捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

文字の大きさ
上 下
22 / 68
2章

22 隣にいてほしい人 ①

しおりを挟む


「体調はどうだい?」
「だるい」

 隣に座る、部下であり友人でもある男の質問に、気だるそうに馬車の背もたれに寄りかかりながら答えた。
 その顔は青白くも、頬のあたりが僅かに紅潮している。

「いくら人の姿でないと言えど、冬の川に飛び込んでそのまま十時間以上外にいたらねぇ……」

 当たり前だと、苦笑する男の顔を睨みつける。
 しかしその緑の眼光には、いつものような覇気は感じられなかった。

「ハラン。今はおまえの小言は聞きたくない」
「はいはい。すみませんね、ルディオ殿下」

 シェラが川に落ちてから丸二日。
 アレストリアの一行は国境検問所に併設されている宿舎を出発し、王都へと向けて移動を再開した。



 諸々のことを終えて、ルディオが宿舎に入ることができたのは、橋での事件が起きた翌日の昼過ぎだった。
 ベッドの上でルーゼと話をしているシェラを見た時は、本当に心から安堵した。目を覚ましたことは先に聞いていたが、実際この目で見るまでは現実だと実感できなかったのだ。

 たっぷりと睡眠をとったからか、彼女は思ったよりも体調が良いらしく、昼食をしっかりとっていた。

 だが、そんなシェラの回復とは逆に、今度はルディオが熱を出して倒れた。
 倒れたと言っても意識を失ったわけではない。要するに、風邪をひいたのだ。

『ちょっとルディ! だからとっとと休めって言ったじゃない! 朝になっても戻ってこないと思ったら……事後処理は全部ハランに任せておけばいいのよ!』

 ベッドに突っ伏したルディオに向かって、ルーゼがもの凄い剣幕で怒鳴ってくる。
 彼女が怒るのも仕方がない。それは、心から心配するが故の鞭なのだ。

『ハラン、あなたもどうして止めなかったの!?』
『待ってよルーゼ、僕はもちろん止めたよ? でもね、ルディがこれは自分の仕事だって言うから』

 今度は矛先を自分の夫へと変えて詰め寄る。
 ハランは困った表情を浮かべながら妻を宥めようとするが、その口から発せられる言葉は己の弁解のみだった。

 ルディオは大きく溜め息を吐きながら、掠れた声で言う。

『……分かった。反省しているから、二人とも少し静かにしてくれないか……頭に響く』

 熱のせいか、頭痛が酷い。
 二人の声が不協和音となって、さらに不快感が増していくばかりだった。

 そんな中で、ひんやりとした、小柄な女性の手のひらが額に添えられる。
 火照った身体から熱を奪っていくその手の感触がとても心地よく、そして――とても愛しかった。

『わたくしのせいで仕事を増やしてしまい、申しわけありません……』
『シェラ、君が悪いわけじゃない。むしろ謝るのは私の方だ。もっと注意して周囲を警戒していれば……』
『いえ、あれは仕方のないことです』

 彼女はどこか遠くを見つめるような顔をして言った。
 その表情にあの橋での事件について、何か知っていることがあるのかと聞きたいと言う思いもあったが、身体のだるさと頭痛が酷く断念せざるを得なかった。

 宿舎に戻ったルディオに、シェラが最初に聞いてきたことは、襲いかかろうとした騎士がどうなったのかだ。
 あの騎士は川に落ちた後、そのまま沈むように流されていった。捜索に向かった別の騎士たちから、下流のほうで遺体が見つかったと報告を受けている。

 それを聞いて、彼女は俯きながら『そうですか』と言ったきり、しばらく言葉を発することはなかった。

 自分のせいで、騎士を死なせてしまったと思ったのかもしれない。
 あの時の詳しい状況はあとで周りにいた者から聞いたが、彼女は騎士の不審な動きを素早く察知し、自ら止めようとしたらしい。

 身を挺したその行動にルディオは助けられたのだから、彼女が責任を感じる必要はない。
 責を負うべきは、注意を怠った自分の方だろう。

 慰めの言葉をかけようかと思ったが、シェラはすぐに気持ちを切り替えたのか、別の質問をしてきた。

『ルディオ様は、一晩中外で事後処理をされていたのですか?』
『まあ……そんなところだ』

 純粋に疑問に思ったのだろう。その質問には、曖昧に答えることしかできなかった。

 本当のことなど、言えるわけがない。
 この忌まわしい枷を、彼女に知られたくない。
 そう、思うようになってしまった。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...