捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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3章

37 疑念 ②

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 当時のことを思い出すように、ハランシュカは空中に視線を向けて言った。

「それに僕が呪いの話を打ち明けたとき、大して驚いていなかったんだよねぇ」

 夜が明けてから再びやってきたシェラは、冷静そのものだった。いくら一晩考える時間があったとはいえ、落ち着きすぎている。

 だが、彼女の冷静さに助けられたのも事実で。
 距離をとることを提案したが、受け入れてはもらえなかった。あの時、形だけでも夫婦でいることを提案したのは、少しでも繋がりを持っていたかったからだ。今考えても、本当に自分勝手だったと思う。

 だが、そんなルディオをなじるわけでもなく、見捨てることもせず、そばに居たいと言ってくれた。

 彼女がハサミを取り出したとき、最初は自分を殺すためなのかと思った。刃先を向けた先が彼女自身だと分かった時は、心臓が止まりそうになったほどだ。

 何故ハサミを持っていたのか後々問いかけたが、なんとなく必要だと思った、と曖昧に苦笑を浮かべていたの思い出す。

 あの冷たく薄暗い石の部屋でシェラを見たとき、ルディオはこう思った。

 ――ああ、夜明けはここにあったのだ

 呪いが発動するたび、朝日に焦がれた。
 徐々に空の色が変わっていき、窓から淡い光が差し込んでくる。
 日が昇る瞬間の朝焼けを、何度も見た。

 彼女の瞳の色は、それと同じ色をしているのだ。
 焦がれてやまない、朝日が昇る直前の空の色。

 それは、希望。

 シェラという存在が、ルディオにとっての希望になった瞬間だった。



 一冊の本を手に取り、目次を確認する。
 偶然目に留まった言葉に、ルディオは手を止めた。

「あの娘が普通じゃないのは最初から気づいていたけど、そろそろ無視できないんじゃないかい?」
「そうだな」

 シェラは離宮に連れ込んだ際、ルディオを見て黄金の獅子だと言った。あれは偶然ではないだろう。
 呪いを打ち明けた際の反応からしても、最初から知っていた可能性も考えられる。

 彼女が隠しているもの、抱えているものを知る必要があった。
 そしてそれはきっと、ヴェータという国に関係している。

「それで、最初の質問に戻るけれど、どうして君はこの場所に? 呪いのことを調べている訳ではないようだけど」

 ルディオが手に取った本を見て、ハランシュカは眉根を寄せた。
 目次に書かれている言葉を、指先でなぞりながら口に出す。

「ハラン、ヴェータの聖女信仰について、何か知っているか?」
「聖女信仰……ね」

 記憶を掘り起こしているのか、机の一点を見つめて考え込む。
 しばらくして、顔を上げて言った。

「ヴェータになる前までは、そういった風習が存在していたと聞いたことがあるねぇ」

 ヴェータはもともと、別の国を土台にして作られた国家だ。
 遥か昔、まだ魔法が珍しくなかった時代、ひとりの力の強い魔術師が作り上げたのが、ヴェータの元になった国だと言われている。

「魔法が世界から消え始めたころ、聖女という言葉が生まれたらしい。推測でしかないけれど、時代の移り変わりとともに、魔術師が聖女と呼ばれるようになったんじゃないかと思う」

 魔法の消えた世界で、魔法のような不思議な力を持つ者が現れたら、神や聖女などと崇められてもおかしくはない。

「なるほどな……今のヴェータの王族は、謀反を起こして元の国を奪い取ったと聞いてるが、国が変わった際に聖女信仰も失われたと考えるのが妥当か」
「それが自然だねぇ」

 ヴェータに変わる前は、独特な文化を持った、とても小さな国だったらしい。だが主君が変わると同時に次々と戦争をしかけ、領土を拡大する軍事国家へと変貌したのだ。
 軍事力など皆無だと思われていた国が、何故戦争に勝利できたというのか。

「もし、その聖女信仰とやらが失われたのではなく、隠されたのだとしたら、どう思う?」
「……ふむ。それは調べてみる価値がありそうだねぇ」

 ハランシュカはまた机へと視線を落とし、何かを考え始めたようだ。あとは彼が勝手に調べてくれるだろう。
 ルディオもいくつか気になる本を手に取り、向かいの席に座った。

「そういえば、おまえがあれを彼女に話すとは思わなかったな」
「あれ?」
「私が呪いを発動させて、川に落ちた彼女を引き上げたことだ」
「…………そんな話、してないけど」

 否定の言葉に、本を開きかけていた手が止まる。
 シェラはルディオが助けたことを知っていた。てっきりハランシュカが話したと思っていたのだが、そうではないのか。

 友人が嘘をつくことは考えられないし、彼女には騎士が引き上げたと伝えたはずだ。
 黙り込んだルディオを見て、ハランシュカは呟く。

「これはますます怪しいねぇ……」

 二人そろって机上を見つめ、仲良く溜め息を吐いた。

「君の奥さん、何者なの?」

 それは、こちらが聞きたいくらいだ。
 彼女が普通でないことなど、初めから分かっていた。分かっていて、そばに置いたのだ。
 それがどれほど危険なことかは、十分承知している。

「ハラン。ヴェータとは別件で、頼みたいことがある」
「未来の国王陛下の命令とあらば、なんだって致しますよ」

 続きを促すように、ルディオを見る。
 一度目を閉じて、古い記憶を思い出しながら言葉を紡いだ。

「母の故郷である北国フルカで、ここ二十年以内に起きた誘拐事件について、調べてくれ」

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