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5章
54 本当のわたし
しおりを挟む北国フルカ、それがシェラの故郷。
一年のほとんどを雪に覆われた、真っ白な国。
その国の、とある公爵家に仕える、メイドの娘として生まれた。
公爵家の人たちはみんな良い人で、平民の娘であるシェラを、よく可愛がってくれたことを覚えている。
だが、幸せな日々は七歳で終わりを告げた。
八歳の誕生日を迎える前に、シェラは何者かによって誘拐されたのだ。
恐らく、人身売買を目的とした組織に連れ去られたのだと思う。シェラのような銀髪は高く売れるらしい。
それから一年ほどは、酷い生活だった。
狭い部屋に複数の子供が閉じ込められ、死なない程度の食事だけが与えられる。
自由や娯楽は一切ない。ただ食べて、眠るだけの毎日。
一人買い手がつくと、また新しい子供がやってくる。
自分もいつ売られるのだろうと、震えながらすごしていた。
そしてある日、女児だけがひとつの部屋に集められる。
そこには二人の男がいて、よくわからない会話をしていた。
『こんなところで見つかるのかねぇ』
『それは分からんが、孤児の方が扱いやすいからそこから探せと、陛下からの命令だそうだ』
『たしかに貴族の娘は、家のしがらみもつきまとうしな』
当時は理解できない会話だったが、今なら分かってしまう。
彼らは聖女を探すためにやってきた、ヴェータの使者だろう。
煌びやかな宝石の埋め込まれた腕輪を取り出し、子供ひとりひとりにはめていった。
シェラの順番は、最後。
使者たちがあきらめを顔に滲ませたころ、それは起こった。
シェラの腕にはめられた腕輪が、まばゆい光を放ったのだ。
その時のことは、今でも忘れられない。
突然頭の中に映像が流れてきて、金髪の男の人と銀色の髪を持つ女性が抱き合っていた。
今考えると、あれは未来の自分たちだったのかもしれない。
そのあとは驚きの表情を浮かべる使者たちに連れられて、国境を越えヴェータまでやってきた。
それ以降は、ヴェータの王女として振る舞うことを強要される。
王の隠し子として、シェラは世間に認知された。
王族としてふるまうために、マナーや教養、ダンスから学問に至って、覚えることは沢山ありすぎた。
それでも狭い部屋に閉じ込められていた生活よりは、断然ましだ。温かい食事に、ふかふかふの寝床。相変わらず自由はないが、人らしい生活は送れる。
だが、まともな生活の見返りに、今度は自らの命を削ることになった。
シェラが十歳になったころ、前任の聖女が使い物にならなくなったのだ。
それからはヴェータの聖女として、力を使いながら過ごした。
聖女の力は効力が強いものほど、消耗が激しくなる。シェラの力はそれほど強いものではなかったが、三年もすると身体に違和感を感じるようになった。
全身に力が入らなくなり、起きていることがつらくなってきたのだ。
自分もいずれ前任の聖女のように、使い物にならなくなったら捨てられるのだろうと思った。
そして聖女となってから数年後、ヴェータの王が代替わりする。父親を蹴落とすようにして、バルトハイルが王位に就いたのだ。
まだ聖女としての力は使えたが、いつまでもつかは分からなかった。
バルトハイルは自分の野望のために、早々に次の聖女を探し始める。戦争をやめて、花嫁探しと称して女性を集め始めた。
新しい聖女が見つかれば、いよいよ自分は不用品だ。
あとはただ、捨てられるのを待つだけ。
誘拐され、聖女となり、命を削って生きてきた。
最悪な人生だったと思う。
だがそれも全て、彼と出会うためだったと思えば、悪くない。
いい思い出とはとても言えないが、誘拐されなければ、聖女にならなければ、彼と会うことはなかった。
故郷で静かに平民として暮らしていたかもしれないが、今となっては全く想像もできない。
シェラが平民のまま生きていたら、何かの機会で奇跡的に彼を目にすることはあっても、触れることなど絶対に叶わないだろう。
本来自分は、そういう人間なのだ。
彼のそばに居ること自体、おこがましい。
こんな平民の命ひとつで彼を助けられるのであれば、安いものじゃないか。
だから、お願い。
そんな顔を、しないで――
シェラを見つめるルディオは、どこか泣きそうな顔をしていた。
こんな切ない表情は、見たことがない。
「身分など関係ない。私はヴェータの王女ではなく、シェラ、君を愛したんだ」
涙がにじむ。
どうして、こんなわたしを愛してくれるのか。
彼から魔力をもらってしか生きることのできない、死にぞこないなのに。
「わたしを愛しているのなら……式典を続行してください。心から愛した者の死が、解呪の条件です」
シェラの言葉に、周りにいた者たちからも息をのむ音が聞こえた。
他人事ではないシュニーとロイアルドは、特に険しい表情を浮かべている。
だが周りの様子など気に留めることもなく、ルディオはシェラに詰め寄った。
「君のいない世界で、私に一人で生きろと言うのか?」
「呪いが解ければ、あなたは普通に暮らせます! 他の誰かを愛することだって可能なはずです!」
「私は君と一生を添い遂げると誓った! もし君を失ったとしても、他の誰かを愛する気はない!」
こんなふうに声を荒らげる彼を初めて見た。
感情を剥き出しにすれば、呪いが発動してしまう。だからこそ今までずっと、できる限り冷静に努めてきたはずだ。
ルディオは再び苦しそうに顔を歪める。
力任せにシェラの手を取り、加減をすることなく握りこんだ。
彼の手は、小刻みに震えていた。
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