見つけた、いこう

かないみのる

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くそっ!川田の野郎、下着まで全部持っていきやがって。

覚えてやがれよ!

そんなことを言っている場合ではない。早く行かなければ。



ふらふらとよろけながら立ちあがり、急いで奈菜の元へ走った。

三月の風は冷たいが、今の俺にはそんなことを感じている余裕はなかった。



トオルが甥ということは、トオルが言っていた『お兄ちゃん』とは、川田のことだったのか。

トオルを紙飛行機で池に誘導し、溺れさせたなんて。

なんて男だ。

許せない。



奈菜に付きまとっていたのは川田だったのか。

奈菜に元カレがいるなんて知らなかった。

そして、その相手が川田だったなんて思いもしなかった。


さっき駐車場に止まっていたモコは川田のものだったのか。

トオルを迎えに来ていたモコと、奈菜がおびえていたモコは同一のものだったのか。

奈菜を苦しませやがって、考えれば考えるほど許せない。


奈菜、なんで俺に相談してくれなかったんだよ。

まあ、言われたら言われたで、ショックだったろうけどさ。

奈菜は俺を気遣って言えなかったのかな。

頼りない彼氏でごめん。



俺は裸足で走った。アスファルトの硬さに足の裏を傷つけながらも、止まることはできない。


奈菜は無事か。

乱暴されていないか。

先ほどの川田の振る舞いを見る限り、あいつが紳士的に話せるような人間ではないということは確かだ。



前方に人が見える。

一人?───いや、二人だ。

奈菜と川田が密着している。

川田が奈菜の胸倉をつかんでいるようだ。



奈菜に触るな。



俺は走った。

足の裏の傷も肌の冷えも気にならない。

視線は奈菜から離さず、ただひたすら走った。



二人まであと十メートルほどのところで、川田が奈菜を川に突き落とした。



「奈菜ぁっ」



俺は叫んだ。

川の中の奈菜へ向かって一直線に走る。

今は川田などどうでもいい。

俺はためらわず、川へ飛びこんだ。



川は雪解け水で凍りつきそうなほどに冷たかった。

身体の熱を一瞬で奪っていく。

筋肉が強張り、関節が固まる。

うまく動かない身体を必死に動かし、奈菜の元へ向かった。



過去に溺れた時のトラウマが俺を支配しそうになる。

あの時自分を襲った恐怖が今は奈菜を脅かしている。

それが恐ろしい。



奈菜は流れにからめとられて、幾度となく沈みそうになっているが、何とかもがいている。

今行くから、もう少しだけ頑張ってくれ。



奈菜まであと三十センチ。

俺は冷えて動かない手を目いっぱい伸ばし、指を無理やり動かして奈菜の腕をつかんだ。

そのまま身体を引き寄せて抱きかかえる。

流れが強く何度も引き離されそうになるが、全力で奈菜を抱き寄せた。

奈菜の身体は、生物と思えないほどに冷え切っていた。



名前を呼ぼうにも、身体が沈み口に水が入り、呼吸ができない。

どうにかして浅瀬に行かなければ。

身体を傾け、奈菜をできるだけ水面の方へ抱き上げる。

少しでも呼吸ができれば、奈菜が生きられれば───。

「か、かな、と、くん」

奈菜が囁く。

口の中の水を吐きながら、懸命に俺の名前を呼ぶ。

俺が分かるのか?

姿の見えない俺のことを、分かってくれているのか?


「奈菜!」


初めての彼女。

初めて両想いになった相手。

初めて、幸せにしたいと思った女の子。


「わ、たし、しんじて、た」


口を開けたら水を飲んでしまう。

頼むからもう喋らないで。


「かなと、くん、が、きて、くれるって」



声がどんどん小さくなる。

奈菜、今助けるからな。


「あ、りが、とう───」



そう言うと、奈菜の身体が重くなった。

支えようとするが、奈菜の顔が水面に浸かったまま動かない。

俺にしがみついていた手から力が抜けた。


嘘だろ……?


嘘だと言ってくれ。

奈菜、奈菜!


足をばたつかせ、なんとかして奈菜の顔を水面から出したが、彼女の唇は硬直しており、空気が吸い込まれることはなかった。



俺の頭は現実を拒んだ。

嫌だ、奈菜が死んだはずない! 

こんなの悪い夢だ!


そう思っていても頭のどこかでは分かっていた。

それならせめて、奈菜の身体は誰かに見つけてもらえる様に岸に上げたい。



誰にも見つけてもらえないのは寂しいもんな。


俺はなんとか岸に辿り着き、奈菜の身体を岸に上げた。

これできっと誰かが見つけてくれるだろう。

拓也、公佳さん、奈菜をどうか見つけてあげてくれ。



もう身体に力が入らない。

荒れ狂う水流の中、俺の身体は沈んでいった。

奈菜が暖かいところに行けたのなら、俺はどうなったっていい。
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