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あるところに、〈火剣〉と渾名される若い勇士がいました。逞しい体つきをした、日に焼けた精悍な顔立ちの若者でした。本当の名前が何であったのかは伝わっていません。遠い者の名は忌まれますから、知っていたとしても語るわけにはいきません。ここでは、その若者のことを、ヒツルギという渾名で語りましょう。
さて、そのヒツルギは、火竜を祖とする戦士団に所属していました。歴史ある戦士たちの集まりであり、多くの町々を守護していました。魔物が現れれば打ち倒し、近隣の氏族との間に諍いがあれば、真っ先に駆けつけました。戦士たちはみな修行によって法術を身につけており、戦士として並ぶ者は、広く探してもいませんでした。
ヒツルギは、幼い頃から戦士たちに憧れ、日々鍛錬をしていました。そのおかげもあって、見習いとして入団したときには、すでに法術を身につけており、見習いを終えたときには、戦士団でも指折りの遣い手となっていました。それでもこの勇士は驕ることなく、修練に打ち込み、また常に陽気でしたので、同僚たちからも愛されていました。
この勇士の強さの秘密は――すべてではなくとも、少なくともその一部は――、自発的に立てた誓いのためだというのが、人々の考えでした。戦士たちは、町々を守護し、鍛錬を怠らぬという誓いを立てていますが、ヒツルギはそれに加えて、禁欲の誓いを立てていました。仲間たちが飲食や閨の喜びを味わっている間も、ヒツルギは心身を鍛えることを怠りませんでした。そのため勇者は、多くの者の憧れの的でありながらも、人と同衾することはありませんでした。
さて、ある暖かな春のことです。その戦士団が守護していた町々を、異形の魔物が訪れて歩きました。その魔物は町々を訪れると、囲壁の外から雷鳴のような大声で呼ばわり、強者を出してこいと、人々に挑戦しました。そして、魔物は巨大な宝玉をもっており、勝負のために、それを賭けました。
誰もが宝玉を欲しがりましたが、魔物があまりに恐ろしく、挑戦するものはありませんでした。すると、異形の魔物は人々の勇気のなさを詰り、あるいは宝玉を見せて欲望をそそり、闘士を出すように唆しました。
そんなふうに刺激されると、どこの町でも、血気盛んな連中から、いちばんの腕前の若者が出るものでした。名誉の感情と勇気と欲望とが、戦いの恐ろしさに打ち勝ったのです。
しかし、魔物を相手にそうそう戦えるものではありません。魔物はたやすく闘士を打ち倒し、そのうえ、鎧と衣服を引き裂き、辱めました。そして町から離れたところに若者を引きずっていってしまいました。
人々が次の朝に、若者が消えたあたりを恐る恐る探しに行くと、魔物はおらず、ただ、若者が倒れているだけでした。若者は土埃と汗に塗れ、あたりには濃い精の匂いが漂っていました。尻の穴は大きく広がり、魔物によって注ぎ込まれた汁が垂れていました。一晩中、魔物によって抱かれ、その巨根で犯され続けたのでした。若者自身も、夜のうちに何度も何度も絶頂に達しており、町の人に見つけられた頃には、精根尽きてぐったりとしている有様でした。
そんなことが、いくつかの町で起こりました。闘士を出すことを渋る町もありましたが、そうすると、魔物が人々を臆病だ、腰抜けだとひどく侮辱するので、どの町の若者も、結局は名誉心に駆られて戦いに出てしまうのです。そうして、腕に覚えのある逞しい若者たちが何人も、魔物によって打ち負かされ、慰み者となりました。
この知らせが戦士団に届くと、すぐに、選りすぐりの闘士を送ろうということに決まりました。多くの戦士が、自分こそがと名乗りを上げました。一対一で戦って勝ち、宝玉を戦士団にもたらすことができれば、戦士として大きな名誉を得られるからです。
もちろん、ヒツルギも闘士として名乗りを上げました。多くの者は、すぐに、若者に闘士となる名誉を譲りました。ヒツルギは戦士団一の戦士であり、勇士だからです。しばしの話し合いの後、ヒツルギが闘士となることに決まりました。
さっそく、勇者は同僚の一部といっしょに、魔物を探しに行きました。いくつかの町を歩きました。町を通るごとに、勇者が魔物と戦うというので、その戦いぶりを見ようと、多くの人がついてきました。
夕方、一行はある町に着きました。その日の昼下がりにちょうど、魔物が挑戦しに訪れたのでした。町の人々は血気盛んな若者たちを押さえ、誰を出すことも拒みました。すると魔物は町の人々を罵った後、また明日も来るといって去ったということでした。
勇者とその一行は、魔物と戦うために、一夜を町で過ごしました。そして明くる日、勇者は町の門のすぐ外に出ました。そこで少しだけ朝食を腹に入れると、魔物を待ちました。
勇士は投げ槍を持ち、長い剣を肩から下げていました。兜と鎧の小札が、日の光を浴びてきらきらと輝いていました。町の人々は戦いを待つ興奮とともに、凛々しい若者を見守っていました。
やがて昼になると、魔物が現れました。狼の頭、人の胴、それから蹄のある足を持っていました。その体は山のように大きく逞しく、勇士よりも力強そうでした。それでも、ヒツルギは恐れませんでした。
魔物の片手には大きな棍棒がありました。手頃な木をへし折って、枝を払っただけの代物です。粗雑でしたが、それでも、人を殴り殺すのに十二分のものです。そしてもう一方の手には、常人の両手にも収まらぬほどの大きさの、粗い宝玉がありました。
その宝玉は、町々の宝石職人が見たこともない、立派な品でした。磨き上げれば、この上なく美しい品となるだろうと思われるものでした。勇者は喜びました。このような素晴らしい宝玉を戦士団にもたらすことができれば、自分自身と戦士団の名声は高まるからです。
魔物は、門の外でひとり立つ若者を遠くから見ると、声を上げました。
「おお、おれの相手をするのはお前か。呼びかけられる前から、物怖じせずに出てくるとは、なかなかの勇気だ。それに、見たところ、なかなか強そうなやつだ。お前だったら、おれを楽しませてくれそうだ。これまで相手にしたやつはまるで手応えがなくて、夜の慰みにしかならなかった。」
こうした言葉を聞いて、勇者は、この魔物は問答無用に人を襲うような質ではないようだと見て取りました。これまでに何度も魔物を見ており、魔物にはいろいろな性向の者がいることを知っていました。人と見るやいきなり襲いかかってくる者もありますが、この魔物は、そうしたもっとも凶暴な部類ではありません。それでも、町々の間を歩き、人々を侮辱するのは許されることではありませんでした。
勇者は魔物に大声で答えました。
「お前には悪いが、今日は、昼の楽しみも夜の楽しみもないぞ。お前が味わうのは鉄の刃と痛みだけだ。だが、お前は話がわかるやつに見える。もしもこの地を離れ、人を挑発し、人に害をなさないと誓うなら、見逃してやらないでもない。」
勇者がそのように自信満々に言うと、魔物は笑い声を轟かせました。
「おもしろい。お前の腕前がどれほどのものか、見せてもらおう。」
異形の魔物は大きな宝玉を無造作に放り出しました。
「お前がおれを倒せたら、その宝玉をやろう。だが、負けたら、お前はおれの虜、一晩の相手をしてもらう。身代金で買い戻せると思うなよ。」
勇者は大きな声で笑いました。
「いいだろう。おれの戦いの技を味あわせてやる。」
勇者は手にした投げ槍の穂先に、息を吹きかけました。すると、鉄でできた刃が、まるで火に照らされているように、赤々と光り出しました。武器に火を吹き込む術であり、勇者のヒツルギという渾名の由来です。この術はたいへん難しいもので、戦士団の中でも、ほんのひと握りだけが使うことができるものでした。ですが、このヒツルギは、見習いの頃には身につけてしまっていました。
さて、勇者は槍に火を吹き込むと、異貌の魔物に向けて投げ放ちました。赤い光が流れ星のように宙を飛び、吸い込まれるように魔物の胸に当たりました。まるで赤熱した鉄を鎚で打ったかのように、火花が飛び散り、ついで、炎が燃え上がり、魔物の胸を包みました。
見守っている人々は、大きな歓声を上げました。しかし、すぐにその声は低くなりました。槍がしっかりと魔物の胸に当たったにもかかわらず、まるで石の壁にでもぶつかったように、地面に落ちてしまったからです。燃え上がった呪術の炎も、すでに消えてしまっていました。
それでも、魔物は傷を受けてはおり、空いた手で胸を押さえていました。穂先が当たった場所からは血が滴り、その周りの皮膚は焼けていました。
勇者は魔物に向けて大声を上げました。
「さあ、おれの火の味はどうだ。逃げるのならいまのうちだぞ。まだ続けるなら、この剣の刃を喰らわせてやる。」
そう言って、長い剣を鞘走らせるや、その刃に息を吹きかけました。刀身が火に炙られたように赤く輝き出しました。
そうやって自信を見せてはいましたが、しかし、勇者も胸のうちでは驚いていました。あの槍の一撃を受けても、魔物がしっかりと立っていたからです。それだけで倒せるなどとは思ってもいませんでしたが、もう少し堪えるだろうと思っていたのです。
狼の頭の魔物は、笑い声を響かせました。
「逃げるだと。とんでもない。これからおもしろくなるのだ。さあ、お前はおれに鉄の剣を喰らわせるがいい。おれはお前に、この棍棒を喰らわせてやろう。」
魔物は大股に歩き出しました。足を運ぶたびに、どっしどっしと大きな音がして、地面が揺れるのを感じられました。しかし、勇者は恐れず、むしろ戦いの興奮に浮かされて、駆け出しました。
異貌の魔物は大きな体を持ち、その棍棒は遠くまで届きました。ですが、その動きは鈍いものでした。勇者は素早く駆け寄るや、魔物が荒削りの棍棒を振り上げるより早く、鋭い剣撃を放ちました。
呪力を籠められた刃は、魔物の太い二の腕に当たり、鮮やかな火花を散らし、燃える炎を吹き上げました。人の腕であれば切断できたであろう斬撃を受けても、魔物の腕はびくともしませんでした。炎が消えると、そこには浅い切り傷があるだけでした。
勇者が驚いていると、魔物が棍棒を振るいました。ごうと風を切りながら、丸太のような棍棒が襲いかかりました。ですが、そこは戦いの技に長けた勇士のことですから、たやすく避けることができました。
それから、勇者は繰り返し魔物と切り結びました。魔物の棍棒は、いちども勇者を捉えることはなく、勇者の剣は何度も魔物を切りつけました。巌のように逞しい魔物の肉体に、いくつも切り傷が走り、傷は火に焼かれて赤く腫れました。
常人であれば、それどころか、ヒツルギがこれまでに戦ってきた大抵の魔物であれば、とっくに倒れてもおかしくない傷でした。ですが、魔物は少しも疲れた様子を見せませんでした。むしろ、戦いを楽しんでいるようで、笑い声をたびたび上げていました。
それに対して、勇者は疲れを感じていました。鎧を着て動き回り、剣を素早く振るうのはもちろん疲れました。そのうえ、法術の炎を使っていましたので、気力の消耗はそれだけ大きなものでした。若い戦士は滝のように汗をかいており、下着から胴着まで絞れるほどに水を吸っていました。
やがて、勇者の動きは鈍くなり、手足の力が弱まりました。そして、振り下ろされる魔物の棍棒を剣で受け流そうとしたとき、衝撃に耐えられず、その手から武器が弾き飛ばされました。
勇者は思わず、飛んでいく剣を目で追いました。剣は離れたところに転がりました。刀身に吹き込まれていた熱によって、土の水気が湧いて、しゅうと音を立てました。
魔物が大きな笑い声を上げました。
「剣をなくしたな。負けを認めるなら、これ以上、手荒なことはしないでやろう。」
勇者は魔物を鋭く睨みつけました。
「まだ負けちゃいない。」
そう言って、短剣を引き抜きました。ですが、そんなもので勝てる相手ではないことはわかりきっていました。自分が敗北しようとしていることを悟って、打ちのめされたような気がしました。しかし、ほんとうに打ちのめされるのは、これからでした。
異貌の魔物は棍棒を振るいました。勇者にはただ短剣があるだけで、身を守る術はありませんでした。掲げた短剣は手から弾き飛ばされました。それから、ふたたび棍棒が振るわれて、勇者の肩を打ちました。
恐ろしい衝撃が若い戦士を襲いました。まるで大きな岩でも降ってきたかのようでした。勇者はただの一撃で地面に倒れ伏してしまいました。すぐに立ち上がろうとしましたが、手足から力が抜けて、うまく立てませんでした。
立ち上がろうともがく若者を、狼の頭の魔人は嘲笑いました。
「一発でへばってしまうのか。剣の腕も呪術の腕も悪くはなかったが、打たれ弱いものだな。」
勇者は顔を上げ、魔物を睨みつけました。町の人々が、自分を見守っていることを知っていました。ただの一撃で無様に倒れ伏すのは我慢ならず、なんとか意気を奮い立たせて立ち上がりました。
しかし、勇者の手には武器がありませんでした。そして、魔物は勇者が武器を拾いに行くだけの暇を与えませんでした。ふたたび棍棒が振るわれました。若い勇士は力強い殴打を受けると、また地面に倒れました。
それから、勇者は魔物のなぶり者にされました。勇者は強い闘争心に押されて、何度も立ち上がって、あるいは這うようにして、武器を求めました。そしてそうやって動くたびに、魔物は勇者を棍棒で殴りつけたり、蹴り飛ばしたりしました。
遠くから戦いを見守る町の人々は、信じられない思いでその光景を見ていました。ヒツルギといえば、人々にとっては最強の勇士でした。その剣は鋭く、火炎は熱く、数々の魔物を退けてきたのです。それが、たとえ図体は大きくとも、一個の魔物によって打ち負かされたのです。棍棒で背を打たれ、腹を蹴り上げられるたびに、勇者の体が崩れ、跳ね、もがくさまを、みな口を開けたまま、言葉もなく見ているしかありませんでした。
さて、そのヒツルギは、火竜を祖とする戦士団に所属していました。歴史ある戦士たちの集まりであり、多くの町々を守護していました。魔物が現れれば打ち倒し、近隣の氏族との間に諍いがあれば、真っ先に駆けつけました。戦士たちはみな修行によって法術を身につけており、戦士として並ぶ者は、広く探してもいませんでした。
ヒツルギは、幼い頃から戦士たちに憧れ、日々鍛錬をしていました。そのおかげもあって、見習いとして入団したときには、すでに法術を身につけており、見習いを終えたときには、戦士団でも指折りの遣い手となっていました。それでもこの勇士は驕ることなく、修練に打ち込み、また常に陽気でしたので、同僚たちからも愛されていました。
この勇士の強さの秘密は――すべてではなくとも、少なくともその一部は――、自発的に立てた誓いのためだというのが、人々の考えでした。戦士たちは、町々を守護し、鍛錬を怠らぬという誓いを立てていますが、ヒツルギはそれに加えて、禁欲の誓いを立てていました。仲間たちが飲食や閨の喜びを味わっている間も、ヒツルギは心身を鍛えることを怠りませんでした。そのため勇者は、多くの者の憧れの的でありながらも、人と同衾することはありませんでした。
さて、ある暖かな春のことです。その戦士団が守護していた町々を、異形の魔物が訪れて歩きました。その魔物は町々を訪れると、囲壁の外から雷鳴のような大声で呼ばわり、強者を出してこいと、人々に挑戦しました。そして、魔物は巨大な宝玉をもっており、勝負のために、それを賭けました。
誰もが宝玉を欲しがりましたが、魔物があまりに恐ろしく、挑戦するものはありませんでした。すると、異形の魔物は人々の勇気のなさを詰り、あるいは宝玉を見せて欲望をそそり、闘士を出すように唆しました。
そんなふうに刺激されると、どこの町でも、血気盛んな連中から、いちばんの腕前の若者が出るものでした。名誉の感情と勇気と欲望とが、戦いの恐ろしさに打ち勝ったのです。
しかし、魔物を相手にそうそう戦えるものではありません。魔物はたやすく闘士を打ち倒し、そのうえ、鎧と衣服を引き裂き、辱めました。そして町から離れたところに若者を引きずっていってしまいました。
人々が次の朝に、若者が消えたあたりを恐る恐る探しに行くと、魔物はおらず、ただ、若者が倒れているだけでした。若者は土埃と汗に塗れ、あたりには濃い精の匂いが漂っていました。尻の穴は大きく広がり、魔物によって注ぎ込まれた汁が垂れていました。一晩中、魔物によって抱かれ、その巨根で犯され続けたのでした。若者自身も、夜のうちに何度も何度も絶頂に達しており、町の人に見つけられた頃には、精根尽きてぐったりとしている有様でした。
そんなことが、いくつかの町で起こりました。闘士を出すことを渋る町もありましたが、そうすると、魔物が人々を臆病だ、腰抜けだとひどく侮辱するので、どの町の若者も、結局は名誉心に駆られて戦いに出てしまうのです。そうして、腕に覚えのある逞しい若者たちが何人も、魔物によって打ち負かされ、慰み者となりました。
この知らせが戦士団に届くと、すぐに、選りすぐりの闘士を送ろうということに決まりました。多くの戦士が、自分こそがと名乗りを上げました。一対一で戦って勝ち、宝玉を戦士団にもたらすことができれば、戦士として大きな名誉を得られるからです。
もちろん、ヒツルギも闘士として名乗りを上げました。多くの者は、すぐに、若者に闘士となる名誉を譲りました。ヒツルギは戦士団一の戦士であり、勇士だからです。しばしの話し合いの後、ヒツルギが闘士となることに決まりました。
さっそく、勇者は同僚の一部といっしょに、魔物を探しに行きました。いくつかの町を歩きました。町を通るごとに、勇者が魔物と戦うというので、その戦いぶりを見ようと、多くの人がついてきました。
夕方、一行はある町に着きました。その日の昼下がりにちょうど、魔物が挑戦しに訪れたのでした。町の人々は血気盛んな若者たちを押さえ、誰を出すことも拒みました。すると魔物は町の人々を罵った後、また明日も来るといって去ったということでした。
勇者とその一行は、魔物と戦うために、一夜を町で過ごしました。そして明くる日、勇者は町の門のすぐ外に出ました。そこで少しだけ朝食を腹に入れると、魔物を待ちました。
勇士は投げ槍を持ち、長い剣を肩から下げていました。兜と鎧の小札が、日の光を浴びてきらきらと輝いていました。町の人々は戦いを待つ興奮とともに、凛々しい若者を見守っていました。
やがて昼になると、魔物が現れました。狼の頭、人の胴、それから蹄のある足を持っていました。その体は山のように大きく逞しく、勇士よりも力強そうでした。それでも、ヒツルギは恐れませんでした。
魔物の片手には大きな棍棒がありました。手頃な木をへし折って、枝を払っただけの代物です。粗雑でしたが、それでも、人を殴り殺すのに十二分のものです。そしてもう一方の手には、常人の両手にも収まらぬほどの大きさの、粗い宝玉がありました。
その宝玉は、町々の宝石職人が見たこともない、立派な品でした。磨き上げれば、この上なく美しい品となるだろうと思われるものでした。勇者は喜びました。このような素晴らしい宝玉を戦士団にもたらすことができれば、自分自身と戦士団の名声は高まるからです。
魔物は、門の外でひとり立つ若者を遠くから見ると、声を上げました。
「おお、おれの相手をするのはお前か。呼びかけられる前から、物怖じせずに出てくるとは、なかなかの勇気だ。それに、見たところ、なかなか強そうなやつだ。お前だったら、おれを楽しませてくれそうだ。これまで相手にしたやつはまるで手応えがなくて、夜の慰みにしかならなかった。」
こうした言葉を聞いて、勇者は、この魔物は問答無用に人を襲うような質ではないようだと見て取りました。これまでに何度も魔物を見ており、魔物にはいろいろな性向の者がいることを知っていました。人と見るやいきなり襲いかかってくる者もありますが、この魔物は、そうしたもっとも凶暴な部類ではありません。それでも、町々の間を歩き、人々を侮辱するのは許されることではありませんでした。
勇者は魔物に大声で答えました。
「お前には悪いが、今日は、昼の楽しみも夜の楽しみもないぞ。お前が味わうのは鉄の刃と痛みだけだ。だが、お前は話がわかるやつに見える。もしもこの地を離れ、人を挑発し、人に害をなさないと誓うなら、見逃してやらないでもない。」
勇者がそのように自信満々に言うと、魔物は笑い声を轟かせました。
「おもしろい。お前の腕前がどれほどのものか、見せてもらおう。」
異形の魔物は大きな宝玉を無造作に放り出しました。
「お前がおれを倒せたら、その宝玉をやろう。だが、負けたら、お前はおれの虜、一晩の相手をしてもらう。身代金で買い戻せると思うなよ。」
勇者は大きな声で笑いました。
「いいだろう。おれの戦いの技を味あわせてやる。」
勇者は手にした投げ槍の穂先に、息を吹きかけました。すると、鉄でできた刃が、まるで火に照らされているように、赤々と光り出しました。武器に火を吹き込む術であり、勇者のヒツルギという渾名の由来です。この術はたいへん難しいもので、戦士団の中でも、ほんのひと握りだけが使うことができるものでした。ですが、このヒツルギは、見習いの頃には身につけてしまっていました。
さて、勇者は槍に火を吹き込むと、異貌の魔物に向けて投げ放ちました。赤い光が流れ星のように宙を飛び、吸い込まれるように魔物の胸に当たりました。まるで赤熱した鉄を鎚で打ったかのように、火花が飛び散り、ついで、炎が燃え上がり、魔物の胸を包みました。
見守っている人々は、大きな歓声を上げました。しかし、すぐにその声は低くなりました。槍がしっかりと魔物の胸に当たったにもかかわらず、まるで石の壁にでもぶつかったように、地面に落ちてしまったからです。燃え上がった呪術の炎も、すでに消えてしまっていました。
それでも、魔物は傷を受けてはおり、空いた手で胸を押さえていました。穂先が当たった場所からは血が滴り、その周りの皮膚は焼けていました。
勇者は魔物に向けて大声を上げました。
「さあ、おれの火の味はどうだ。逃げるのならいまのうちだぞ。まだ続けるなら、この剣の刃を喰らわせてやる。」
そう言って、長い剣を鞘走らせるや、その刃に息を吹きかけました。刀身が火に炙られたように赤く輝き出しました。
そうやって自信を見せてはいましたが、しかし、勇者も胸のうちでは驚いていました。あの槍の一撃を受けても、魔物がしっかりと立っていたからです。それだけで倒せるなどとは思ってもいませんでしたが、もう少し堪えるだろうと思っていたのです。
狼の頭の魔物は、笑い声を響かせました。
「逃げるだと。とんでもない。これからおもしろくなるのだ。さあ、お前はおれに鉄の剣を喰らわせるがいい。おれはお前に、この棍棒を喰らわせてやろう。」
魔物は大股に歩き出しました。足を運ぶたびに、どっしどっしと大きな音がして、地面が揺れるのを感じられました。しかし、勇者は恐れず、むしろ戦いの興奮に浮かされて、駆け出しました。
異貌の魔物は大きな体を持ち、その棍棒は遠くまで届きました。ですが、その動きは鈍いものでした。勇者は素早く駆け寄るや、魔物が荒削りの棍棒を振り上げるより早く、鋭い剣撃を放ちました。
呪力を籠められた刃は、魔物の太い二の腕に当たり、鮮やかな火花を散らし、燃える炎を吹き上げました。人の腕であれば切断できたであろう斬撃を受けても、魔物の腕はびくともしませんでした。炎が消えると、そこには浅い切り傷があるだけでした。
勇者が驚いていると、魔物が棍棒を振るいました。ごうと風を切りながら、丸太のような棍棒が襲いかかりました。ですが、そこは戦いの技に長けた勇士のことですから、たやすく避けることができました。
それから、勇者は繰り返し魔物と切り結びました。魔物の棍棒は、いちども勇者を捉えることはなく、勇者の剣は何度も魔物を切りつけました。巌のように逞しい魔物の肉体に、いくつも切り傷が走り、傷は火に焼かれて赤く腫れました。
常人であれば、それどころか、ヒツルギがこれまでに戦ってきた大抵の魔物であれば、とっくに倒れてもおかしくない傷でした。ですが、魔物は少しも疲れた様子を見せませんでした。むしろ、戦いを楽しんでいるようで、笑い声をたびたび上げていました。
それに対して、勇者は疲れを感じていました。鎧を着て動き回り、剣を素早く振るうのはもちろん疲れました。そのうえ、法術の炎を使っていましたので、気力の消耗はそれだけ大きなものでした。若い戦士は滝のように汗をかいており、下着から胴着まで絞れるほどに水を吸っていました。
やがて、勇者の動きは鈍くなり、手足の力が弱まりました。そして、振り下ろされる魔物の棍棒を剣で受け流そうとしたとき、衝撃に耐えられず、その手から武器が弾き飛ばされました。
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魔物が大きな笑い声を上げました。
「剣をなくしたな。負けを認めるなら、これ以上、手荒なことはしないでやろう。」
勇者は魔物を鋭く睨みつけました。
「まだ負けちゃいない。」
そう言って、短剣を引き抜きました。ですが、そんなもので勝てる相手ではないことはわかりきっていました。自分が敗北しようとしていることを悟って、打ちのめされたような気がしました。しかし、ほんとうに打ちのめされるのは、これからでした。
異貌の魔物は棍棒を振るいました。勇者にはただ短剣があるだけで、身を守る術はありませんでした。掲げた短剣は手から弾き飛ばされました。それから、ふたたび棍棒が振るわれて、勇者の肩を打ちました。
恐ろしい衝撃が若い戦士を襲いました。まるで大きな岩でも降ってきたかのようでした。勇者はただの一撃で地面に倒れ伏してしまいました。すぐに立ち上がろうとしましたが、手足から力が抜けて、うまく立てませんでした。
立ち上がろうともがく若者を、狼の頭の魔人は嘲笑いました。
「一発でへばってしまうのか。剣の腕も呪術の腕も悪くはなかったが、打たれ弱いものだな。」
勇者は顔を上げ、魔物を睨みつけました。町の人々が、自分を見守っていることを知っていました。ただの一撃で無様に倒れ伏すのは我慢ならず、なんとか意気を奮い立たせて立ち上がりました。
しかし、勇者の手には武器がありませんでした。そして、魔物は勇者が武器を拾いに行くだけの暇を与えませんでした。ふたたび棍棒が振るわれました。若い勇士は力強い殴打を受けると、また地面に倒れました。
それから、勇者は魔物のなぶり者にされました。勇者は強い闘争心に押されて、何度も立ち上がって、あるいは這うようにして、武器を求めました。そしてそうやって動くたびに、魔物は勇者を棍棒で殴りつけたり、蹴り飛ばしたりしました。
遠くから戦いを見守る町の人々は、信じられない思いでその光景を見ていました。ヒツルギといえば、人々にとっては最強の勇士でした。その剣は鋭く、火炎は熱く、数々の魔物を退けてきたのです。それが、たとえ図体は大きくとも、一個の魔物によって打ち負かされたのです。棍棒で背を打たれ、腹を蹴り上げられるたびに、勇者の体が崩れ、跳ね、もがくさまを、みな口を開けたまま、言葉もなく見ているしかありませんでした。
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