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5章
62 真意
しおりを挟む後日、レニエッタに魔力を渡すために、シェラはルディオとともに彼女の寝室を訪れる。
レニエッタにはあらかじめ、睡眠薬を食事に混ぜて眠ってもらうことにした。彼の魔力が流れ込んでくる感覚を、知られたくなかったからだ。
こればかりは譲れず、わがままという形で頼みこんだ。
「ルディオ様、魔力の蓄積は大丈夫ですか?」
彼の瞳の色は、美しい緑色をしている。これではレニエッタに十分な魔力が送れないのでは、と思ったシェラの問いかけに、ルディオはゆるゆると首を振った。
「気にしなくていい。最近は式典で君がしたことを思い出せば、嫌でも魔力が溜まっていく」
式典でシェラがしたこと。
思い当たることはいくつかあるが、可能性として一番高いのは――
「君は思い出さなくていい」
バルトハイルにしたことを思い出しかけたシェラの思考を、ルディオが遮る。
実のところあれは、ギリギリの距離で寸止めしていたのだ。しかし後ろから見ていた彼には、きっと本当にキスをしていたように見えているだろう。
彼が目を覚ましたら本当のことを言おうと思っていたが、すっかり忘れていた。いま言ったら魔力の蓄積に支障が出そうだし、しばらく黙っておくことにしよう。
「シェラ」
少し離れたところで見ていたバルトハイルが、声をかけてくる。ちょいちょいと片手で手招きをするので、仕方なくそちらへ歩いて行った。
後ろからのルディオの視線が気になるが、レニエッタの手を離せないからか何も言ってはこない。
「おまえに言いたいことがある」
「はい?」
首を傾げたシェラをまっすぐ見て、目の前の男は言う。
「今まで、すまなかった」
そのまま頭を下げたバルトハイルを見て、シェラは言葉を失う。
「急に……何を」
「本当にその通りだ。だが、おまえがそう思ってくれるのなら、僕の演技もまんざらではなかったということだな」
「演技……?」
話がのみ込めていないシェラを見て、くすりと笑う。
「おまえは知らなくていい」
本当に知らなくていいと思っているのであれば、今の会話は必要なかったはず。
もし、バルトハイルが今までしてきたことが、すべて演技だとしたら――
「あなたはまさか……わたしのために?」
青い瞳が、露骨に視線を逸らした。
「どうだろうな。所詮僕は、おまえを傷つけることしかできなかった。あの男と違ってな」
青と緑の視線が交差する。
何とも言えない空気が、その場に漂った。
きっとこれはバルトハイルが言う通り、知らなくてよかったこと。
胸の内に留めて、しまっておくべきこと。
いつか笑って話せるときがきたら、また思い出そう。
それが――、ヴェータの王として生きるこの男への、最大の敬意となるはずだから。
「では、あなたに捨てられた妹は、素敵な王子様のもとで幸せになろうと思います」
「はっ、とっととそうしてくれ」
腕を組んで、わざとらしく視線を窓の外へ向けた。
「そういえば、いつまで滞在されるのですか?」
「数日後には発つ予定だ。帰国した僕が、飼い犬に手を噛まれないことを祈っていてくれ」
冗談とも本気ともとれる言葉に、シェラは苦笑を返すしかできなかった。
それから三日後、バルトハイルはアレストリアを出立した。
だがその隣に、レニエッタはいない。彼女はアレストリアに残ることになった。
あの身体では長旅に耐えられないだろうし、ヴェータに戻ったらまた力を悪用されかねない。
レニエッタの能力と、今までしてきたことを考えると軟禁生活を余儀なくされるが、それは仕方のないことだろう。
バルトハイルとの別れ際、彼女は子供のように泣きじゃくっていた。
「いやです! あたしも連れて行ってください!」
「だめだ。ここで大人しく療養してろ」
「でも……ひとりはいやです……!」
服を掴んで離そうとしないレニエッタに、バルトハイルはゆっくりと言う。
「お前を助ける方法を見つけて、必ず迎えにくる。だから、僕を信じろ」
子供をあやすように、優しく頭を撫でる。
その様子は、普段のバルトハイルからは全く想像できないものだった。
「次に会うときは……今度はちゃんと、夫婦になろう」
そう最後に告げ、レニエッタの赤い髪に隠れていた額にキスをする。
見送りに来たシェラを目に留めることなく、ヴェータの王は帰国の途についた。
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