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番外編
37 黒豹王子の手なずけ方 ③
しおりを挟む視界を覆うこの眩しさは、身に覚えがある。
もしかして、と思い目を開けると、黒い隊服を着たロイアルドが、あぐらをかいた状態で座っていた。
上半身だけで振り向いていた彼は、そのままスーリアの方へと身体ごと向き直る。
それから遠慮がちに目を合わせて、小さな声で言った。
「本当に、なんでもきいてくれるのか?」
確認の言葉に一瞬たじろぐ。それでも自分で言い出したことだ、いまさら撤回する気はない。
「え、えぇ。私にできることなら」
「それなら……」
今度は視線を落として、彼は伏し目がちにぽそりと答えた。
「君から……触れてほしい」
消え入るように呟かれた言葉に、スーリアは一瞬目を丸くする。
ジャックには一生近づくなとか、そういう無理難題を覚悟していたのだ。言われた内容に、少しだけ拍子抜けしてしまった。
スーリアが反応できないでいると、彼は続けて言う。
「その、フロッドから、あまり触れるなと言われているから……」
なるほど。父からの言伝通りにするならば、スーリアから彼に触れるのは問題がないことになる。
スーリア自身も彼に触れるなとは言われていないし、そう解釈すれば、父の言葉を無視することにはならない。
言葉の意図を理解したスーリアは、空いていた距離を一気につめ、徐にロイアルドの頬を両手で包み込んだ。
そのまま俯いていた顔を上げさせると、驚いた表情の彼と目が合う。
親指の腹でなぞるように目元を撫でると、頬を微かに染めて、照れくさそうに銀灰色の瞳を細めた。
恥じらいを見せる彼の様子に、スーリアの中で衝動的な感情が押しよせる。
もっと触れたいと、思いのままに顔を近づけ、唇を重ねた。
食むように唇を押し付けると、彼がびくりと身体を揺らしたのがわかった。
名残惜しさを残しつつも、ゆっくりと身体を離す。
茫然とスーリアを見ていた彼の顔が、突然りんごのように真っ赤に染まった。
「っ……」
口元を手で押さえながら、また俯く。
それから、ぼそりと言った。
「それは……反則だ」
さすがにキスされることは予想していなかったのか、困惑した表情を浮かべている。
してやったりの状況に、スーリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「これで、ゆるしてもらえるかしら?」
情緒のない言葉に、彼は小さく息を吐いてからスーリアを抱き寄せる。
結局触れるのかと思っていると、ロイアルドがスーリアの肩に顔を埋めて話し出した。
「すまない、怒っていたわけじゃないんだ」
え?と首を傾げると、彼は言いにくそうに口を開く。
「――不安なんだ。君を、他の誰かに取られるんじゃないかって……ずっと不安で、仕方がないんだ」
震える声で、言葉が紡がれる。
第二王子という立場の彼から、スーリアを奪おうとする人なんてそうそういないだろうし、取り合いをされるほど自分ができた人間だとは思えない。
不安を抱くような事態にはならないと思うが、彼のまとう雰囲気は、それを笑い飛ばせないほど真剣なものだった。
「手に入れる前よりも、手に入れた後の方がつらいなんて……思ってなかった」
悲痛な声音に胸が痛くなる。
彼がそう思ってしまうのには、スーリアの言動にも問題があるからだろう。いくら好きにさせてくれるからと言っても、ロイアルドの気持ちを無視した行動をするべきではなかった。
「君を束縛したいわけじゃない。でも、心が言うことをきかない。もし、またなくしてしまったら、俺は――」
震える背中に腕を回し、ゆっくりと上下にさする。
まだ少しだけ赤い彼の耳朶に唇を寄せて、優しい声で囁いた。
「大丈夫よ。今度は私が、あなたを放さないから」
――だから、泣かないで
最後の言葉は音にすることはなく。
彼が落ち着くまで、スーリアはその広い背中を撫で続けた。
*
「君は今日、非番じゃなかったか?」
少しして顔を上げた彼と、どちらからともなく手を繋ぎ、部屋を出た。
出口へと続く通路を歩きながら、質問に答える。
「えぇ」
「休日に、わざわざすまない」
「悪いのは私だもの。気にしないで」
眉尻を下げて微笑みを返してくれた彼に、今度はスーリアが疑問を投げる。
「そういえば、この建物は何のためにあるの?」
外観は白一色だが、取り付けられている小さめの窓には鉄格子がついていた。窓の少なさのせいか中も薄暗く、各部屋の扉も重たい鉄でできている。
アレストリアの王城の敷地内に、どうしてこのような建物があるのか。そして、なぜここに彼がいたのか、疑問に思うのも当たり前だろう。
ロイアルドは一瞬動きを止めて、言いにくそうに答えた。
「ここは……呪いを受けついだ王族のための部屋だ」
どう言う意味かと首を傾げ、話の続きを促した。
「昔は猛獣に姿を変えたまま、長期間戻れなくなった者もいたらしい。そういう者を、王城に住まわせるわけにもいかないからな」
確かにもっともな理由だが、ここまで厳重な造りの建物にする必要はあったのだろうか。
疑問の連鎖に口を開きかけたが、彼は歩みを止めて、自分たちが先ほど出てきた部屋の扉を振り返った。
「俺もすぐに戻れなかった時は、あの部屋を使っていた。さすがに黒ヒョウの姿で、自室には戻れないからな」
苦笑を浮かべる彼の表情が、なんだか寂しそうに見えて、思わず繋いでいた手を強く握り直した。
もしかして、ロイアルドは昨日何らかの影響で黒ヒョウになってしまい、一晩あの冷たい石の部屋で過ごしたのだろうか。呪いの発動条件を教えてくれないので、推測でしかないが。
当たり前のことのように言う彼が、とても遠い存在のように見えた。
「ロイ、これからは私がなんとかして戻すから、困ったらすぐに言うのよ?」
きょとんとした顔でスーリアに視線を移した彼の手を、両手で包み込む。そのままぎゅっと握ると、表情を崩していつもの眩しい微笑みを向けてくれた。
「ああ、そうする」
薄暗い通路にわずかに差し込む陽の光が、彼の顔を照らす。彫りの深い整ったその顔を見てしまうと、ロイアルドの方がよっぽど太陽に近いだろうと思う。
それから彼は通路へと視線を戻した。
「呪いに関して、俺は恵まれてるほうだから――」
一番奥にある傷だらけの部屋を見て、ひとり呟くように言う。
その言葉の意味を、スーリアは尋ねることができなかった。
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