天の川の中心で

かないみのる

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俺が不信感に苛まれていると、詩織ちゃんは不安そうな顔を俺に向けた。

アーケードの終端、大通りに面した広い歩道の端っこで俺達は立ち止まった。

このモヤのように浮き出た不信感を俺はどうすることもできず、歩き続けることができなかった。



「流君、どうしたの?」



詩織ちゃんの整った顔が曇る。

そんな表情をさせてしまったことに申し訳なさが込み上げる。



でも、傷つくくらいならここで拒絶した方がいい。

詩織ちゃんに騙されたと知ったら、俺は一生立ち直れないだろう。

母さんに裏切られたように、詩織ちゃんに裏切られるくらいなら……



「詩織ちゃん、俺もう帰」


「お嬢様! こんなとこにいらっしゃるとは」



俺の言葉を遮るように男の声が響いた。

周囲の人が騒めきだす。

俺と詩織ちゃんは声のした方へ顔を向けた。



声の主は先ほど見た、黒いスーツを着た男性の一人だった。

黒々とした髪を撫で付けた中年の男だ。

がっしりとした身体が目立つ。

後ろにはもう一人、同じように黒いスーツに身を包んだ二十代くらいの若い男も着いてきていた。



「勝手にいなくなってはいけません。行きますよ!」



誰なのかを尋ねる前に、中年の男は詩織ちゃんの手を掴んで引っ張った。



「いや! 離して!」



詩織ちゃんは手を振り払おうと暴れるように抵抗した。

しかし、女の子と大の男では力の差は歴然だ。

詩織ちゃんの抵抗も虚しく、男は詩織ちゃんを引きずっていく。



何が起こっているのか理解できない。

俺は金縛りにあったように動くことができず、野次馬と同じように詩織ちゃんを見つめることしかできなかった。



「相手の方のご迷惑となります! さあ!」


「やめて! 流くん助けて!」



詩織ちゃんが俺を見る。

その目には涙が浮かんでいた。

身動きが取れない俺の目の前に、若い方の男が立ちはだかり俺を見下ろした。

何かスポーツでもやっていたのか、上半身の筋肉がスーツの下で窮屈そうに潜んでいる。



「お嬢様を 誑たぶらかしたのはお前か?」



若い男は低い声で俺を威嚇した。

冷静そうに見えるが、全身の毛を逆立てた猛獣のような怒気が感じられた

おれは一瞬怯んだが、自分を奮い立たせて男を睨みつけた。

混乱した頭で正常な判断はできなかったが、それでもこいつらのせいで詩織ちゃんが泣いているのはわかった。



「やめて! 佐渡! 流君に乱暴しないで!」



詩織ちゃんは近くに路上駐車していた黒い乗用車の後部座席に押し込まれた。

車に詳しくないが、黒光りするその車は海外の高級車と思われた。

逃げ道を防ぐように中年の男も詩織ちゃんの隣に乗り込んだ。



佐渡と呼ばれた若い男は俺を一瞥し、舌打ちをしてから俺に背を向け、運転席に乗り込んだ。

車は静かに発進し、交通量の多い道路を進んでいった。

周囲には数秒の静けさが広がったが、すぐに何事もなかったかのように騒がしさが戻ってきた。



やはり詩織ちゃんは俺に何かを隠していた。

それは疑いようのない事実だ。

しかし、このままでいいのか?

あの様子から判断するに誘拐ではなさそうだが、詩織ちゃんをこの先待ち構えるのは決して幸せな現実ではないだろう。



詩織ちゃんの泣き顔が頭に焼き付いて離れなかった。

お別れがこんな泣き顔だなんて嫌だ。

この際、徹底的に騙されてやる。

詩織ちゃんには笑顔でいてほしい。



俺は走り出した。

人間の足で車に追いつける見込みは薄いが、幸い道路は混雑している。

どこか止まったタイミングで追いつく可能性もあるだろう。


俺は走った。

誰かのために走るのは初めてかもしれない。

なぜこんなに必死になるのか自分でも分からないが、詩織ちゃんの笑顔がもう一度見たいがためだけに足を動かした。



大通りをまっすぐに進むと、前方に、タクシーに紛れて黒い外車がハザードランプを点灯させて止まっていた。

左の後部座席から詩織ちゃんを連れ去った中年の男が、運転席からは佐渡が慌てて降りてきて、二人で競うように近くのコンビニに駆け込んで行った。



何が起こったんだ?

いや、そんなことはどうでもいい。

詩織ちゃんを助けなければ。



詩織ちゃんは後部座席から降りてきた。

俺が駆け寄ると詩織ちゃんは縋り付くように俺の手を掴んだ。

相当不安だったようだ。



「詩織ちゃん! 大丈夫!?」


「流君!」


「何があったの?」


詩織ちゃんも何があったのか分かっていないらしく、首を傾げた。

詩織ちゃんが言うには、白岩という中年の男性が急に苦しみ出して、車を止めるように佐渡に命令したところ、佐渡も苦しみ出して車を路肩に停め、二人は慌てて車から降りたとのこと。



二人で顔を見合わせていると、助手席から初老の男性がゆっくりと降りてきた。



「二人の飲み物に下剤を混ぜておきました。お嬢様、どうぞお好きになさってください」



厳しい顔つきをしているが声は優しかった。



「青山先生、ありがとう!」


「いいんです。私はあの二人から何も知らされてませんでしたから。後でどこにいるかだけ教えてください。山形か仙台か」



青山先生は幼児に諭すように詩織ちゃんに伝えた。

親猫が子猫を慈しむような優しさが感じられた。



「うん! 流君、行こう!」


俺たちは目的地もないのにかけだした。

空はもう薄暗く、星が出始めていた。



「詩織ちゃん」


「ごめんね、流君、説明しないとね」


「いや、無理に話さなくていいよ」



詩織ちゃんは俺の返事が予想外だったのか、整った眉を引っ張り上げて驚いた表情をしていた。



「素性を知られたくないんでしょ?だったら話さなくていいよ。俺は今の詩織ちゃんをありのまま受け入れるから」



詩織ちゃんは泣き笑いのような複雑な表情をした。



「悲しい顔しないで、笑ってよ!」



俺は励ましたつもりだったが、詩織ちゃんは余計に顔を歪ませた。
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