7 / 12
7 持ち帰ってみた
しおりを挟む「ん!?」
静かだった森に轟音が響く。それは何かがぶつかり合うような衝撃音。それから立て続けに似たような音が何度か聞こえ、急に静かになった。
いったい何が起きているのか全く分からないが、考えられるのは、魔物の襲撃くらいしかない。この場に一人なこともあり、急に不安が押し寄せる。
ドキドキと再び鳴り始めた心臓に手を当てて、音のした方角をじっと見つめていると、見慣れた白銀の髪が姿を現した。
ほっと息をついたのもつかの間、わたしは彼の右手に注目する。引きずるようにして握られているものを見て、ぽかんと口を開けた。
「終わったのか?」
イリューザは何事もなかったかのように言って、掴んでいたものを地面に落とした。
「終わったけど……それは?」
恐る恐る指差して問いかける。わたしの人差し指の先には、首回りにもじゃもじゃとした毛の生えた、イノシシのような見た目の魔物が倒れていた。だらりと開かれた口の隙間から立派な牙が生えているのだが、いまは血に染まっている。
「結界をつついてうるさいから、排除した」
「排除」
一応言っておくとこの魔物、そこそこでかい。体高はわたしと同じくらいに見えるが、かなり大きいのだ。――横幅が。
間違いなく、片手で軽々と引きずれるような重さではないだろう。
いったいどんだけ馬鹿げた腕力なんだと頭を抱える。初めて会ったときに、白目を向いて倒れていた竜とは思えない。
イリューザにはそのことは話していないが、本人が知ったら確実に彼の黒歴史になりそうだ。
「まだ子供だな」
そう言って、隣に転がる巨体に視線を向ける。
「これで?」
「ああ、近くに親がいるはずだ。恐らくだが、そいつが主だろう」
この魔物の親。いったいどれほどの大きさなのか気になってしまう。……主に、横幅が。
興味津々で魔物を見つめるわたしを見て、イリューザは苦笑をもらす。
「怖くないのか?」
「うん、だって死んでるでしょ?」
「まあそうだが」
あっけらかんとした調子で言ったわたしを、意外だとでも言うように見つめる。
生きていれば恐ろしいが、死んでしまえばただの肉の塊だ。――そう、いまわたしの頭の中には、ひとつの感情しかない。
「今日はごちそうだね」
「ごちそう」
今度はイリューザの方がぽかんとする。
「食うのか? ……こいつを」
「もちろん、貴重なお肉だよ」
最近は動物もかなり貴重だ。魔物の肉は動物に比べたら多少味は落ちるが、不味いというほどではない。こいつは丸々と太っているし、調理したら普通に美味しそうだ。
イリューザは少しだけ笑顔を引き攣らせて、そうか、と頷いた。
もしかして、竜はこういった肉を食べないのだろうか? いや……そもそも国で囲われているような身分の者は、魔物の肉など普通は食べない。おかしいのはわたしの方か。
「肉もだけど、こいつはいい皮も取れそう。牙も売ったらお金になるだろうし……」
とそこまで言って、重要なことに気づいた。
「困ったな、どうやって持って帰ろう……放置していくなんてもったいないし……」
ロープでひっぱる? イリューザに引きずってもらう? いやいや、この場所から村までおおよそ一時間はかかる。彼に頼むのはさすがに申し訳ないし、わたしがひっぱるには限度がある。
両手を組んで、ぶつくさいいながら悩み始めたわたしを見て、イリューザは溜め息に似た吐息をこぼした。
「しかたない、こいつも一緒に運んでやる」
「運ぶ?」
「村まで転移する」
「てん、い?」
それはたしか、超高度魔法では? 魔法なんてまったく詳しくないわたしでも知っている。
転移魔法は便利な反面、危険度が高いらしい。失敗すると、転移した先が海底や氷山の上だったなんて話もある。中途半端な術者には到底使いこなせないのだと、以前護衛として雇った人が言っていた。
「一度行ったことのある場所なら、自由に移動できるんだ。終わったなら帰るぞ」
「ア、ハイ」
一抹の不安を感じながらも、こうなったらやけくそだと、差し出された手をとる。彼はもう片方の手で地面に転がる魔物のもじゃもじゃを掴み、短く言葉を紡いだ。すると足元に魔法陣のようなものが浮かび上がり、ふわりと身体が浮くような感覚を覚え、次の瞬間には目の前に自宅の扉があった。
すごい――、そんなありきたりな感想が浮かんだのは一瞬で、目に映った現実に、わたしは叫び声をあげた。
「ちょ、ちょっとめりこんでる! 魔物が扉にめりこんでるから!!」
魔物の育ちすぎた横っ腹が、わが家の扉を突き破らんとばかりにめり込んでいた。完全に壊れていないのだけが救いだろうか。しかしどちらにしろ、こいつをどかさない限り家には入れない。
数日前にも似た状況があった気がするが、いまはそれを思い出している場合じゃなかった。
「ちょっとイリューザ、これをどかし――」
隣にいる彼を見上げて、途中まで口に出した言葉をのみ込む。真上からの日差しで陰った彼の顔は、目に見えて分かるほど青白かった。元々わたしよりもずっと白い肌だが、いまは白を通り越している。
「イリューザ、大丈夫?」
「……すまない、座標がずれた」
険しい顔つきで謝罪をしてくる。恐らく転移先のずれについて謝ってきたのだろうが、いま気にしているのはそこではない。
「そうじゃなくて、具合悪いの? また暑さにやられた?」
今日もやっぱり気温は高めなので、そのせいで不調なのかもしれない。彼は少し悩むような様子を見せてから、力なく頷いた。
「……ああ。歩き回ったから、少し疲れたみたいだ」
「そっか、ごめんね。わたしが付き合わせちゃったせいだ。この魔物はこっちでどうにかするから休んでて。あ、お水飲む? ここからだと井戸よりサハクの家の方が近いから、もらって――」
「うわっ、なんだこいつ!」
罪悪感のせいか一気に喋りだしたわたしの言葉を、横から割り込んだ声が止める。
「ツィータ、なんでおまえの家に魔物がめりこんでんだ!?」
それはひげのおっちゃんの声だった。たまたま通りかかったのか、わたしの家の惨状を見て、目をぱちくりさせている。
「えーと、これには事情がありまして……」
そうこうしているうちに、おっちゃんの大きな声を聞きつけた人が集まってきた。ひとりふたりと増えて、最終的には20人ほどの人だかりができている。その中にはサハクや、野菜のおばちゃんもいた。
先にイリューザを日陰で休ませて、わたしは村の住人たちに事情を話す。イリューザが竜族なことは見ただけで分かってしまうので、わたしが彼を助けたお礼として、魔物を仕留めてくれたのだと説明した。
その場で魔物を捌くことにして、ある程度重量を軽くする。そして数人がかりでひっぱって、やっとどかすことができた。その頃には、もうだいぶ日も傾いていた。
魔物の肉や皮は、村のみんなで分け合うことにした。この一頭だけでも数日分の食料になる。
家の扉は少しひしゃげていたが、まあ使えないことはない。ちょうどひっぱり出すのを手伝ってくれた人の中に大工さんがおり、肉のお礼にと無償で修理をしてくれることになった。
「すまなかった。本当は村の入り口に転移する予定だったんだが……」
やっとのことで家に入ると、彼は再び謝ってきた。
「ううん、わたしが無理させたんだから、気にしないで。それよりご飯にするけど、イリューザはあの魔物のお肉は食べる?」
朝ご飯を食べたきり何も口にしていないので、もうお腹がぺこぺこだ。今日はとれたての新鮮なお肉があるし、わたしとしてはごちそう日和なのだが、はたして彼はどうだろうか。
「……そうだな、せっかくだからいただくか」
少しだけ眉を寄せて、しかたなさそうに微笑を浮かべて頷いた。
「いやなら無理して食べなくても」
「いやじゃない。せっかくきみが手料理をふるまってくれるのに、食べないなんてもったいない」
手料理と言っても、塩ふって焼くだけだが……とは言葉に出さなかった。思い返してみると、イリューザはわたしが出した料理を全て完食している。何を作ってもおいしいと言って、嬉しそうに食べるのだ。
――それはもしかして、わたしが作ったから?
結局答えは聞けなかったが、たぶんそんな気がする。この竜は、本当にわたしのことが大好きなのだ。
明日は彼と何をしよう、そんなふうに考えてしまっている自分がいる。
期限まで、あと4日。
答えはまだ……決められない。
10
お気に入りに追加
771
あなたにおすすめの小説
[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。
キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。
離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、
窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
たとえこの想いが届かなくても
白雲八鈴
恋愛
恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。
王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。
*いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。
*主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる