捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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3章

36 疑念 ①

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 たくさんの本が並ぶ一室。
 窓もないその部屋で目的のものを探すべく、ルディオは本棚を端から眺めていた。

「何をするのかと思ったら、また呪いについて調べるのかい?」

 ここは王城の近くにある、王立図書館。
 その最深部にある、関係者以外立ち入ることが許されていない資料室に、二人はいた。

「ハラン、何故ついてきた? 邪魔したいだけなら、追い出すぞ」
「まさか。傷心の王太子殿下が気になっただけさ」

 おどけた調子で言う友人を、きつく睨みつける。
 ハランシュカはわざとらしく慌てて、肩を竦めながら言った。

「ごめんごめん。正確には傷心になり損ねた、だったね」

 なにを指しているのかは分かっている。昨日、あの白い建物で起きたことを言っているのだろう。

「君を慰める言葉をいろいろと考えていたのに、全て無駄になったなぁ」

 冗談めかした言葉に、溜め息をつく。
 こんなやり取りはいつものことで、多少苛つきはするが呪いの引き金になるほどではない。それはハランシュカも分かっていて、ルディオを本気で怒らせないギリギリのラインで、毎回からかってくるのだ。

 嫌がらせとも言えない行為だが、面と向かって言ってくるのはハランシュカだけだ。
 仲のいい弟たちでさえ、ルディオに対しては気を遣っている部分がある。
 だからこそ、遠慮のない彼のそういったところに、助けられているのも事実だった。

「別に慰めてもらっても構わないが?」
「いやだね、面倒くさい」
「おまえな……」

 部屋に備え付けられている椅子に座り、腕と脚を組みながら、ハランシュカはつまらなそうに言った。

「それにしても、随分と丸く収まったもんだ」
「不満そうだな」
「そうでもありませんよ? ただ少し、腑に落ちないところがあってね」

 考え込むように、視線を空中へ投げる。
 その様子を本棚の隙間から覗きながら、問いかけた。

「どういうところが?」
「そうだねぇ……たとえばあの血のあとを見て、君を探しに行ったところとか。普通だったら、人を呼びに行くよねぇ」

 包帯の巻かれた己の右手を見て、当時の状況を思い出す。



 あの日、食事会の席で、ルディオは湧き上がる怒りを必死で抑えていた。

 アレストリアの政治を担う者の中には、ヴェータという国を根本から嫌っている者が少なくない。平和を愛する国が、戦争ばかり繰り返していた国に、良い印象を持たないのは当たり前だ。

 それ故、ヴェータの王女であるシェラを快く思っていない者も多かった。
 特に古い考えを持った高齢の高官たちは顕著で、遠慮のない言葉でルディオに詰め寄る。

『まさか、本当にヴェータの王女を娶るとは。王家の血筋に、あの野蛮な国の血を混ぜるのは感心しませんな』

『全くです。いくらヴェータとの仲を取り持つためとはいえ、正妻に据えるなど以ての外ですぞ。せめて側室にしなされ』

 これくらいならまだいい。そういう意見が出ることは、あらかじめ予想していたから。
 だが、次に言われた内容は、さすがに許容し難いものがあった。

『殿下、私からひとつ提案があるのですが、よろしいですかな?』
『提案?』
『ええ。親戚の伯爵家の息子がちょうど相手を探しておりましてな。ヴェータとの関係改善が済んだのちは、その王女を下賜していただくのは如何です? 王女の方が殿下に飽きたと噂を流せば、角は立ちますまい』

 その息子とやらはたしか四十を超えた、シェラにとっては親とも言えるような年齢だったはずだ。
 思わず馬鹿を言うなと怒鳴りつけそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

 ある程度のことは覚悟していたが、ここまで明け透けに言われるとは思っていなかった。よほどヴェータという国に嫌悪感があるのだろう。

 そして、彼らが悪意を持って言っているのではないことが、一番厄介だった。みなアレストリアを思うがために、進言してくるのだ。

 自分自身のことを悪く言われるのは気にならない。立場上、今までにいろいろと経験してきた。感情を抑える方法は心得ている。
 だが、それが大切な人のことになると、そうもいかないのだと分かってしまった。

 ひとつひとつの言葉は大したことはなくとも、積み重ねればそれは呪いの引き金になる。

 さすがにまずいと思い、体調不良を理由に抜け出すことにした。
 自室に戻り、落ち着くために飲み直そうかと手にとったグラスは、己の不注意で床へと落ちていく。

 積み重なった怒りの感情は、そんな些細な苛立ちで呪いが発動しそうなほど、膨れ上がっていた。

 咄嗟に割れたグラスの破片を強く握り、痛みでごまかす。
 ここにいてはまずいと思い、足早に部屋から立ち去った。

 まさか己の血の跡を頼りに、彼女につけられているとは思わなかった。冷静であれば気配に気づけたかもしれないが、あの時は自分の中の感情を抑えるのに必死だったのだ。

 ハランシュカの言う通り、あの血まみれの床を見たら、普通は人を呼ぶだろう。
 女性であればなおさら、血のあとを辿って後を付けようなどとは思わないはずだ。

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