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4章
44 駆け引き
しおりを挟む控え室に戻ると、シェラは掴まれたままの手を強引に振り払う。
「どうして、あんなことをしたのですか!?」
声を荒らげて、問いただすように訊ねた。
ルディオは前髪をかき上げ、息を吐き出してから答える。
「確かめたかったからだ」
確かめる、それはやはり――
きっと彼は気づいてしまった。
この五日間、大人しくシェラと距離を置いていたのは、きっと推測が正しいのかを確かめるため。あえて会わない時間を作れば、そのあとに触れることで大きな体調の変化が生まれるはず。
彼が体調の悪さを見せたことはないが、何かしらの変化を感じていたのかもしれない。
「……でしたら、もうお分かりのはずです。わたくしには、触れないでください」
「シェラ? 待て、話をさせてくれ」
慌てた顔で手を伸ばし、シェラの腕を掴もうとする。
「触らないで!」
力強い言葉に、ルディオはぴたりと手を止めた。
「シェラ、落ち着け」
「わたくしは落ち着いています!」
状況は理解できている。
彼は優しいから、シェラを助けようとしてくれているのかもしれない。
でも、それは彼がつらいだけだ。自分のことは忘れてほしい。
「もう……わたしに構わないでくださいっ……!」
「シェラ!」
再び伸ばされた手は、空を切るだけに終わった。
シェラはその場を飛び出し、白いドレスのまま、ひとり控え室から走り去った。
*
残された部屋で、ルディオは大きな溜め息を吐き出す。
「あれのどこが落ち着いていると言うんだ……」
前髪を掻きむしりながら呟くと同時に、部屋の扉が開く音が聞こえた。
扉の先から現れた人物は、うっすらと笑みを浮かべながら近づいてくる。
「君のそういう顔は初めて見たな。男前が台無しじゃないか」
銀色の髪を揺らして、くすりと笑う。
ぼさぼさになった前髪を整えながら、ルディオは小さく舌打ちをした。
「ほう、君でもそういうことをするのか」
「バルトハイル王、何故あなたがここに?」
柳眉を寄せ、不機嫌を隠そうともしない態度で問いかけた。
「式で面白いものを見せてもらったんでな。礼を言おうと思って来てみたんだが、どうやらあれは僕への当てつけではなかったようだな」
あれ、というのは、恐らく彼女との口づけのことだろう。参列していたバルトハイルも、しっかりと見ていたようだ。
「礼は私が言いたいくらいだ。まさか、あなたが一緒に入場してくるとは思っていなかった。おかげでいろいろと確信が持てましたよ」
予定では入場の際、シェラは一人で歩いてくるはずだった。誰かをつけるか尋ねたが、彼女は一人で問題ないと答えたからだ。
だが、実際は違った。いま目の前にいる男の腕をとって、歩いてきたのだ。
恐らくバルトハイルが無理を言ったのだろうが、五日間シェラの顔すら見ることができていないルディオにとって、その嫉妬心を煽るには十分すぎた。
あの場で呪いを発動させるわけにはいかない。
湧き上がる感情を必死で抑え込み、なんとか心の内に沈めた。
そして、怒りの感情が昂ったことにより、今まで推測でしかなかった考えに、確信が持てるようになったのだ。
しかし、まだ全ての謎が解けたわけではない。
ヴェータの裏事情について、ある程度のことは把握できた。ハランシュカが調べてくれた内容と、自分が仕掛けておいた罠が上手く噛み合ったのだ。
ヴェータにいたころ、バルトハイルの側近のひとりに近づいた。
アレストリアで高位の身分を用意する代わりに、情報を流すことをちらつかせたのだ。その時点で男は迷っていたようだが、今回バルトハイルに同行する形でアレストリアまでやってきた。
そして条件をのむことを承諾したのだ。
シェラに会えない五日間で、ルディオは多くの情報を精査していた。
ヴェータの聖女制度。そして、彼女たちの持つ特別な力。ハランシュカが独自に調べていた内容と、側近が話した内容はほぼ一致したのだ。
だが、おおかたの事情を把握することはできたが、まだ全てを知るには至っていない。
特にシェラが急に距離を置き始めた理由は、見当がつかなかった。彼女の力の内容的に、自分に触れて記憶を覗いてしまうことを恐れたとも考えられたが、そうだとしたら最初からルディオには近付いていないはずだ。
レニエッタと話をしたあとからあの状態になったため、聖女の力が絡んでいるのだろうとは思っていたのだが。
これ以上は、もう当人か一番の権力を持つ者に訊くしかない。
真実を知らなければ、彼女を迎えにいったとしても、また拒絶されて終わるだろう。
幸い、今この場には目的の男がいる。
バルトハイルの青い瞳をまっすぐに見据えて、ルディオは問いかけた。
「バルトハイル王。ヴェータの聖女制度について、詳しくお聞きしたい」
国家機密であろう内容について触れたのだが、バルトハイルはさして驚いた様子もなく答えた。
「ほう、もうそこまで知られていたか」
これは予定調和とでも言うように、腕を組んで口元に笑みを浮かべる。その表情は、今の状況を楽しんでいるようにも見えた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「いいだろう」
ルディオを見つめる青い瞳は、鋭く光っていた。
「ただし、君の秘密と引き換えだ」
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