捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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4章

48 いずれくる未来

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 シェラの前にはたくさんの民衆がいた。
 隣には彼がいて、眼下の民に向けて手を振っている。

 これは、夢。
 そして、いずれくる未来。

 どうしてまた、同じ夢を見ているのか。
 そう言えば、このあとわたしは――

 前回と同じように身体が勝手に動き、彼の前に身を乗り出す。
 そして左胸に衝撃を受け、地面に倒れた。

 痛くはない。ただ、熱い。

 彼が駆け寄ってきて、悲痛な表情で何かを叫んでいる。
 声は聞こえないが、その緑色の瞳は急速に暗い色へと変化していった。

 冷たくなっていく指先を必死で持ち上げて、彼の目元に触れる。

 そして、夢の中のシェラは言った。

『これで、あなたの呪いは――』

 持ち上げた腕が、だらりと床に投げ出されるのと同時に、視界が闇に染まる。
 遠くの方から鳥のさえずりが聞こえ始め、夢の終わりを告げた。



 視界の隅に眩しさを感じ、目を開ける。
 ぼんやりと、少しだけ懐かしく感じる天井を見上げた。

 身動きの取りづらさに首だけを傾けると、すぐ近くに彫刻のような美しい寝顔があった。
 伏せられた金色の睫毛が朝日を浴びて、きらきらと輝いている。

 そう言えば昨夜は結局、彼のベッドで寝たのだったか。
 絶対に何にもしないからと懇願されて、一緒に床に就いた。寝た時はもう少し距離があったと思うのだが、いまは何故か彼の抱きまくら状態だ。

 多少苦しさは感じるが、悪くはない。
 この五日間触れることを恐れていたせいか、彼の体温がとても心地よく感じた。

 二度寝してしまいそうなまどろみのなか、先ほどの夢の内容を思い出す。

 あの夢は、一週間後の結婚披露式典だろう。
 状況的に、民衆の中に混ざった刺客が、彼に向けて矢を放ったのだと思われる。アレストリアでそのようなことが起きるとは考えにくいが、二回も同じ夢を見たのだ。間違いなく、同じ状況が訪れるはず。
 だが、シェラが未来を視たことにより、最悪の事態は回避できる。

 ルディオはもう、シェラの力を知っている。人の記憶を覗けるなど気持ち悪くないかと聞いてみたが、逆に問い返された。

『その力で君は、私の記憶を視ようとしたことはあるのか?』

 ないと素直に答えると、「なら何も問題ないだろう?」と、なんでもないことのように言ったのだ。その言葉にどれだけ安心したことか。

 そしていまはこの力で、先の危機を回避できる。
 事前に夢の内容を伝えて、警備を強化するなり、対策を打てるだろう。最悪、式典を中止にすることも可能なはずだ。

 今日はこれから彼に頼まれた通り、聖女の力を貸さなければならない。
 明日にでも時間を作ってもらい、夢のことを話そう。

 結論を出したと同時に、名前を呼ばれる。

「シェラ……」

 寝起きのせいか、いつもより低く掠れた声だ。

「おはよう……」
「おはようございます」

 同じベッドで寝た時は、彼の方が先に起きていることが多い。彼があとから起きたとしても、いつもはすぐに起き上がるのだが、今日は違った。
 寝ぼけた顔で、シェラの頭に頬を摺り寄せる。

「起きたくないな……」

 珍しく愚痴をこぼした。
 しかし希望に沿ってあげるわけにもいかないので、ぴしゃりとおでこを叩く。

「そろそろ起きないと、人が来ますよ?」
「結婚式の翌朝に、わざわざ夫婦の寝室に乗り込む奴はいないだろう……」

 それもそうだ。
 指摘されて口ごもると、彼は苦笑をもらした。

「まあ、起きるか。あまり遅くなると、ハランがうるさい」
「ハランシュカさんが?」
「ああ」

 頷いて、彼はベッドから立ち上がった。
 続いてシェラも起き上がる。

「あとで、部屋に迎えに行くから」
「はい」

 返事を見届けて、ルディオはリビングへと移動する。
 五日ぶりに鍵を開けた自室へつながる扉を通り、朝の準備を始めた。



   *



 ルディオに連れられて室内へと入る。
 部屋の中央には低めのテーブルがあり、それを囲うように豪華な革張りのソファが並んでいた。

 中にいた人物を見て、思わず声をもらす。

「お兄様……?」

 一番奥の一人掛けの席には、バルトハイルが座っていた。
 肘掛けに置いた腕に顎を乗せて、不遜な態度でこちらを見ている。

 しかしルディオは全く気にする様子もなく、その右側にある二人掛け用のソファに、シェラをエスコートした。隣にルディオが腰かけると、向かい側に座っていたハランシュカが口を開く。

「昨夜はお楽しみだったのかな?」
「ハラン、そういう話はあとにしろ」
「僕の所見では、まだだな」

 思わず、会話に混ざった兄を見る。
 にやりとした笑みを返され、不自然に顔を背けてしまった。

「ほらな。賭けは僕の勝ちだ、ハランシュカ」
「うーん、残念」
「ハラン……変なことで賭けをするんじゃない。というか、なぜ親しくなっているんだ」

 意外そうにルディオが尋ねると、ハランシュカが笑いながら返す。

「いやぁ、ヴェータの内情を探ろうといろいろと話していたら、思いのほか気が合ってね。君たちがなかなか来ないから、気づいたらこの通りさ」
「それは悪かったな……」

 ルディオはあきれた様子で溜め息を吐く。
 それを見届けて、ハランシュカが再び口を開いた。

「それじゃあ早速だけど、本題に入るよ」

 そう言って一冊の本を取り出し、シェラの前に置いた。

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