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番外編
38 冷え込んだ秋の日に
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肌寒さを感じ始めた秋の中ごろ。
昨日まではまだ暖かさを含んだ空気が漂っていたというのに、今朝は急に冷え込み、冬の顔を見せた。
いつもより厚手の服に袖を通し、スーリアは今日も王城の庭園へと向かう。
馬車の中は暖かかったが、仕事をするために外へと出ると、冷たい風が頬を撫で、作業中は何度も身を震わせた。
寒さを防ぐために身につけた軍手を外しながら、今日も目的の場所へと向かう。
時刻は正午すぎ。
これから、お楽しみの昼食の時間だ。
今日は室内で休憩をとる約束をしていたので、いつものように執務棟へと向かった。
中に入ると、すっかり顔馴染みになってしまった受付係の男性が、スーリアを呼びとめる。
「スーリア様、ロイアルド殿下から伝言を預かっております」
「伝言ですか?」
問いかけると、男性は頷きながら内容を説明してくれた。
「殿下は本日体調がすぐれないようでして、休暇を取られております」
「え!? 大丈夫なんですか!?」
「はい、念のために仕事は休むと仰っていましたので、それほど酷くはないようです。もしよろしければ、部屋に案内するように言われているのですが、向かわれますか?」
ロイアルドが仕事を休んでいるのは初めて見る。
騎士として身体を鍛えているようだし、今まで体調を崩している姿など、見たことがなかった。それだけに、風邪でも引いたのかと不安になる。
彼に会いに行ったら、迷惑になるかもしれない。
それでも、一目だけでも様子を確認したい気持ちがまさった。
しかし、部屋に案内するとはどういう意味だろうか。
疑問をそのまま、受付の男性に投げかける。
「部屋というのは?」
「ロイアルド殿下の自室でございます」
「じしつ!?」
思わず大きな声で聞き返してしまう。
アレストリアの王城の敷地内には、居住棟と呼ばれる区画がある。王族の自室はそこにあるらしいのだが、スーリアはいまだに足を踏み入れたことがない。
彼と会うのは休憩時間が主であるし、休日に会う時はどこかに出かけることの方が多かった。
考えてみれば、まだ一度も彼の部屋を訪れたことがないのだ。
「私が行っても大丈夫なんでしょうか……?」
「スーリア様がよろしければ案内するように、と殿下に申し付けられておりますので、問題はないかと」
「それじゃあ、お願いします」
受付の男性は快諾して、案内を担当する使用人を呼んでくれた。
使用人のあとに続いて、居住棟の廊下を歩く。
しばらく進むと、ひとつの部屋の前で立ち止まった。
「こちらが、ロイアルド殿下のお部屋でございます。寝室は入ってすぐの、右手側の扉です」
使用人に礼を言って扉を開けてもらい、恐る恐る中へと入る。
部屋の中は思いのほか殺風景で、あまり物に興味がないのか、最低限の家具が揃えられているようだった。王族が住まう部屋にしては簡素すぎる印象だが、そこが逆に彼らしいとも言える。
自分で言うのも恥ずかしいが、ロイアルドはスーリア以外のものには全く執着しないのだ。
生きていく上で、最低限に必要なものだけが揃えられた部屋を見て、今度来る時は観葉植物でも持ってこようか、などと頭の隅で思った。
使用人に言われた通り、入ってすぐの右側にあった扉に向かう。
ノックしようと右手をあげた時、扉の奥から微かに咳こむような音が聞こえた。
「やっぱり風邪なのかしら……?」
そのまま扉を叩く。
「スーリア? 開いているから入ってきてくれ」
中から聞こえてきた声は、少し掠れていたが、しっかりとしたものだった。
中に入ると、ロイアルドがベッドの上でまくらに寄り掛かるようにして座っているのが見える。
ベッドサイドへと歩いていくと、彼は口元を綻ばせながら嬉しそうに言った。
「来てくれたのか」
「ええ、体調は大丈夫なの?」
「ああ。今朝急に冷え込んだから、持病が出てしまったみたいで……約束していたのに、すまない」
どうやら風邪ではなかったようだ。
彼に持病があったのも意外だが、小さく咳こみながら話すその様子が、なんとも儚く見えた。
「寝てなくていいの?」
「君が来てくれたのに、寝ているなんてもったいない」
「……帰るわよ?」
無理をさせているなら一刻も早く立ち去るべきかと思ったが、急に腕を引かれ、ベッドに倒れ込むようにして着地した。
「ちょっと!?」
「いやだ。頼む、今日はここにいてくれ」
懇願されるように言われては、断れるはずもなく。
スーリアは仕方なく、ベッドのふちに腰掛けた。
目の前には、シャツ一枚羽織っただけのロイアルドの胸板が、襟の隙間からちらちらと覗いている。
なんとも目に痛い光景に、視線を逸らした。
彼はスーリアの髪に触れ、そのサラサラとした手触りを楽しむように指を動かす。
ちらりと横目で顔を見上げると、目尻を垂らしながら、愛おしそうにスーリアを眺めていた瞳とかち合った。
なんだろう、この空気は。
体調が悪い時は、弱みを見せてしまうなんてことも聞くが、今のこれは……どちらかと言うと、甘えられているような気がする。
いつもはスーリアの父の言葉に従い、必要以上に触れてこないのだが、今日は遠慮のない様子で、そっと肩を抱き寄せられた。
スーリアの前髪に唇を寄せて、彼が言う。
「なあ、スーリア。ここで一緒に住まないか?」
「え?」
「結婚したら一緒に住むんだ。少し早くなっても変わらないだろ?」
「だめよ、お父様が許さないわ」
「……だよな」
ロイアルドは仕方なく納得した様子で、スーリアを解放した。
小さく溜め息を吐きながら、ぽつりとこぼす。
「式まであと五カ月か……長いな」
式を挙げたあと、スーリアはこの居住棟に移り住むことになっている。
呪いを受け継いだ王族は、基本的に王城内で生活をするそうだ。そのため、ロイアルドの隣の部屋を、スーリアに用意してくれるらしい。
「式を挙げたら毎日一緒なんだから、五カ月くらい我慢して」
「それもそうだな」
ふむ、と頷いて納得したようだった。
意外と単純だな、なんて思っていると、彼は続けて言う。
「じゃあ、今日は泊まって――」
「あなたがお父様を説得できるなら、いいわよ」
「無理だ……」
項垂れるようにして、肩を落とす。
よほど父に弱いようだ。
ちらりと時計を見上げると、もう少しで休憩時間が終わろうとしていた。
彼の願いはどれも聞けないが、体調も心配だし、少しだけ譲歩してあげることにする。
「泊まるのは無理だけれど、今日は夕方までここにいるから、それで我慢して?」
「仕事はいいのか……?」
「親方に説明すればわかってくれるわ。それに、私まだお昼ご飯食べてないし」
忘れかけていたが、まだ昼食をとっていなかった。そろそろ腹の虫が活動を始めそうだったので、彼のそばにいることを理由に、今日は早退させてもらおう。
「そうだったな。俺もまだなんだ、一緒に食べよう」
それからメイドを呼び、二人で昼食を済ませた。
親方への伝言は、メイドに頼むことにした。
スーリアはその日、夕日が沈むギリギリの時間まで、ロイアルドの部屋から出ることはなかった。
昨日まではまだ暖かさを含んだ空気が漂っていたというのに、今朝は急に冷え込み、冬の顔を見せた。
いつもより厚手の服に袖を通し、スーリアは今日も王城の庭園へと向かう。
馬車の中は暖かかったが、仕事をするために外へと出ると、冷たい風が頬を撫で、作業中は何度も身を震わせた。
寒さを防ぐために身につけた軍手を外しながら、今日も目的の場所へと向かう。
時刻は正午すぎ。
これから、お楽しみの昼食の時間だ。
今日は室内で休憩をとる約束をしていたので、いつものように執務棟へと向かった。
中に入ると、すっかり顔馴染みになってしまった受付係の男性が、スーリアを呼びとめる。
「スーリア様、ロイアルド殿下から伝言を預かっております」
「伝言ですか?」
問いかけると、男性は頷きながら内容を説明してくれた。
「殿下は本日体調がすぐれないようでして、休暇を取られております」
「え!? 大丈夫なんですか!?」
「はい、念のために仕事は休むと仰っていましたので、それほど酷くはないようです。もしよろしければ、部屋に案内するように言われているのですが、向かわれますか?」
ロイアルドが仕事を休んでいるのは初めて見る。
騎士として身体を鍛えているようだし、今まで体調を崩している姿など、見たことがなかった。それだけに、風邪でも引いたのかと不安になる。
彼に会いに行ったら、迷惑になるかもしれない。
それでも、一目だけでも様子を確認したい気持ちがまさった。
しかし、部屋に案内するとはどういう意味だろうか。
疑問をそのまま、受付の男性に投げかける。
「部屋というのは?」
「ロイアルド殿下の自室でございます」
「じしつ!?」
思わず大きな声で聞き返してしまう。
アレストリアの王城の敷地内には、居住棟と呼ばれる区画がある。王族の自室はそこにあるらしいのだが、スーリアはいまだに足を踏み入れたことがない。
彼と会うのは休憩時間が主であるし、休日に会う時はどこかに出かけることの方が多かった。
考えてみれば、まだ一度も彼の部屋を訪れたことがないのだ。
「私が行っても大丈夫なんでしょうか……?」
「スーリア様がよろしければ案内するように、と殿下に申し付けられておりますので、問題はないかと」
「それじゃあ、お願いします」
受付の男性は快諾して、案内を担当する使用人を呼んでくれた。
使用人のあとに続いて、居住棟の廊下を歩く。
しばらく進むと、ひとつの部屋の前で立ち止まった。
「こちらが、ロイアルド殿下のお部屋でございます。寝室は入ってすぐの、右手側の扉です」
使用人に礼を言って扉を開けてもらい、恐る恐る中へと入る。
部屋の中は思いのほか殺風景で、あまり物に興味がないのか、最低限の家具が揃えられているようだった。王族が住まう部屋にしては簡素すぎる印象だが、そこが逆に彼らしいとも言える。
自分で言うのも恥ずかしいが、ロイアルドはスーリア以外のものには全く執着しないのだ。
生きていく上で、最低限に必要なものだけが揃えられた部屋を見て、今度来る時は観葉植物でも持ってこようか、などと頭の隅で思った。
使用人に言われた通り、入ってすぐの右側にあった扉に向かう。
ノックしようと右手をあげた時、扉の奥から微かに咳こむような音が聞こえた。
「やっぱり風邪なのかしら……?」
そのまま扉を叩く。
「スーリア? 開いているから入ってきてくれ」
中から聞こえてきた声は、少し掠れていたが、しっかりとしたものだった。
中に入ると、ロイアルドがベッドの上でまくらに寄り掛かるようにして座っているのが見える。
ベッドサイドへと歩いていくと、彼は口元を綻ばせながら嬉しそうに言った。
「来てくれたのか」
「ええ、体調は大丈夫なの?」
「ああ。今朝急に冷え込んだから、持病が出てしまったみたいで……約束していたのに、すまない」
どうやら風邪ではなかったようだ。
彼に持病があったのも意外だが、小さく咳こみながら話すその様子が、なんとも儚く見えた。
「寝てなくていいの?」
「君が来てくれたのに、寝ているなんてもったいない」
「……帰るわよ?」
無理をさせているなら一刻も早く立ち去るべきかと思ったが、急に腕を引かれ、ベッドに倒れ込むようにして着地した。
「ちょっと!?」
「いやだ。頼む、今日はここにいてくれ」
懇願されるように言われては、断れるはずもなく。
スーリアは仕方なく、ベッドのふちに腰掛けた。
目の前には、シャツ一枚羽織っただけのロイアルドの胸板が、襟の隙間からちらちらと覗いている。
なんとも目に痛い光景に、視線を逸らした。
彼はスーリアの髪に触れ、そのサラサラとした手触りを楽しむように指を動かす。
ちらりと横目で顔を見上げると、目尻を垂らしながら、愛おしそうにスーリアを眺めていた瞳とかち合った。
なんだろう、この空気は。
体調が悪い時は、弱みを見せてしまうなんてことも聞くが、今のこれは……どちらかと言うと、甘えられているような気がする。
いつもはスーリアの父の言葉に従い、必要以上に触れてこないのだが、今日は遠慮のない様子で、そっと肩を抱き寄せられた。
スーリアの前髪に唇を寄せて、彼が言う。
「なあ、スーリア。ここで一緒に住まないか?」
「え?」
「結婚したら一緒に住むんだ。少し早くなっても変わらないだろ?」
「だめよ、お父様が許さないわ」
「……だよな」
ロイアルドは仕方なく納得した様子で、スーリアを解放した。
小さく溜め息を吐きながら、ぽつりとこぼす。
「式まであと五カ月か……長いな」
式を挙げたあと、スーリアはこの居住棟に移り住むことになっている。
呪いを受け継いだ王族は、基本的に王城内で生活をするそうだ。そのため、ロイアルドの隣の部屋を、スーリアに用意してくれるらしい。
「式を挙げたら毎日一緒なんだから、五カ月くらい我慢して」
「それもそうだな」
ふむ、と頷いて納得したようだった。
意外と単純だな、なんて思っていると、彼は続けて言う。
「じゃあ、今日は泊まって――」
「あなたがお父様を説得できるなら、いいわよ」
「無理だ……」
項垂れるようにして、肩を落とす。
よほど父に弱いようだ。
ちらりと時計を見上げると、もう少しで休憩時間が終わろうとしていた。
彼の願いはどれも聞けないが、体調も心配だし、少しだけ譲歩してあげることにする。
「泊まるのは無理だけれど、今日は夕方までここにいるから、それで我慢して?」
「仕事はいいのか……?」
「親方に説明すればわかってくれるわ。それに、私まだお昼ご飯食べてないし」
忘れかけていたが、まだ昼食をとっていなかった。そろそろ腹の虫が活動を始めそうだったので、彼のそばにいることを理由に、今日は早退させてもらおう。
「そうだったな。俺もまだなんだ、一緒に食べよう」
それからメイドを呼び、二人で昼食を済ませた。
親方への伝言は、メイドに頼むことにした。
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