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しおりを挟む俺の頭の中で危険を知らせるアラームが鳴っていた。
女と関わると碌なことがないと、実の父親が証明しているではないか。
なぜ自分はそんな愚かな道を進もうとしているのか。
しかし気づくと俺は脳内で発せられる警告を無視して、詩織ちゃんと一緒に過ごすことを選択していた。
自分で自分が信じられなかった。
まるで何かに取り憑かれたように俺は動いていた。
おれも詩織ちゃんも昼食を取っていなかったので、どこかで食事をしようと山形駅に来た。
駐輪場に自転車を停めて、大通りを歩いていると、詩織ちゃんが「甘いものが食べたい」と言ったので近くのドーナツ屋さんに入った。
「何かお祭りでもあるの?」
ドーナツ屋さんでオールドファッションを齧りながら詩織ちゃんは言った。
商店街の大きな通りには提灯がぶら下がり、歩道の脇にはビニールシートや折りたたみの椅子で場所を取っている人がいる。
どこか街全体が浮き足立つ空気を感じ取ったのだろう。
「花笠祭りだね」
「花笠祭り?」
「そう。見たことない?」
詩織ちゃんはゆっくり頷いた。
花笠祭りを見たことないなんて、この県の住民ではないのだろうか?
「この県で有名なお祭りだよ。向こう側にある商店街の大きな通りを、花をつけた笠を持った人たちが踊りながら練り歩くんだよ」
俺は商店街の方向を指差した。
いくら説明したところで、あの楽しさは言葉では伝わらない。
軽快な太鼓の音、掛け声、鮮やかな花笠とそれを揺らしたときの鈴の音色。
踊り手は様々な団体が参加しており、衣装や花笠などそれぞれ趣向を凝らしていて、見ていて華やかな祭りである。
踊りはしなやかだったり軽やかだったり力強かったりと踊り手によって様々だ。
「良かったら、一緒に見る?」
自分でもなぜこんなに積極的になれたのか分からないが、俺は流れるように詩織ちゃんを誘っていた。
あの気持ちが高まる空間を詩織ちゃんにも味わってほしい。
「うん!」
詩織ちゃんは屈託のない笑顔を浮かべた。
その笑顔を見ながら飲んだメロンソーダを俺は一生忘れないと思う。
全くと言っていいほど味覚を感じず、舌は炭酸のピリピリした刺激しかわからなかった。
それくらい詩織ちゃんの笑顔に意識を持っていかれた。
ドーナツ屋を出て、まだ花笠祭りまで時間があったので有名な歴史的建造物『文翔館』を見に行くことにした。
「文翔館?」
「そう。趣のある建物で、映画のロケとかにも使われてる」
「へー、楽しみ!」
詩織ちゃんの反応一つひとつに俺は浮かれそうになるが、また脳内でアラートが出る。
女は簡単に裏切る。
それは詩織ちゃんだって例外ではないはずだ。
俺は戒めるように自分に言い聞かせた。
商店街の通りを北に向かって歩いた。
通りの所々に設置されたスピーカーから音楽が流れており、自然と足取りが軽くなる。
おばちゃん数人を追い越したり小学生グループに追い越されたりしながら、文翔館まであと少しというところで急に後ろから声がした。
「流じゃん!」
振り返ると檜山をはじめ、中学のクラスメイトが五人ほどいた。中には莉奈もいた。
「何だよ、流も花笠来てたのかよー」
檜山は俺を非難したが、表情をから察するに怒ってはいないようだ。
「流くん、あたしとの約束は断ったのにひどいよー」
莉奈がわざとらしく頬を膨らませた。
ハムスターが頬袋に餌を貯め込んだ姿が思い浮かんだ。
莉奈のあざといところが俺は好きになれなかった。
「誰?」
檜山は俺の隣にいた詩織ちゃんに目を向けた。
詩織ちゃんは怖がるように俺の後ろに隠れた。
「えっと、友達」
「へー、可愛いじゃん」
同じクラスの祥太郎が、詩織ちゃんを見て真っ先に言った。
莉奈は面白くなさそうに詩織ちゃんを睨みつけ、詩織ちゃんはさらに萎縮してしまった。
「花笠まで時間あるし、カラオケ行こうぜ」
檜山がカラオケボックスの方を指差しながら言った。
「君も一緒に行こう」
祥太郎が詩織ちゃんの隣でエスコートした。
それを見た瞬間、自分のこめかみがピクリと動くのがわかった。
「流くん、早く!」
莉奈は俺の手を引いた。
俺は抵抗したが、莉奈は予想以上に強い力で俺を引っ張り、バランスを崩して危うく転びそうになった。
莉奈は意地でも俺を詩織ちゃんから離したいらしい。
祥太郎に声をかけられて詩織ちゃんは困惑気味に俺を見た。
親に助けを求める子どものような表情をしていた。
詩織ちゃんの隣が俺じゃないこと、俺の隣が詩織ちゃんじゃないこと、無性にそれが嫌だった。
気づくと身体が勝手に動いていた。
「おい、流!どうしたんだよ!」
俺は莉奈の手を強引に振り解き、詩織ちゃんの手を引いて皆んなとは逆方向に走った。
みんなに「ごめん」とだけ伝えて、俺は強引に詩織ちゃんを連れ出した。
歩道にまばらに散った人々を避けながら詩織ちゃんを自分勝手に連れ去った。
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