捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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5章

60 王の目的 ①

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 式典から三日後、シェラはルディオとハランシュカとともに、バルトハイルの滞在する部屋を訪れていた。

 式典当日、獅子になった彼はそのまま意識を失い、翌朝人の姿に戻っていた。
 だが意識は戻らず、そのあと一日は眠ったまますごすことになる。

 解毒剤の投与は間に合っていたので、体力が回復すれば目を覚ますだろうと侍医は判断していたが、青い顔で眠り続けるその姿に、不安はなかなか拭えなかった。

 そして昨日、つい彼の隣で眠ってしまったシェラが目を覚ますと、ルディオの腕に閉じ込められていたのだ。
 夜中に一度目を覚ましたのだろうか。
 シェラが起きた時には寝息を立てていたが、背中に回された腕が少しも動かず、結局彼が起きるまで同じ体勢でいることになった。

 ルディオは体調がまだ万全でないにもかかわらず、すぐ行動に移る。
 ハランシュカとロイアルドから倒れた後の状況を聞き取り、父親であるアレストリア王と話を詰め、今回の主要人物のひとりであるバルトハイルのもとを訪れた。

 シェラの隣の椅子にはルディオが、さらにその隣にハランシュカが座っている。
 机を挟んだ向かい側の座席に座るバルトハイルが、重苦しく口を開いた。

「今回の妻の不祥事については、僕の監督不足だ。謝って許されることではないが、本当にすまなかった」

 ルディオに向かって、小さく頭を下げる。
 その様子を見て、シェラは驚きを隠せなかった。王自ら頭を下げることがどれほどの事態か、それが分からないほど無知ではない。

「バルトハイル王、謝罪を受け入れるかは事情次第だ。全て話してもらえるか?」

 王という立場に敬意を表して、ルディオは普段バルトハイルに対して敬語を使っている。
 だが、今日は違った。
 彼は今回の件について、アレストリア国王から全権を任されている。それゆえ、対等な立場で話し合うためだろう。

「もとよりそのつもりだ。今回、僕らがアレストリアまでやってきたのは、二つの目的があった。ひとつはもちろん、君たちの挙式のためだ」

 バルトハイルの書簡には新婚旅行との名目が記されていた。順当に考えれば、もうひとつは観光目的だと思われるが、いまの状況を見た限りそれはなさそうだ。

「もうひとつの目的は、レニエッタをうちの宰相とその取り巻きから引き離す必要があった」

 宰相、その言葉にシェラは疑問に思っていた点が、一本の線で繋がる。

「シェラ、おまえなら分かると思うが、今回の件はメゼル宰相が裏で糸を引いている」

 ヴェータのメゼル宰相。
 戦争が大好きで、常に他国を侵略することしか考えていないような男。平和条約を結ぶ際に、恐らく一番反対しただろう人物だ。

「平和条約を結ぶ際、奴の意見を聞かず、僕の権限で決めてしまった。あの男はそれを相当恨んでいる。レニエッタを上手く説き伏せて、裏で暗躍していたようだ」

 そういえば、ヴェータでの夜会の時も、レニエッタはあの腕輪を持っていた。その際バルトハイルの指示なのかといったシェラの問いかけを、彼女はごまかしている。

 国境付近の川に落ちた時に操られていた騎士もレニエッタの仕業だが、もしかしてどちらの件もバルトハイルの指示ではなく、メゼル宰相が裏で手を引いていたのだろうか。

「レニエッタは年齢の割には賢い方だが、まだまだ幼い。特に僕のこととなると見境がつかなる。僕の意思だと匂わせて、レニエッタに力を使わせていたんだ」

 レニエッタにとっては、バルトハイルが全てだ。今までの王の行動を見ていれば、アレストリアを陥れるために協力してほしいとでも言われれば、彼女は断らないだろう。
 それがバルトハイルの意思だと言われればなおさらだ。

「力は使わせないようにしていたのに、あいつはどんどん衰弱していった。そこでやっと気がついたが、遅過ぎたな……」

 バルトハイルは拳を握りしめて、顔を歪める。
 その表情は宰相の勝手な行動に怒りを感じているのか、それとも己のせいでレニエッタの寿命を縮めることになったからか。それは本人にしか分からない。

 どちらにしろ、ただひとつだけ確かなことがある。平和条約は、バルトハイルの希望で結ばれたということだ。
 今までメゼル宰相と手を組んで、戦争をしかけていた男の言葉とは思えなかった。

「レニエッタはいま、部屋に軟禁している。どちらにしろあの身体では、起き上がるのもままならないだろう……ルディオ王太子、頼みがある」

 まっすぐにルディオを見たバルトハイルに、シェラは嫌な予感がした。

「なんだ?」
「……あいつに、魔力を分けてやってほしい」

 予想していた通りの言葉に、シェラは奥歯を噛みしめる。
 確かにレニエッタは騙されていただけかもしれない。だが力を使ったのは彼女の意思だ。

 彼女に操られた騎士は、いま牢に入っている。大衆が見ている前で謀反を起こそうとしたのだ。
 操られていたことを公にできるわけもなく、処分は保留されている。
 それを踏まえると、さすがに同情の余地はない。

 控えめに隣のルディオを見上げると、彼は小さく溜め息をついた。

「バルトハイル王、それについてはふたつ返事で了承はできない」
「もちろん分かっている。見返りとして、次のことを提案したい」

 ルディオの返答を予想していたのだろう。
 用意していたかのように、言葉を続ける。

「いまヴェータ国内では、僕がいない状況を利用して、宰相支持派をあぶり出している。信頼のおける者を置いてきたが、ちょうど昨日連絡があった。帰国次第、一気に片をつけるつもりだ」

 意外な言葉にシェラは目を丸くする。
 今まで宰相と手を組んでいたのは、バルトハイル自身だと思っていた。だがいまの話からすると、それは否定される。
 驚きを隠せないシェラとは反対に、ルディオはなるほどとばかりに頷いた。

「宰相派を消せば、アレストリアとの外交もしやすくなる。その一環として、敗戦国のいずれかをそちらに譲渡することを考えている」

 敗戦国の譲渡。
 ヴェータが戦争で手に入れた国家とその土地を、アレストリアに譲るということだ。
 戦争を起こさずして領土を拡大できるのだから、条件としては悪くない。むしろレニエッタひとりを助けるにしては破格だろう。

「それは魔力の件だけではなく、これまでの王妃殿の行為に対しての賠償か?」
「そういうことだ。話が早くて助かる」

 どうやら国境手前の橋での出来事も、ルディオはレニエッタが絡んでいると推測していたらしい。今回の騎士を操った件と含め、それに対しての賠償にあてるようだ。

「ふむ。条件は悪くないが、こちらは特別領土を欲しているわけではないんだが」
「だろうな」

 否定の言葉に、バルトハイルは動じる様子はない。
 何故か一度シェラに目を向けてから、またルディオを見た。

「譲渡する土地は、フルカへ続く小国を予定している」

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