15 / 39
3章
15 すれ違いの先に
しおりを挟む「……はぁ」
ここ数日で吐き出し尽くしただろう溜め息を追加する。
溜め息の数だけ幸せが逃げるなんてことを聞くが、この調子ではスーリアの幸せなどとっくに残ってはいないかもしれない。
「どうした? 最近らしくないな」
隣に座るロイが、心配そうに様子を窺ってくる。
スーリアの心模様とは反対に、この木陰に差し込む日差しはとても穏やかだ。木の葉の間からもれた淡い光が、彼の黒い髪に吸い込まれるように消えていく。
あの黒髪に一度でいいから触れてみたいと、もう何度思ったことか。
「乙女にはいろいろあるのよ」
「それは失礼した」
「……素直に引くのね」
冗談を言ったつもりだったが、彼はスーリアを気遣ったのか深くは聞いてこなかった。
もちろんこの溜め息の原因は、気づいてしまった気持ちと、数日後に控えている夜会のせいだ。
「俺は……そういうのに疎いから、変なことを言って君を傷つけたくない」
ロイの言葉に心臓が跳ねる。
スーリアの方を向きながらも視線を逸らして言うさまが、彼の自信のなさを表しているように見えた。
出会った頃から彼は律儀で優しい性格をしていたと思うが、最近はその頃よりも増してスーリアを気遣ってくれる。
その優しさが、逆に胸に痛かった。
優しくされればされるほど、落ちていく自分がいたから。
「大丈夫よ、そんなにやわじゃないから」
「確かに君は強いな。そういうところが――」
途中まで言いかけて、彼は言葉をのみ込んだ。
どうしたのかと顔を覗き込むと、また視線を逸らされる。
「そういうところが?」
「……女らしくないよな」
「失礼ね!」
先ほどの言葉はなんだったのか。
女らしくないと好きな人に言われたら、さすがのスーリアでも多少は傷つく。
胸にぐさりと刺が突き刺さったような感覚を覚えたが、自分でも女らしさなど持ち合わせていないと自覚していたので、目をつむることにした。
それに、今の方が彼らしいと思ってしまったのも事実だ。
「すまん。今のは……口がすべった」
「そう思ってたことは、否定しないのね」
気まずそうに頭をかきながら、彼は息を吐く。
それから、小さな声でもう一度謝った。
そんな姿を見ても好きだと感じてしまう辺り、重症だな、と思う。
この気持ちを伝えることはできない。
けれど、どうしても気になっていたことがあったので、スーリアは思い切って質問をしてみる。
「ロイ、あなたはよくここで私と話をしているけれど、お付き合いしている人はいないの?」
「いないが」
「それじゃあ、好きな人は?」
「…………さあな」
いるんだな。この様子では片想いか。
嘘をつかないあたり、本当に律儀な性格をしている。
直球で聞いてしまったが、自分には回りくどいやり方は合わないのでゆるしてほしい。彼に想い人がいると分かれば、気持ちの整理もつけやすい。
もし今度の夜会で良い相手が見つかれば、この逢瀬は終わりにしなければならない。
たとえ見つからなかったとしても、彼に好きな人がいるのであればもうやめるべきだ。
近づく別れを思うと、目頭が熱くなる。
涙なんか流したら、また、らしくないと言われてしまうだろうか。
目尻にたまる涙を堪えていると、不審に思ったロイが顔を覗き込んでくる。
――今は、離れていてほしいのに
「スーリア? どうし――」
雫がひとすじ頬を伝う。
彼が、息をのんだのが分かった。
「ご、ごめんなさいっ……なんでもないの! これはさっき食べたシシトウが辛くて――」
涙を見られたことに気が動転する。
苦しい言い訳がこぼれたスーリアの口を、彼が塞いだ。
その、薄くてきれいな形をした、唇で。
「っ――」
触れたところから一瞬だけ熱を感じるも、彼はすぐに離れていった。
何が起きたのか理解できずに茫然とロイを見ていると、彼は慌てた様子でスーリアから距離をとる。
「す、すまない! 今のはっ……その、つい……!」
いったい、何をされたのか。
あれはどう考えても……キス、としか呼べない。
――キス? なんで、ロイが私にキスを?
思考はどんどん混乱していく。彼の行動の意味が分からない。
キスをする理由なんて、ひとつしか思いつかない。
でも、そんなはずはないのだ。
こんなにも地味で、可愛げがなくて、女性らしい服装やしぐさなど皆無な自分が、彼に想われるなんて。
きっと普段は明るく振る舞うスーリアの涙を見て、彼も動揺してしまったのだろう。自分が泣かせたと勘違いして、つい不本意な行動に走ってしまったのかもしれない。
きっとそうだ。
口元を手で押さえて固まるスーリアを、どうしたらいいのか分からないと言った様子で、ロイが見ている。
彼は悪くない。
そんなに困った顔をしないでほしい。
私は、大丈夫だから。
「スーリア、俺はっ……」
彼の右手が近づいてくる。
だめ。今触れられたら、私は――
早く何か言わなければと、焦る思考で言葉を紡いだ。
「ごめんなさいっ……わたし――」
その声にロイはびくりと体を震わせて、スーリアに触れる寸前で手を止める。
ゆっくりと上を向くと、泣きそうな顔をした彼と目が合った。
「……っ……悪かった。今のは、忘れてくれ」
震える声で告げて、彼は立ち上がる。
それからぎゅっと拳を握りしめて、早足で植木の間に消えていった。
彼が去り際に見せた顔が頭から離れない。
その表情の理由を、探してはいけない気がした。
0
お気に入りに追加
1,766
あなたにおすすめの小説
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!
九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。
しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。
アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。
これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。
ツイッターで先行して呟いています。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です
風見ゆうみ
恋愛
わたくし、ルキア・レイング伯爵令嬢は、政略結婚により、ドーウッド伯爵家の次男であるミゲル・ドーウッドと結婚いたしました。
ミゲルは次男ですから、ドーウッド家を継げないため、レイング家の婿養子となり、レイング家の伯爵の爵位を継ぐ事になったのです。
女性でも爵位を継げる国ではありましたが、そうしなかったのは、わたくしは泣き虫で、声も小さく、何か言われるたびに、怯えてビクビクしていましたから。
結婚式の日の晩、寝室に向かうと、わたくしはミゲルから「本当は君の様な女性とは結婚したくなかった。爵位の為だ。君の事なんて愛してもいないし、これから、愛せるわけがない」と言われてしまいます。
何もかも嫌になった、わたくしは、死を選んだのですが…。
「はあ? なんで、私が死なないといけないの!? 悪いのはあっちじゃないの!」
死んだはずのルキアの身体に事故で亡くなった、私、スズの魂が入り込んでしまった。
今のところ、爵位はミゲルにはなく、父のままである。
この男に渡すくらいなら、私が女伯爵になるわ!
性格が変わった私に、ミゲルは態度を変えてきたけど、絶対に離婚! 当たり前でしょ。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観です。
※ざまぁは過度ではありません。
※話が気に入らない場合は閉じて下さいませ。
忘れ去られた元王女ですが、厄介な行き倒れを拾ってしまいました
野沢菜昆布
恋愛
父王の望みのために、王妃であった母は処刑され自身も廃位の末に流刑地に送られたセレネ。
このまま、流刑地でひっそりと生涯を終えると思っていた彼女は、ある日行き倒れを見つける。
行き倒れていた青年は、セレネを姫と呼び、嫌な思い出ばかりの王城に連れて行くと言い出した。外からやって来た彼のせいで、静かだったセレネの生活は否応なく変化を始めて……。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる