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番外編
64 愚王を演じた男(バルトハイル視点)
しおりを挟むバルトハイルが己のやるべきことを心に決めたのは、16歳の時だった。
まだ幼さの残る少年は目の前の現実に、自分を偽ることを誓ったのだ。
次期聖女として城に連れてこられた少女は、十歳の誕生日を迎えるのとほぼ同時に、正式に聖女の座に就いた。前任の聖女が予想よりも早めに使い物にならなくなり、彼女の就任が早まったのだ。
まだまだ子供だというのに、父は遠慮なく彼女の力を戦争に利用する。
父の命令を彼女に伝えるのが、自分の役割だった。
『シェラ、仕事だ』
『……はい、お兄様』
バルトハイルは、シェラを妹だと思ったことは一度もない。
彼女の生立は聞いている。
北の国で産まれ、その後誘拐され、ヴェータに連れてこられた。
そして、命を削って国を支える聖女になる。
なんとも哀れなこの少女の存在が、バルトハイルの生き方を変えたのだ。
『母上……』
部屋で一人になって思い出すのは、母の顔。
母も、元聖女だった。
他の聖女とは違い、持っていた力が非常に弱いものだったため、戦争に利用されることはなかった。
だがその代わり、使い物にならないならと子を産むことを強制させられたのだ。
さらに聖女の力を増幅させるあの腕輪は、持ち主を一人しか定めない。
母が生きている限り次の聖女を選定できないため、バルトハイルが産まれてから、母は無理やり力を使わされていたらしい。
自分が成長していくのと同時に、母はどんどん衰弱していった。
数年もしたら、ベッドから起き上がることさえままならなくなる。そうなるともう、腕輪は次の聖女を探し始める。
新たな聖女を手に入れた父は、母のことなどすっかり忘れるようになった。
おかげで力を使う必要のなくなった母は、残った生命力を糧に数年は生き延びることができたのだが、それもバルトハイルが10歳になるまでだった。
母が死んでからは、生きる希望がなくなったような心地がした。
父に歯向かえば何をされるかわからない。宰相を含め父の味方は多く、バルトハイルが生きていくためには、大人しく命令に従うしかなかった。
母を殺した父がどんなに憎くても、あの男の真似事をして、その隣で嫌悪感しかなかった同じ笑みを浮かべるしかない。
いつしかそれが当たり前になり、これが本当の自分なのだと錯覚していった。
だがそれも、16歳で終わりを迎える。
母と似た髪色をした銀髪の少女が聖女になったことで、バルトハイルの中で何かが変わった。
こんな幼い少女が聖女にさせられるなんて。
母と同じ末路を辿るであろうこの少女を、どうしてか放っておけなかったのだ。
だが自分には父のような権力はない。
自分一人では、この国で何をすることもできない。
腐りきった国を変えるには、まず味方を作る必要がある。
それからは数年かけて、信頼のおける仲間を少しずつ増やしていった。
表では忠実な父の息子を演じつつ、裏では父を蹴落とすための準備を進める。
息子の謀反など全く想像していなかったのか、父は意外なほどあっさりと王の座から退いた。
だがその頃には、シェラはもう助けようのないほど身体が弱り切っていた。
バルトハイルは急いで次の聖女の選定を始める。
聖女制度自体をなくすことも考えたが、それはすぐにはできなかった。
何故なら、父以上に厄介な存在がいたからだ。
メゼル宰相。
この男が父を上手く誘導して、ヴェータを仕切っていたのだ。
表立ってこの男に歯向かうのは危険が伴ったため、バルトハイルは仕方なく、即位した後も愚王を演じることにした。
メゼルと話を合わせ、戦争好きを匂わせながら、国を変えようと施策を進めていく。
ヴェータを恐れるゆえか、繋がりを持ちたいという国が多く、聖女候補となる女性は勝手に集まった。
しかしその中から力を発現するものはなかなか現れず、業を煮やしたメゼルが許可なく誘拐という愚行に走る。
そのためバルトハイルは仕方なく、シェラに頼ることにした。彼女の力はできる限り使いたくはなかったが、これ以上犠牲者を増やすわけにもいかない。
そしてとうとう新たな聖女が見つかり、シェラを逃がす準備が整ったのだ。
方法は簡単だ。
ヴェータが戦争で手に入れた国家の中に、サリジシの毒を特殊な製法で加工する技術を持っている国があった。
その製法で作られた毒は、口から体内に摂取すると、まるで死んだような状態になるのだ。はたから見ると、心臓の鼓動や呼吸さえ止まっているように見えるため、死を偽装するにはうってつけだった。
これをシェラに飲ませて、死んだように見せかける。
そして意識がないうちに、国外へ逃がす計画を打ち立てた。
だが、衰弱しているとはいえ、彼女はまだ聖女として使える存在。
単純に毒を盛ったとなれば、逆に怪しまれる。
どうするかと悩んでいたバルトハイルのもとに、最高の機会が訪れた。
平和条約締結と言う名目で、アレストリアの王太子がヴェータを訪れることになったのだ。
これはきっと、最初で最後のチャンス。
アレストリアには悪いが、シェラのために犠牲になってもらう。
相手があの大国であるということに多少不安はあった。だがそれだけに、シェラを毒殺してその罪を王太子に被せ捕えるという計画を、メゼル宰相は二つ返事で了承した。
まともに力を使えない状態で置いておくよりは、十分な使い道だろうとの判断だ。
これでやっと、自分の長年の目的は達成される。
もっと早くヴェータから解放して、長生きさせてやりたかったが、己の力ではこれが限界だった。
シェラには、計画の内容は伝えない。
おまえを逃すためだと言ったところで、これまでのバルトハイルの行動を見てきた彼女が、信じるはずもないからだ。
このためにわざわざ、前祝いと称してアレストリアの王太子を呼び出した。
あとは、実行するだけ。
これが彼女のためにつく最後の嘘。
その瞬間まで、この国の愚かな王を演じよう。
「シェラ、そこに座れ」
父親そっくりの底冷えするような笑みを浮かべて、――妹の名を呼んだ。
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