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6 森に行ってみた
しおりを挟む『森に行く?』
『うん、村からしばらく歩いたところに森があるの。そこには染料になる花が咲いてるから、摘みに行きたくて』
『で、私に付いてきてほしいと?』
『ハイ、オネガイシマス』
これは今朝の会話。
昨日地道に作業をして作った糸を、今度は染める作業に入る。そのためには染料が必要なのだが、材料となる花は村の近くにある森から調達していた。
今日もお日さまは働きもので、少し歩いただけで汗が滲む。せっかく昨日寝る前に浄化魔法をかけてもらったのに、いまはすでに全身汗だくだ。ちなみに昨日の魔法は、ほんのりと薔薇の香りがした。
「雨が降らないのに、森があるのか?」
隣を歩くイリューザが問いかける。その疑問は当然だろう。
村の周辺はほとんどが砂地だ。だが30分ほど歩いたところに、青々とした木々が茂る森がある。何故そこだけ植物が育っているのかというと、森の中央に泉があるからだ。
「泉があるなら、なぜそこから水を引かない?」
「それはね、ちょっとばかし厄介な魔物がいるからなの」
数年前から、その森には魔物が住み着くようになった。それは雨が降らなくなった時期と同じで。魔物が貴重な水を守るようにして、なわばりを主張しだしたのだ。
今まで人間や動物を含め、たくさんの生き物たちがあの泉を利用してきた。だが魔物が出現するようになってからは、森の中には簡単に入れない。ふだんは隣町から護衛を雇って付いてきてもらうのだが、今日は人間の護衛よりもずっと強そうな人が隣にいる。
「なるほど、私に護衛をしろということか」
「ハイ」
「私が魔物に負けたらどうするんだ?」
「えっ……もしかして、戦えない竜だった……?」
竜族と言えば、戦闘能力も群を抜いて高いと言われている。あまり奥まで行かなければ、それほど大きい魔物も出ないだろうし、なんとかしてくれるだろうと簡単に考えてしまったのだが……
「まさか、魔物程度には負けないさ」
どうやら冗談だったらしい。くすくすと笑っている様子から、わたしをからかって楽しんでいたようだ。
「からかわないで」
「私を護衛に使うんだから、これくらい安いものだろ」
確かに竜族と言えば、とても崇高な存在だ。彼は元々どこかの国の守護竜のようだし、普通に考えたら一国の王族以上に尊い存在だ。そんな人を小娘ひとりの護衛に使ってしまうなんて……冷静に考えたら恐ろしくなってきた。
わずかに顔を青くしたわたしに気付いたのか、イリューザは急に手を取って安心させるように言う。
「ツィータの頼みならなんでもきいてやる。荷物持ちでも台所の掃除でも、な」
実は昨夜の夕食の後、彼に排水溝の掃除をお願いしたのだ。最近どうにも詰まるので、風と水を操れると聞いてなんとかなるのでは、と思い至ってしまった。推測は正解で、イリューザは魔法を使ってきれいさっぱり直してくれた。
「その節は、本当にありがとうございました。でも荷物持ちは勝手にやったことでしょ?」
「そうだったかな」
とぼけた様子で言うので反論しようとしたところ、ちょうど森の入り口に到着する。
イリューザは急に真剣な顔をして、まっすぐに森の奥を見つめた。一瞬瞳が金色に光ったように見えたのは、気のせいだろうか。
そのままわたしの手を引いて、森の中に足を踏み入れた。
◆◇◆
「ちょ、ちょっと待って……!」
森に入ってから15分くらいは経つだろうか。正直心臓がドキドキとうるさくて、時間の感覚が分からない。
これは決して、繋いだ手の温かさに、鼓動が高鳴っているわけではない。イリューザがどんどん森の奥へと進んでいくので、魔物に襲われないかと緊張しているがゆえなのだ。
はっきり言って、魔物が出るようになってからはこんなに奥まで進んだことはない。入って5分程度の場所で、いつもは採取しているのだ。
「イリューザ! そんなに奥までいかなくても大丈夫だからっ……!」
「せっかく来たのだから、泉まで行ってみよう」
「は!? 危険すぎるって! それにしばらく人が通ってないから道もなくなってるし、このままじゃ帰れなくなるよ……!?」
「帰りはどうとでもなる」
そう言って振り返りもせずまっすぐ進むので、わたしは大人しく付いていくしかなかった。あまりうるさく引き留めても、護衛である彼を信用していないことになってしまう。もうなるようになれっと開き直ったところで、目の前がひらけた。
木々の隙間にひっそりと佇むように、エメラルド色をした泉が姿を現した。人が使っていないからか、以前に来た時よりも透明度が増している気がする。
「きれい……」
思わず声がもれた。
イリューザは繋いだ手を離して、右手を掲げる。彼が何かを呟くと、一瞬泉の周辺が眩しく光り、周囲に神聖な空気が漂うのを感じた。
「泉の周りに結界をはった。好きなだけ花を取ってくるといい。ただし、泉から離れすぎないように」
「ハ、ハイ。アリガトウゴザイマス」
泉の周りには森の入り口付近とは比べ物にならないほど、たくさんの種類の花が咲いている。これなら今までにない色も作れそうだ。
わくわくと心を躍らせながら、採取に取りかかった。
どれくらい花を摘んでいただろうか。夢中になりすぎて、すっかり時間を忘れていた。持ってきたかごの中は、もうさまざまな色の花でいっぱいだ。
ここはとても静かで、魔物が出るなんてとても思えない。たまに聞こえてくるのは鳥のさえずりくらいである。
いまもピチチと鳴く鳥の声に耳を傾けていると、ふと違和感に気づいた。
「あれ?」
静かすぎると思ったら、いつの間にかこの場所には自分一人しかいない。
そう、護衛を担当してくれている竜の姿が見当たらないのだ。ついさっきまで、花を摘むわたしをほほ笑ましげに見ていたと思ったが。
「イリューザ?」
ぽそりと名前を呼んでみるも返事はなく。
んん? もしかして、逃げられた? ……いやいやそんなはずはない。
泉の周囲は今も神聖な空気が満ちていて、結界の存在を感じられる。だが辺りを見回しても人の気配はない。
「もしかして、結界の外にいったの……?」
考えられるのはそれくらいだが……なんのために? まあ、そのうち戻ってくるか、と悠長に考えたとき、少し離れたところから爆発音のよう大きな音がした。
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―――『私の番には飼い主がいる』
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