捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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4章

46 救う者と救われる者 ①

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「シェラ、君は私の妻だ。それはこの先も変わることはないし、変えるつもりもない」

 それはヴェータの王女として、側には置いておくという意味だろう。それ以上の意味はない。
 頷きかけたシェラの考えを遮るように、ルディオは言葉を続ける。

「ヴェータとの関係のために君を妻にするわけじゃない。正直、始めはそういう意味合いの方が強かったが、今は違う。君が私の心を変えたんだ」

 思わず顔を上げると、優しげにシェラを見つめる新緑色の瞳に捕らわれる。

「私はこの先、君以外の妃はもたない。式で誓った通りに、生涯をかけて君を愛する」

 それはだめ。
 お願いだから、別の妃を娶って。
 私では王妃としての務めを果たせない。

 反論しようと開きかけたシェラの唇を、彼の人差し指が塞いだ。

「反論は認めないって言っただろう?」
「でも……!」
「最後まで話を聞きなさい。できないなら、別のもので口を塞ぐぞ?」

 今度は人差し指で、自身の唇を指し示す。
 そう言われてしまっては、大人しくするしかなく。
 唇を引き結んだシェラを見て、ルディオは苦笑をもらした。

「それはそれで悲しくもあるが……まあいい。ここからが本題だ」

 改まった調子で、彼は続きを話し始める。

「ヴェータの聖女制度や君の力については、バルトハイル王から全て聞いた。君の寿命のことも含めて」
「兄が……話したのですか?」
「ああ、代償は払ったがな」
「代償……?」

 首を傾げると、ルディオは眉尻を下げて、何ともいえない表情で小さく笑った。

「まさか……呪いのことを引き換えにしたのですか!?」

 思い至った答えに、彼は無言で頷いた。

「呪いについてはもちろん国家機密だが、聖女の件もヴェータからしたら同等だろう。いずれ知られていただろうし、情報は価値のあるうちに売った方がいい」

 ルディオの言うことは一理ある。
 しかし、呪いは彼の最大の弱点でもある。いくら等価交換と言えども、ヴェータに知られることは危険すぎる。

 シェラの心理を察したのか、彼は安心させるように言った。

「これは私とバルトハイル王の問題だから、君は心配しなくていい。あの男が王である限り、恐らく問題は起きない」
「兄が、王である限り……?」
「私の口からは詳しく話せない。君が直接聞いた方がいい」

 ルディオはシェラの知らないバルトハイルの事情を知っているのだろうか。
 シェラが見てきた兄は、傲慢で貪欲で、どんな時でも冷徹さを欠かないような人物だった。その裏に何があるのかなど、考えたことは一度もない。

「話を戻すが、君は力を使う際に己の命を削る。そして消費した命を私から補っている、これが君の考えで正しいか?」
「……はい」

 その仮説はバルトハイルには話していない。レニエッタから聞いている可能性もあるが、式の直前の様子では知らないようだった。

「どうして私を避けるようになったのか、バルトハイル王から君の寿命について聞いて、やっと合点がいったよ」
「え……?」

 と言うことは、バルトハイルから話を聞くまで、シェラが彼の命を奪っていることを、ルディオは知らなかったことになる。
 しかし、式の直後の控え室で、彼は確かめたかったと言っていた。あの言葉はどういう意味だったのだろうか。

「シェラ、君の仮説は間違ってはいないと思う。だが、全てが正しい訳ではない。これから言うことは、バルトハイル王の話と君の状態を聞いての私の推測だが、恐らく間違いはないと思う」

 一度言葉を切って、ルディオはシェラの瞳を覗き込む。

「私の仮説を証明するために、君に頼みがある」
「何でしょうか」
「私を怒らせてみてくれ」
「…………はい?」

 突拍子もない申し出に、ぽかんと口を開けながら首を傾げる。
 一体なぜ、いま此処で彼を怒らせる必要があるのか。呪いに関係しているのだろうとは思うが、さすがに場違いな気がしてしまう。

「遠慮はいらない」

 そう言われても、万が一呪いが発動して被害を受けるのはシェラの方であるし、いきなり怒らせろだなんて、正直どうしたらいいか分からない。

 しかし、彼が至って真剣な顔で言ってくるので、渋々従うことにした。

「そ、それじゃあ……いきます。……ルディオ様なんて、大っ嫌いです!」

 ぎゅっと拳を握りしめながら言ってみるも、反応がない。
 しばらくシェラの瞳を見つめ返し、おもむろに口元に手をあてた。

「……シェラ。そんなふうに可愛く言われたら、私を煽るだけだ……」
「う……」

 嫌いと言ったのに、彼は何故か浮ついた表情で視線を逸らした。

 真逆の反応に頭を悩ませる。
 どうしたらいいものか少し考えて、今度は別の切り口で試してみることにした。

「……では、あなたを避けていた理由をお話します。わたくし、他に好きな方ができました。ですからもうあなたとは――」
「ちょっと待て。それは事実じゃないだろうな?」

 今度は慌てた様子でシェラの顔を覗き込む。
 質問には答えず、わざとらしく視線を逸らしてみた。

 しばらく沈黙が続く。シェラの答えを待っているのか、彼は言葉を発しない。
 嫉妬も怒りの一部に含まれると聞いていたので試してみたのだが、やりすぎただろうか。

 不安を覚え、恐る恐る顔を上げる。
 思いのほか近くにあった緑の瞳に、びくりと肩を揺らした。

「……まいったな。いや、狙い通りではあるんだが……」

 苦しそうに顔を歪ませた彼の瞳は、心なしか濁っているように見えた。

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