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4  一緒に歩いてみた

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 一夜明けて、今日もおひさまが元気よく顔を出している。少しは休んでくれてもいいのにと思うが、どうやら働き者のようだ。

 毎朝の日課である水汲みに出向いたわたしは、隣を歩く人物に声をかけた。

「イリューザ……どうして付いてきたの」
「井戸の様子を見てみたい」

 朝起きると、彼は先に目を覚ましていたようで、寝ぼけまなこで見上げたわたしを、おはようと言って出迎えてくれた。

 そのまま水汲みに行こうとしたら、一緒に行きたいと言うので仕方なく了承したのだ。正直こんな見た目の派手な竜族を連れていたら、目立って仕方がない。本当は嫌だったのだが、断っても勝手に付いてきそうな勢いだったためあきらめた。

 井戸の前に到着すると、すでに数人の列ができていた。最後尾に並んで一息ついたところで、後ろから声をかけられる。

「ツィータ、なんだいのその色男は」

 振り返ると、わたしたちのすぐ後ろに顔見知りのおばちゃんが立っていた。くるくるとした天然のくせ毛が特徴的だ。
 おばちゃんの視線は、わたしの隣にいる人物に注がれている。

「えーと……」

 つがいです、なんて言えるわけがない。村のみんなに知られたら、いろいろと面倒くさいことになる。
 サハクには昨日のうちに事情を話して口止めした。彼から広まることはないだろうが、わたし自身がイリューザを連れて歩いていたらどうしようもない。

 なんと答えようか口をもごもごさせていると、私より先に隣に立つ人が答えた。

「旅の途中でこの村に迷い込んでしまったところを、彼女に助けてもらいました。どうにも暑さに負けて体調がすぐれないので、しばらく彼女の家でお世話になることにしたのです」

 そう言ってにこりと笑う。こんな社交的な顔もできるのか。

 ……というか、こんな豪奢な服装をした人が、こんな辺境を旅しているなんて違和感がありすぎるだろう。そうツッコミを入れたくなったが、甘いほほ笑みを向けられたおばちゃんは、ぽっと頬を染めてもじもじしながら言った。

「あらあら、そうだったの……あ、ほらツィータ! これ今週分の野菜だよ。あんまり出来はよくないけど、少し多めに入れておくから男前と一緒に食べとくれ」

 野菜を入れたかごを渡してくれたので、丁寧にお礼を言って受け取った。
 おばちゃんはこの水不足の中でも実るような野菜を、いろいろと工夫して育てている。週に一回、少しばかり野菜を分けてもらっているのだが、今日はおまけとしていつもより多めに入れてくれた。
 食料はわたしひとりが生きていくのに必要な分しか用意していないため、とても助かる。

 よいしょっと無意識に呟きながら野菜入りのかごを抱え直したところで、横から手が伸びてきた。「なんだ?」と首を傾げながら視線で追いかけると、そのままかごごと野菜を奪っていく。

「あ」
「荷物持ちくらいはやる。世話になっているからな」

 これまたきれいな笑顔で言うものだから、前にいたおばちゃんがぽぽっと頬を染めた。わたしはと言うと、複雑な顔でありがとうとお礼を言うことしかできなかった。

 そんなやり取りをしているうちに、順番が回ってくる。
 わたしが慣れた手つきで水を汲み上げているあいだ、イリューザはずっと井戸の底を見つめていた。野菜入りのかごを片手に、美麗な竜族が井戸を真剣に見つめるさまは、なんとも不思議な光景だった。

 そうして水で満たされたバケツは、またしても彼の手の中に渡る。

「……どっちか持つよ?」
「これくらい大丈夫だ」
「まだ万全じゃないんじゃ?」

 ついさっき体調がすぐれないと、おばちゃんの前で言ったばかりではなかったか。

「あれはきみの家に泊まるための口実だ」

 わたしの耳もとでそう言ってにやりと笑ったので、心配したのが損した気分になった。うん、やっぱり遠慮なく持ってもらおう。


 来た道を戻っていると、イリューザがぽつりと話し出す。

「ツィータ……あの井戸、私なら戻せる」
「戻す?」
「ああ、以前のように水でいっぱいにできる」
「いっぱ……え?」

 言っている意味は分かるのだが、とても現実的ではない言葉に、疑問符が並んでいった。
 思わず立ち止まって顔を見上げる。彼は前を向いたまま、さらに言葉を続けた。

「私は風と水をあやつる竜だから、私の加護であの小さな井戸ひとつくらいなら水で満たせる」
「それは……結界とは違うの?」
「違う。精霊に呼びかけて、少しばかり手を借りるだけだ。もともとこの土地に住んでいる精霊を活性化させるだけだから、私自身の力の消費には繋がらない」

 精霊とか活性化とかなんだかよく分からないが、とにかく井戸に水を戻せることは理解できた。それならばさっそくお願いします、と口を開きかけたところで、イリューザは普段よりも低い声で言う。

「……ただし、条件がある」
「条件? わたしにできることなら」

 ゆっくりと首を傾け、彼はわたしを見下ろした。前髪によって陰りを帯びた琥珀色の瞳が、恐ろしいほどに冷たい光を宿している。

「きみが……私とともに来てくれることが、条件だ」

 それはまさしく交換条件。
 わたしをつがいとして連れ帰る代わりに、あの井戸に水を満たす。わたしが彼を受け入れれば、この村は救われる。わたしひとりが……犠牲になれば。

「……すこし、考えさせて」
「ああ……期限はあと6日だ」

 そう告げて、彼は視線をそらす。陽に照らされた横顔はとても美しいのに、どこか悲しそうな表情をしていた。


   ◆◇◆


 しばらく無言で歩いていると、今度は野太い声に呼び止められた。

「おう、ツィータ。なんだそのいかついにーちゃんは」

 前方から、もふもふのひげを生やしたおじさんがこちらに向かってくる。あまりに立派なおひげなため、村中の人たちからヒゲのおっちゃんと呼ばれている人だ。

「えーと……」

 またしても口ごもったわたしを尻目に、イリューザはおばちゃんの時と同じ説明をした。
 おっちゃんはぽんっと手を叩いて、もふもふのひげを揺らしながらニカッと笑う。

「だったらこれ持ってけ。さすがにそんなでっかいにーちゃんがいたら、食料がもたんだろう? これは売りもんだが、少しくらいなら分けてやれる」

 差し出された麻袋を受け取る。中には獣の肉が入っていた。
 おっちゃんは猟師だ。この辺りはほとんど砂地だが、動物は生息している。……と言っても、最近は干ばつの影響でだいぶ減ってしまったが。
 おばちゃんと一緒で、たまにお肉を分けてくれるのでとても助かっている。昨日夕飯に出した干し肉も、おっちゃんからもらったものだった。

「ありがとう、ひげのおっちゃん。なにか困ったことがあったら言ってね」
「おうよ。おまえもそのにーちゃんに惚れるんじゃねーぞ」

 ガハハと笑いながら、おっちゃんは道の先へと消えていった。

 残されたふたりの間に、なんとも言えない空気が漂う。
 いっそ惚れてしまったら、迷うことはないのかもしれない。この村に未練がなくなるほど、彼を好きになってしまえば――

 イリューザにとってはわたしはつがいで、運命的な何かを感じ取っているようだが、わたしにはよく分からない。彼のことは嫌いではないが、だからと言って好きかと言われると、そうでもない気がする。

 そもそも好きってどういう感じなんだろう。17歳になっても、いまだに恋というものをしたことがないからピンとこない。

 ひとりで考え込んでいると、またしても横から手が伸びてきて、お肉のはいった麻袋を奪った。それを肩にかけ、一度地面に降ろしたバケツを再び持ち上げる。
 両手いっぱいに荷物を持って、イリューザは苦笑を浮かべた。

「きみは人気ものだな」

 そのまま歩き出したので、慌てて白銀の髪が揺れる背中を追いかけた。

「無理はしないほうが……」
「少しくらい格好をつけさせてくれ」

 むしろこんな美丈夫が、野菜かごとバケツを持っているだけで違和感しかない。今の彼の姿を格好いいのかと言われればば、どちらかというと面白い部類にはいるのではと思ってしまった。言ったら落ち込みそうなので黙っているが。

「あ、待って。わたしはサハクの家に寄ってく。イリューザは先に帰っててもいいけれど」

 どんどん自宅の方向へ進んでいく広い背中に向けて言うと、彼はピタリと足を止めて振り向いた。

「……付いていく」

 そう小さい声で告げて、再びわたしの横に並んだ。

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