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5章
61 王の目的 ②
しおりを挟む北国フルカへと続く小国を、アレストリアに譲渡する。
バルトハイルのその言葉に、ルディオはピクリと眉を動かした。
「あそこは北の大陸との交通の要だ。うちはいま戦争復興で手一杯だが、そちらなら街道の整備をする余裕があるだろう」
フルカへ続く街道は、戦時中は閉鎖されていたと聞く。
現在は開通はしているものの、戦争の爪痕が激しく交通の便はあまりよくないらしい。戦勝国のヴェータ自身も余裕がなく、持て余しているのだろう。
「なるほどねぇ。整備のための費用はかかるけれど、あそこを使えるようにすれば、将来的な利益はかなり大きくなりそうだ」
今まで黙って話を聞いていたハランシュカが口を挟む。
確かに交通の要所を押さえてしまえば、交通料の徴収などで将来的には黒字になるだろう。
「僕は悪くない話だと思うけど、これは君たちの問題だからねえ。最終的な判断は任せるよ」
そう言ってハランシュカは肩を竦めてみせた。
ルディオは少し考えるようなそぶりを見せたあと、シェラへと視線を向ける。
「君はどう思う?」
緑の瞳がじっとシェラを見つめてくる。
ここは嘘をついても仕方がないので、正直に答えることにした。
「わたし、は……正直に言えば、あなたの魔力を他人に渡したくはないです。でも……」
一度俯くように、目の前の机へと視線を落とす。
シェラが続きを話すのを、彼は急かすこともなく待ってくれた。
「もし、このまま見過ごしたら……きっと後悔すると思います。なので、ルディオ様が問題ないのであれば、わたしは構いません」
どちらを選んでも後悔するなら、人を助ける道を選びたい。アレストリアにとっても好条件であるし、ここは大人になるべきだ。
素直な言葉を口にすると、ルディオは何を思ったのかシェラの頭をポンポンと叩いた。それから今度は髪を梳くように撫でられる。
急にどうしたのかと顔を見上げると、彼は少しだけ困ったような表情で笑っていた。
「君は本当に、自分を犠牲にすることを厭わないな。もう少し、我がままになってくれてもいいんだが……」
そうは言われても、レニエッタを放っておけないのも本心である。
どう返したらよいか分からず、ぎこちなく視線を逸らすと、彼は小さく息を吐いて正面に座る人物に向き直った。
「バルトハイル王、こちらとしては提示された内容に問題はない。だが、賠償を受け入れるにあたって条件がある」
今度はバルトハイルが片眉を吊り上げた。
「魔力の譲渡は、一回きりだ。それがのめないのなら、賠償についてはこちらから別の条件を提示させていただく」
魔力の譲渡は一回のみ。
レニエッタの体力がどれほど残っているのか分からないが、それでは多少寿命を延ばす程度にしかならないだろう。
だが、彼が譲れるのはそこまで。少しだけほっとしている自分が、なんだか怖かった。
「ちなみにだけど」
重苦しくなった空気を裂くように、再びハランシュカ割り込む。
「シェラ殿下を狙った二回目の襲撃について、聴取が終わったから話をさせてもらおうかな」
この場にいるのがシェラ達だけではなかったとしたら、誰もが『なぜこのタイミングで?』と思ったことだろう。
誰の返事も待たず、ハランシュカは続きを話し始める。
「犯人は三名。いずれもヴェータと戦争をした、敗戦国出身の者だった。彼らの言い分によると、もともとは式典に参加予定だった、ヴェータの王様を狙う予定だったらしい」
はっと顔を上げる。
レニエッタも二度目の襲撃については、心当たりがないと言っていた。恐らく戦争で敗れ他国に逃げのびた者が、その恨みから暗殺を企てたのだろう。
「だけれどシェラ殿下の未来予知で、来賓客は外の席には出ないことになった。そこで、唯一壇上に上がったヴェータの王女様を狙ったみたいだねぇ」
この話については、シェラも初めて聞いた。
夢の中では、操られた騎士の矢によってシェラは死亡していたため、そのあとに何が起きるかなど知る由もなかった。だが、自分が狙われた理由としては納得できる。
黙って話を聞いていたバルトハイルが、大きな溜め息を吐き出してから口を開いた。
「……なるほど。二度目の襲撃は、こちらにも責任があるということか」
あとから聞いた話だが、式典を再開する際シェラの視た情報から、警備は広場の後方に固めていたらしい。そのため、警備の手薄な前方付近からの襲撃に対しては、初動が遅れたのだ。
「ルディオ王太子、その条件で受け入れよう」
仕方なくといった様子で、バルトハイルは了承の意を示した。
これ以上話を続けたら、今度はヴェータにとって損害の大きい条件を出されかねない。そう判断したのだろう。
無理やり自分を納得させているバルトハイルに対して、シェラは言葉を投げかける。
「一回の魔力の譲渡では、その場しのぎにすぎません。レニエッタはこの先どうするのです?」
その問いかけに、バルトハイルは考え込むようなしぐさをしてから、シェラに視線を向けた。
「そうだな……救えるかは分からんが、一応手は考えてある。聖女の力で消費されているものが魔力であるなら、魔力の補充という観点から調べてみれば、何か方法が見つかるかもしれない。幸いヴェータには、魔法に関しての文献が多数残っているからな」
今まで消費されているものが生命力だと思っていたからこそ、手の打ちようがないと考えられていた。だが魔力だったと分かったいま、もしかしたら補う方法があるのかもしれない。
バルトハイルはそれを探すのだろう。
「できれば魔法研究に関しては、アレストリアにも協力を願いたいんだが?」
今度はルディオに視線を向けて、問いかける。
「そちらに関しては問題ない。専門のチームを作らせよう」
「それは心強いな」
どうやらアレストリアとヴェータで協力して、魔法の研究を始めることになりそうだ。
もし魔力を補充する方法が見つかれば、シェラはルディオがいなくても生きていける。
だけどそれはちょっと……寂しいかもしれないと、思ってしまった。
複雑な表情をしているシェラに気付いたのか、ルディオが苦笑をもらす。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「そういうわけでは……」
「君が私なしで生きて行けるようになったら、寂しいと思ってしまう私は……酷い男なんだろうな」
「そんなことはありません!」
むしろ同じ気持ちであったことに嬉しさを感じる。
わずかに頬を染めたシェラを見て、バルトハイルが不機嫌さを顔に出して言った。
「……じゃれ合うならよそでやってくれ」
「おや、バルトハイル陛下。新婚夫婦の前でその言葉は野暮ってもんですよ」
「おまえこそ面白がるのはやめろ」
おどけた口調で言ったハランシュカを、ルディオが窘める。
そのあといくつかの決め事をして、話は切り上げられた。
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