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5章
52 わたしが選んだ道
しおりを挟む慌ただしく人々が出入りする。
みな己の役割を全うしようと、与えられた仕事を真面目にこなしていた。
窓から見える空は晴天で、今日という日に相応しい。
別れの瞬間は、晴々しい気持ちでいたい。
「シェラ様、もう間も無く登壇のお時間です」
後ろに控えていたルーゼが声をかけてくる。
今日は結婚披露式典、当日。
もう数分もしたら、ルディオとともに壇上に上がることになる。壇上と言っても、城のバルコニーに出るだけではあるのだが。
この式典は、国民に向けてのものだ。
そのため今日は特別に、身分に関係なく王城の敷地内に出入りできる。
一番大きい広場に面した二階のバルコニーから、シェラとルディオは挨拶することになっていた。今は、その部屋の奥で待機している。
別の部屋のバルコニーで行われている、アレストリア国王の挨拶が終わり次第、壇上に上がる予定だ。
窓の外からは二人を待ちわびる、民衆の期待に満ちた歓声が漏れ聞こえていた。
「ルーゼさん」
椅子から立ち上がりながら声をかけると、ルーゼはシェラの正面に回り込む。
「何でしょうか?」
今日も彼女はサラサラの金髪をひとつにまとめ、後ろに垂らしている。その凛々しい顔つきは、出会った頃と変わっていない。
「今まで、ありがとうございました」
淑やかにお辞儀をするシェラを見て、首を傾げる。
「突然どうされました?」
「こういう時でもないと、きちんとお礼を言う機会がないので」
ルーゼには本当に助けられた。
ヴェータにいた頃もそうだが、アレストリアに来てから心細い思いをしなくて済んだのは、彼女のおかげだ。
別れの前に、どうしてもお礼が言いたかった。
「はあ……それもそうですね」
僅かに眉を寄せながらも、ルーゼは納得したようだった。
改めて室内を見渡す。
今この場には、警備の任についている騎士と使用人が数名、それからアレストリアの三人の王子たちがいる。
他の王族やその親族、来賓客は別の部屋から見学すると聞いている。
窓から外の様子を窺っていた三名の中に、目的の人物を見つけた。
彼もこちらを見ていたのか、陽に透けて宝石のよう輝く新緑色の瞳と目が合う。
そのまま吸い寄せられるように、彼はこちらへと歩いてきた。
今日は背中まで伸びた長い金髪は結うことなく、そのまま後ろに流している。
詰襟型の紺色の衣装は、襟や袖口に金糸で刺繍がされており、派手すぎないながらも上品さを感じさせた。
さらに珍しく黒いマントを羽織っており、見慣れないその姿に鼓動が速くなったのは言うまでもない。
この衣装は、アレストリアの王族が公式行事の際に着用するものらしく、古くからの伝統だそうだ。
近づいてくる彼の左胸の辺りには、大きなブローチが輝いている。中心に特大のルビーが据えられており、その周りには小さなダイアモンドがあしらわれていた。
ブローチの造形に、シェラはどことなく既視感を覚える。
感じた違和感の正体を探ろうとしたが、目の前に迫った夫の姿に思考は霧散した。
「シェラ、体調は大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
返事をすると、ルディオはほほ笑みながら、控えめにシェラの髪に触れる。
「そのドレス、君の髪色によく似合っている」
シェラの服装は、彼の衣装と同じ紺色で合わせている。今日のために特注で作らせたらしい。
彼より少し明るめの色合いだが、淡雪のようなふわふわとした銀髪が綺麗に映えていた。
「ありがとうございます」
口ではお礼を言いつつも、心中では申し訳なさがまさった。
せっかく作ってもらった高価なドレスだが、夢の通りであれば血で汚してしまう。
「後ろも可愛いんですよ」
くるりと一回転する。
せめてきれいなうちに、彼の目に焼き付けてもらいたい。
そう思うのはドレスのことか、それともシェラ自身か。
精一杯の笑顔でにこりと笑う。
笑えるのは、きっとここまで。
どうしても、夢の中の自分のように、笑顔でいられる自信がなかった。
「殿下、お時間です」
騎士のひとりが声をかける。
ルディオは頷いて、シェラに手を差し出した。
これからすることは、わたしにできる最後の仕事。
そして、最後の償い。
これが、私が選んだ道。
もう――恐怖は、ない。
彼の手を取る。
自然と心は凪いでいた。
懐かしい感覚だ。
彼と初めて出会ったときと、同じ。
あの時はただ命を捨てるだけだったが、今は違う。
彼を、救うことができる。
顔を上げると、緑色の瞳がまっすぐシェラを見ていた。
「行きましょう」
促すように一歩を踏み出す。
彼の手のひらに添えていた手が、強く握り返された。
「待て」
低く威圧的な声が、その場に響く。
「式典を止めろ」
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