捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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4章

41 扉越しの

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 応接室から出ると、ルーゼが声をかけてくる。

「シェラ様、自室へ戻られますか?」
「はい……」

 掠れた声に、ルーゼは眉を寄せる。
 様子のおかしいシェラの顔を覗き込んで、探るように訊ねてきた。

「顔色が悪いようですが、ご気分がすぐれませんか?」
「……大丈夫です。緊張したからか、少し疲れてしまって」

 ルーゼはどこか納得していないようだったが、そのまま自室まで送ってくれた。


 部屋の中で椅子に座り、考える。

 結婚式は五日後に迫っている。今さら中止にはできない。
 そもそも彼との婚姻をなかったことにするのは、もう無理な話なのだ。

 今のシェラにできることは、どうにかしてルディオに接触しないようにするしかない。
 五日後の結婚式と、一週間後に開かれる結婚披露式典。まずは二つの催しをどうにかして乗り切る。
 その先のことは、また後で考えればいい。


 この日は結局一歩も外には出ず、自室で過ごした。
 どうにも食欲が出ず、夕食は拒否して、早めにベッドに入る。

 しかし横になっても、なかなか眠ることはできなかった。考えれば考えるほどに、不安が次々と押し寄せてくる。

 ベッドの上で眠れない時間を過ごしていると、シェラとルディオの部屋を繋ぐ扉が叩かれた。
 思わずびくりと肩を揺らし、扉の方を見る。

「シェラ、夕食をとらなかったようだが、体調が悪いのか?」

 彼の言葉には答えず、そのまま寝たふりをした。
 もう一度名前を呼ばれたが、少しして彼はあきらめたのか、扉の前から去っていく気配がした。

 小さく息を吐く。
 扉が開かれなくてよかった。
 いま会ったら、泣いて縋ってしまいそうだったから。

 もう、彼に触れることはできない。

 自然とこぼれた涙が、シーツに染みを作っていった。



   *



 翌朝、ルディオは早めに部屋を出たようで、シェラが目を覚ました頃には、隣の部屋に人の気配はなかった。

 彼がいないうちに、昨夜決めたことを実行する。
 あの扉の鍵を閉めるのだ。
 自分で言ったことを破ることになるが、仕方がないだろう。

 幸い、予備の鍵もいまはシェラの手元にある。
 鍵を閉めてしまえば、ルディオがあの扉から入ってくることはできない。

 その日は一日中、自室から出ることはなかった。
 少量ではあるが、食事はとっている。
 しかし、明らかに様子のおかしいシェラを心配したのか、ルーゼが一日中付き添ってくれていた。

 夜になると、また扉が叩かれる。

「シェラ、入るぞ」

 今度は確認もなく、ルディオはドアの取っ手に手をかけた。
 しかし、取っ手は下がりきることなく、鈍い音を立てて止まる。

 しばらく沈黙が続き、次に彼の低い声が耳に届いた。

「……シェラ、何があった」

 扉越しのその声は、少しだけ不機嫌さが滲んでいるようだった。
 無言で返すと、溜め息に似た息遣いが聞こえる。

「レニエッタ王妃になにか言われたのか?」
「――違いますっ」

 思わず反射的に答えてしまう。
 レニエッタの言葉がきっかけではあるが、彼女は直接的には関係ない。

「なら、話がしたいから開けてくれないか?」
「それは……できません」

 この先どうしたらいいのか考えていく中で、思い切って彼に打ち明けてみるという手も、頭をよぎった。
 彼は優しいから、全てを知ったとしても、もしかしたらシェラを受け入れてくれるかもしれない。

 しかしいくら生命力をもらったと言っても、完全に回復しているわけではない。恐らくだが、彼からもらった分は、日々生きているだけで消費されている。
 生命力をもらい続けなければ、近いうちに死ぬことは間違いない。

 彼はじきに王になる。
 この国の宝ともいえる人が、易々と命を投げ出すことはできない。
 もしルディオが受け入れてくれたとしても、己の立場とシェラの命の狭間で、彼が苦しむことは目に見えている。

 そんな思いを、彼にさせたくはなかった。
 苦しむのは、自分だけでいい。

 ――あぁ、私は本当に、彼にとって枷でしかないんだ

 命を奪って、記憶を覗く。
 最悪な人間だ。

 きっと、たくさんの人を殺してきた報いだろう。



 その翌日も自室にこもり、何が最善なのかをずっと考えた。
 だけど……、考えても考えても、答えなど出るはずもなく。

 夜になり、再び扉が叩かれた。

「シェラ……頼む、開けてくれ」

 こんな時に、初めてこの部屋に来て言われたことを思い出す。

『この扉の鍵は君に預けておく。君の部屋に行く時はノックをするから、私に会いたいと思ってくれるなら鍵を開けてくれ』

 無言の返事は、彼に会いたくないということを示している。

 静かに扉に近づき、そっと触れた。
 さらりとした木の感触が、指先に伝わってくる。

 ――本当は、会いたい。
 今すぐ会って、抱きついて、全てを話してしまいたい。

 それで嫌われて、なじられて……いっそ捨てられる方が、ましかもしれない。

「シェラ……――――さない」

 呟くように言われた言葉は、ほとんど聞き取れず。
 それを最後に、ルディオがこの扉を叩くことはなかった。

 そして、彼と一度も顔を合わせることなく、結婚式当日を迎える――

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