見つけた、いこう

かないみのる

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「なんで、あんたがここにいるの?」



可那人くんを待っていたのに、現れたのは、わたしが最も嫌いな男、川田五大だった
ここ数週間付きまとわれて迷惑していたが、まさかここまで来るとは思っていなかった。

わたしを激しい嫌悪感が満たす。



「何度電話したってすぐ切るからわざわざ会いに来たんだ。感謝しろよ?」


こいつがあらゆる知り合いから電話を借りてしつこくわたしに電話をかけて来たせいで、可那人くんとの電話を何度も邪魔された。

可那人くんを不安にさせて喧嘩になってしまった。

「奈菜のことが諦めきれなくてよお。ヨリを戻そうと思って来たんだ」


「いやだって何度も言っているでしょ」


なんど突き放してもへばりついてくる。

相変わらずしつこい男だ。

これほど過去の自分の過ちを責めたくなったことはない。

それくらい、川田と付き合っていたという過去は私の中では最悪の記憶だ。



高校の時、クラスの友人から「奈菜もオトコを知らないと後々ヘンな男に引っかかるよ」と忠告され、付き合うよう紹介されたのが川田だ。

初めて会った時は、ガラが悪くあまり好きなタイプではないという印象だった。


しかし人を見かけで判断したらいけないと友人に言われ少し様子を見ようとした。

数日後、友人からは「五大、奈菜のこと気に入ったみたい。付き合うってことでいいよね?」と言われ、流されるまま付き合うことになった。

この時、きちんと自分の直感を信じて、友人に自分の気持ちを話していれば良かったのに、断って友人に嫌われるのが怖かったのと、男の子とあまりかかわったことがなかったので半ば興味本位でOKしたことを、四年ほど経った今でも本当に後悔している。


あの時の自分が恥ずかしい。


川田は付き合い始めのころは、武骨なりに優しい男を演じていたようだが、数か月もすると本性を現し、金にがめついところをわたしにまじまじと見せつけた。

デートはいつも一円も出さなかったし、会うたびにわたしが席を外した隙に、わたしの財布からお金を抜き取っていた。指摘すると、「お前は金持ちなんだから少しくらいいいだろう」と言い、都合が悪くなると人前でも平然と殴ってきた。

そして、無理やり汚された。

何度身体を洗っても取れない澱んだ汚れが身体にまとわりついた。

自分の危機感の無さが招いた結果とはいえ、苦しくて仕方がなかった。

今まで何度泣いたかわからない。

そんなあたしの姿を見ても川田は気にするそぶりもなく、相変わらず金をせびってきた。

何度別れを切り出しても取り合ってくれなかったので、デートで一銭も出さないようにしたら向こうから去って行った。


そんな最悪な男が目の前に現れた。


「せっかく再会できたんだぜ?仲良くやろうぜ」


どうしてあの時会ってしまったのだろう。

運命はどうしてこうも残酷なの?


「話したくない」


「ショッピングモールで再開できた時、運命を感じただろう?」


「話しかけないで」


「俺、奈菜と別れたことをずっと後悔してたんだよ。なあ、もう一度やり直そうぜ」



なぜこの男の言葉はこれほど心に響かないのだろうか。

きっと女の子が言われたら嬉しいだろう言葉を適当に選んで言っているだけだ。だから、川田の言葉には気持ちが籠っていない。

こんな男と付き合っていたことを、あんなみっともない恋愛をしていたことを、こんな下劣な男に身体を汚されたことを可那人くんに知られてしまったら───そんなことを考えていたせいで、ずっと可那人くんを遠ざけていた。

誰にも知られないように、自分の力で川田の事を清算してから可那人くんとやり直したかったけど、それが逆に可那人くんを不安にさせてしまった。

お互いに気が立って喧嘩をしてしまった。

今思えば、彼のことを信頼して打ち明けておくべきだった。



周囲を見渡す。

誰もいない。

可那人くんはまだだろうか。



「……あ、もしかして今の彼氏のこと待ってんのか?」



無視をする。

いちいち気にかけていられない。



「可那人は来ねえよ。尻尾巻いて帰ったよ」



その言葉を聞いた瞬間、全身の血が頭に集まるのが分かった。



「あの弱虫のどこがいいんだか」


「帰ったってどういうこと?」


「奈菜のこと返せってちょっと強めに言ったら、腰を抜かしてどっかいったよ」


嘘を吐くな。

可那人くんはあんたなんかに折れる人じゃない。

可那人くんが戻って来ないのは、この男が原因か。

やっぱり何かしたんだ。

可那人くんは無事なのか。



「可那人くんに何をしたの?ひどいことしてたら、許さないから!」



今すぐ可那人くんを捜しにいかなければ。

川田の横を通り過ぎようとすると、川田は立ちふさがるようにして邪魔をしてきた。



「お前のこと見捨てたんだよ。ひどい男だな」


「可那人くんはそんなことしない!」


怒りで身体が震える。

こんな男に構っているひまはないのに。



「さっきから黙って聞いていれば、可那人くんのことを何も知らないくせに偉そうなこと言わないでよ!」



口がうまく回らない。

舌がもつれる。

それでも、言わずにはいられない。



「なんだよ、俺知ってるぜ?可那日は水が怖い臆病者だ」


「それが何?一つくらい苦手なものがあったって、何もおかしくないじゃない。可那人くんは、あんたなんかよりずっと優しくて、男らしい人なの!あんたに悪く言われる筋合いない!」



雨の日、わたしが傘を忘れた時に、自分の傘にいれてくれたこと。

顔を真っ赤にして告白してくれたこと。

恭平くんに決闘を挑まれたとき、決着をつけて、約束通りにきちんと家に会いに来てくれたこと。

雨に濡れることが好きなわたしを、気持ち悪いと言わずに優しくしてくれたこと。


可那人くんはそんな優しくて強い人なんだ。


「いつも金のことしか、自分のことしか考えていなくて、弱いものに平気で暴力を振るうあんたなんか、ただの卑怯者じゃない」



川田が、小さな男の子に手を上げているところを見たことがある。

あんな小さな子どもに手を上げるような人が、まともな人間なわけがない。

ただの野蛮な猿だ。



「あ?もういっぺん言ってみろ。」



川田が反応する。

坊主頭に血管が浮き出ている。

不格好で気味が悪い。



川田は威嚇するように近づいてくる。

身長が大きいわけではないのに、妙に威圧感がある。

それでもわたしの怒りは収まらない。負けてたまるか。



「あんたなんかに可那人くんを悪く言われたくない!」


「このクソアマっ」



川田が胸倉をつかんでくる。首が閉まり、息苦しい。

そのまま後ろに押される。

後ろは、冷たい川。


後ろ足に力を入れて踏みとどまろうとするが、向こうは男だ。

力の差をありありと見せつけられる。

川の縁まであと数センチしかない。



「なーなーちゃんっ。今なら許してあげるから、言ってごらん?ななちゃんの彼氏にふさわしいのはだれだっけ?」



川田が幼児に話しかけるような口調で言ってくる。

目は笑っていない。

肉食獣が獲物を捕らえるような目で睨み付けてくる。



「俺とやり直したら可那人には何もしないけど、断ったら可那人に何するか分からないよお?」



わたしは川田を睨みつけた。たとえ命を奪われたって、嘘はつけない。



「わたしが好きなのは───」


応える前に、口の動きで悟られたのだろう。

川田は勢いよくわたしの身体を川に突き落とした。



川の水は冷たく、外で見ているよりもずっと流れが速い。わたしの身体は激しい流れに飲み込まれ、沈みそうになる。

助けて───。


───奈菜!


誰かの声が聞こえた。


この声は───。


誰かが川に飛び込む音。


可那人くんだ───。
 
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