ坂、リアクションしづらいコメントを言うの止めてよ」

 都古は苦笑いをした。
 その時、黒澤先輩が都古の方へ視線を向けて言った。

「……と、いうわけで、学校祭の舞台は、葛之葉がヒロイン役で決定だから」

 黒澤先輩の言葉で、都古と中堂の手が止まった。

「ちょ……、ちょっと、待ってくださいよ! 主役は黒澤先輩がやるんじゃないんですか!? 先輩だし! 私は中学時代にも、一度も主役なんて演らせてもらえたことがなかったんですよ!?」

 都古は言った。
 けれど、黒澤先輩は苦笑を返す。

「うちみたいな男ばっかの学校で、男が主役なんて誰が見たいんだよ。ただでさえ演劇を見たこともない、興味もない連中ばかりなんだから、せめて主役は可愛い女の子じゃないと見に来ないだろ」

「かもしれませんけど、私は可愛い女の子じゃないです!」

「可愛い女の子の演技をしろよ! それが芝居だろ!」

 ぐうの音も出ないほどの正論を都古に叩きつける黒澤先輩。
 一方、会話を聞いていた高ヶ坂はぼそっと中堂に向かってつぶやく。

「……葛之葉、そこそこ可愛いよな?」

「ああ、まあ……」

 本人に聞こえる距離で、臆面もなく褒め言葉を口に出す二人。
 そんな彼らからの切れ味鋭い不意打ちに、都古は途端に顔が熱くなる。

「それに、学校祭の舞台は、俺達演劇同好会の幕開きの舞台になるんだ。創設者で会長のお前が主役を演るのが筋ってもんだろ」

 黒澤先輩は微笑みながら言った。
 高ヶ坂と中堂の二人もうなずいた。

「よし。じゃあ、決定な。これから部員が何人増えようが、葛之葉がヒロインってことだけは変更はしない。お前らもいいな?」

『うっす』

 高ヶ坂と中堂が言った。

 都古は、ロミオの死体を見たジュリエットのごとく頭を抱えた。

(こんな……、こんな私がヒロインなんて――!!)
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