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3章
19 受け入れられない理由
しおりを挟む「スーリア、お父さんに話してくれるね?」
帰りの馬車へと乗り込み一息ついたところで、父が口を開いた。
遠くなっていく王城を見つめながら、スーリアはぽつりぽつりと話し出す。
「ロイ……アルド殿下とは、二カ月くらいまえに王城の庭園で出会ったの」
彼との出会い、昼下がりの逢瀬、今までのロイアルドとの出来事を、包み隠さず話した。
父は難しい顔をしながらも納得したようで、最後には表情を緩めて頷いてくれた。
「その髪留めも殿下から?」
「……はい」
「なるほど。ひまわりの、髪留めか……」
スーリアが頷くと、父は考え込むようにして視線を落とした。
何か気になることでもあったのだろうか。
少しして父は顔を上げると、スーリアを見て言った。
「あの様子だと、殿下は相当おまえを気に入っているようだが、スーリアはどうなんだ?」
確かにロイアルドの様子からして、スーリアへの想いは本当なのだろう。
それは十分に伝わってきた。
あれが演技だとは到底思えないし、スーリアを好きだという嘘をつく理由もない。
「ロイのこ――……ロイアルド殿下のことは、嫌いじゃないわ。でも――」
彼と婚約をしたら、きっと仕事は続けられない。庭木の手入れをする王子妃など、聞いたことがない。
庭師という職業は、やっと叶えられた幼い頃からの夢だ。
自覚したばかりの恋心と天秤にかけるとなると、どちらを取るかは自ずと決まってくる。
それに、スーリアでは彼につり合うはずがないのだ。
地味な顔立ちに、女性らしさのかけらもない佇まい、おてんばで気の強いスーリアが、気高い王子である彼に見合うはずがない。
王子妃となれば妃としての公務もあるだろう。そんなもの、務めあげる自信など全くなかった。
彼がスーリアを選んだ理由がわからない。
自分の何が良かったのだろうか……
どんなに考えても、マイナスの部分しか思い浮かばなかった。
スーリアが心情を話すと、父は苦笑しながら頷く。
「おまえらしいと言えば……そうだな。殿下を受け入れられない理由は分かった。彼の噂が原因じゃなくてよかったよ」
第二王子の噂。
それは彼の性格が、他人を寄せ付けない冷酷なものであるということ。
だが、スーリアの知っている彼は、そんな噂とはほど遠い人物だ。優しくて、律儀で、他人を思いやる心を持っている。
彼のどこをどう解釈したら、そのような噂が流れるのだろうか。
「スーリアが知っている通り、殿下は本当は心優しい青年だ。だが、特別な事情があって、表向きは冷酷な性格だということになっている」
「特別な事情……?」
スーリアが聞き返すと、父は視線を伏せながら緩く首を横に振った。
「それは、今のおまえには話せない」
今の、ということは、スーリアが彼を受け入れれば教えてもらえるのだろうか。
しかしここまで聞いてしまった以上、逆に事情を知らずに受け入れるのも難しい。
スーリアが考え込むように眉根を寄せると、父は続けて言った。
「私が昔騎士をしていたのは知っているね? 殿下と同じ近衛騎士団に所属していたんだ」
「え!?」
それは初耳だ。
父がまさか近衛騎士だったなんて。
しかし、それならば王族と親しい間柄なのも納得できる。
特別な事情とやらも、その関係で知っているのだろう。
「当時はロイアルド殿下付きの騎士だったんだが……まあいろいろあって、殿下はあまり他人と関わろうとしない。それが、結果的に冷たい印象を与えることになってしまったんだ」
父はどこか切なく、そして寂しそうな顔で言った。
その表情が、ロイアルドが抱えているものの大きさを表しているようだった。
「まあ、お父さんは賛成だ」
「え?」
「殿下との結婚だよ」
「どうして……」
スーリアが不安げな表情で見つめると、父は小さく溜め息をつく。
「あの場で宣言してしまった以上、拒否することは難しい。どうしても無理なら、しばらく経ってから破談にするしかない。しかしそれをしたら、もうおまえの立場は落ちるところまで落ちることになる」
王族から望まれた場合、あちら側からの申し入れがない限り普通は破談にできない。そうなると、ロイアルドに婚約破棄を突きつけてもらうしかないわけで。
王子に婚約破棄された上にそれが二度目ともなると、もうどうやってもお先真っ暗である。
「まあ、おまえを手に入れるために、わざとあの場で言ったんだろうけどね」
それはスーリアも察していた。
あの様子では、こちらが頼んでも破談になどしてくれないだろう。
そもそも、まだ正式に婚約を交わしてすらいないのに、世間的には二人はすでに婚約済みだと認知されてしまった。
完全に逃げ道を塞がれたのだ。
彼がそこまでしてスーリアを欲しがるのは何故なのか。考えても思い当たることはない。
俯いて黙り込んでいると、父は表情を一変させて微笑む。
「私が賛成だと言った理由は他にもある。ロイアルド殿下ならば、おまえを大切にしてくれるはずだ。相手に好かれないつらさは、スーリアが一番知っているだろう?」
確かに、想われないよりは想われている方がいい。
ヒューゴのような相手はもううんざりだ。
「ヒューゴとの婚約は、悪いことをしたと思っている。今回はスーリアの意思を尊重するから、好きなようにして構わない。どういう結果になっても、支える覚悟はしておくよ」
父は申し訳なさと、娘を思う気持ちがない混ぜになったような微笑を浮かべた。
「殿下のことが好きなんだろう?」
「っ!?」
勢いよく顔を上げると、苦笑する父と目が合う。
「おまえは分かりやすいからな。迷っているのなら、まずは二人でよく話し合ってみなさい」
スーリアの本心など全てお見通しのようだ。
「……はい」
あの時、泣きそうに笑った彼の顔を思い出して、胸が締めつけられた。
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