21 / 68
2章
21 朝焼けに透ける
しおりを挟む
コツリコツリと石床の上を歩く靴音が聞こえる。
薄暗い廊下の先に見える、鉄格子のついた扉を目指して、シェラは歩みを進めていた。
また、この廊下。
以前ルディオの記憶の中で見たものと同じ。
これは――夢?
どうしてこの夢を見ているのか。
疑問に思いながらも歩いていると、ふとドレスのポケットに違和感を感じた。
なんだろうと手を差し込み、中にあったものを取り出してみる。
それは、鋭く尖ったハサミ。
何故こんなものを持っているのか。全く見当もつかなかったが、考えても仕方がない。
そのままポケットに戻し、前回と同様に冷たい鉄の扉をゆっくりと開く。向かい側にあった窓から光が差し込むのを感じ、眩しさに反射的に目を閉じた。
視界が暗転するのと同時に、そのままシェラの意識は闇の中へと沈んでいった。
「ん……」
次に目を開けると、知らない天井が見えた。
ぼんやりと薄暗い室内を見渡す。
どうやらベッドの上で横になっているようだ。
身体は鉛のように重たく、首を動かすのも億劫に感じる。
何か夢を見ていた気がするが、うまく思い出せない。頭がぼうっとして、思考がまとまらないのだ。
それにしても、ずっと同じ体勢で寝ていたのか身体が痛い。寝返りをうちたくてもそもそと動くと、突然大きな声が耳に響いた。
「シェラ様!?」
それは、護衛を担当してくれている、ルーゼの声だった。
彼女はベッドのふちに駆け寄ると、シェラの顔を上から覗き込んでくる。
「あぁ、よかった……お目覚めになられなかったらどうしようかと……」
どういう意味だろう。
自分はなにかしたのだろうか。
「あの、わたくしはどうしてここに?」
「覚えていらっしゃいませんか? 騎士と一緒に、川に落ちたこと」
「あ……」
ルーゼの言葉を聞いた途端、脳内で一気に記憶が蘇る。
そうだ、たしかレニエッタに支配された騎士を止めようとして、そのまま川に……
落ちた後のことはあまりよく覚えていない。
たしか、彼とハランシュカが言い争う声が聞こえて、そのあとに何かを見たような――
そこまで考えて、大事なことを思い出す。
「ルディオ様は無事ですか!?」
いまこの部屋の中にはルーゼしかいない。
彼は、ルディオはどうなったのか。
「……殿下は、ご無事です。ですが所用のため、今は別の場所におります」
「よかった……」
脱力するように、ベッドに沈み直す。
彼が無事であれば、それでいい。
少しして落ち着いてくると、いろいろな疑問がわいてきた。
「ここは、どこでしょうか? わたくしはどうやって助かったのですか?」
「この建物は国境を越えた先にある宿舎です。……シェラ様は、運良く川岸に流れ着いたところを、騎士たちが引き上げました」
「そう、ですか」
どうやら運が味方したらしい。
今までのシェラの人生は、不幸の連続のようなものだった。そのため、珍しいこともあるものだな、と感慨深く思ってしまう。
ルーゼが気を利かせて温かい飲み物を持ってきてくれたので、重たい身体をなんとか起こした。
カップを受け取りながら、さらに質問を続ける。
「どれくらい眠っていました?」
「シェラ様が川に落ちてから、12時間ほど経っています」
そう言われ、窓の外を見る。
たしか橋に到着したのが、夕方に差しかかる頃合いだった。ということは、今地平線の先にうっすらと見える光は朝日か。
何気なくその光を眺めていると、視界の端に見慣れないものが映る。
小高い丘の上に、人ではない何かがいた。
昇り始めた太陽の光を受けて、そのシルエットが徐々に鮮明になっていく。
それは、見覚えのある。
彼と初めて会った日に視た。
朝焼けに透けるように輝く、黄金色の――
「――獅子?」
「シェラ様」
はっとして窓から視線を外すと、ルーゼが険しい顔つきでシェラを見ていた。
「どうかされました?」
「いま、そこに――」
もう一度窓の外を見てみるも、丘の上には何者の姿もなく。ただ朝焼けの広がる空に、ゆっくりと太陽が顔を出そうとしているだけだった。
「そこに、何か?」
「あ……いえ、なんでもありません」
慌てて否定するも、ルーゼはしばらく難しい顔をして窓の外を眺めていた。
いま見たものは、幻か、それとも現実か。
どちらにしろ一瞬目にしたあれは、間違いなく黄金の獅子の姿だった。
そして、ひとつだけ言えることがある。
ルディオの記憶と思われた、朝焼けに照らされる獅子の映像。
あれは彼の記憶ではなく、シェラ自身の未来を映したものであったということ。
それが意味するものは――
「すみません、まだ少し身体がだるいので眠っても大丈夫ですか?」
「ええ。宿舎を発つのは明日以降の予定ですので、ゆっくりお休みください」
ルーゼの言葉に頷き、横になる。
なんだかいろいろありすぎて、少し疲れた。
ヴェータを発ってから体調は良い方だったのだが、さすがに真冬の川に落ちては、体力の回復には時間がかかりそうだ。
考えなくてはいけないことも沢山ある。
いま見た情景のこともそうだが、その前にも眠っている間に何か夢を見た気がする。
疲れているせいかうまく思い出せないが、とても大事なことのような――
眠ったらまた同じ夢を見られるかもしれない。
そんなふうに思いながら、再び眠りに落ちていった。
薄暗い廊下の先に見える、鉄格子のついた扉を目指して、シェラは歩みを進めていた。
また、この廊下。
以前ルディオの記憶の中で見たものと同じ。
これは――夢?
どうしてこの夢を見ているのか。
疑問に思いながらも歩いていると、ふとドレスのポケットに違和感を感じた。
なんだろうと手を差し込み、中にあったものを取り出してみる。
それは、鋭く尖ったハサミ。
何故こんなものを持っているのか。全く見当もつかなかったが、考えても仕方がない。
そのままポケットに戻し、前回と同様に冷たい鉄の扉をゆっくりと開く。向かい側にあった窓から光が差し込むのを感じ、眩しさに反射的に目を閉じた。
視界が暗転するのと同時に、そのままシェラの意識は闇の中へと沈んでいった。
「ん……」
次に目を開けると、知らない天井が見えた。
ぼんやりと薄暗い室内を見渡す。
どうやらベッドの上で横になっているようだ。
身体は鉛のように重たく、首を動かすのも億劫に感じる。
何か夢を見ていた気がするが、うまく思い出せない。頭がぼうっとして、思考がまとまらないのだ。
それにしても、ずっと同じ体勢で寝ていたのか身体が痛い。寝返りをうちたくてもそもそと動くと、突然大きな声が耳に響いた。
「シェラ様!?」
それは、護衛を担当してくれている、ルーゼの声だった。
彼女はベッドのふちに駆け寄ると、シェラの顔を上から覗き込んでくる。
「あぁ、よかった……お目覚めになられなかったらどうしようかと……」
どういう意味だろう。
自分はなにかしたのだろうか。
「あの、わたくしはどうしてここに?」
「覚えていらっしゃいませんか? 騎士と一緒に、川に落ちたこと」
「あ……」
ルーゼの言葉を聞いた途端、脳内で一気に記憶が蘇る。
そうだ、たしかレニエッタに支配された騎士を止めようとして、そのまま川に……
落ちた後のことはあまりよく覚えていない。
たしか、彼とハランシュカが言い争う声が聞こえて、そのあとに何かを見たような――
そこまで考えて、大事なことを思い出す。
「ルディオ様は無事ですか!?」
いまこの部屋の中にはルーゼしかいない。
彼は、ルディオはどうなったのか。
「……殿下は、ご無事です。ですが所用のため、今は別の場所におります」
「よかった……」
脱力するように、ベッドに沈み直す。
彼が無事であれば、それでいい。
少しして落ち着いてくると、いろいろな疑問がわいてきた。
「ここは、どこでしょうか? わたくしはどうやって助かったのですか?」
「この建物は国境を越えた先にある宿舎です。……シェラ様は、運良く川岸に流れ着いたところを、騎士たちが引き上げました」
「そう、ですか」
どうやら運が味方したらしい。
今までのシェラの人生は、不幸の連続のようなものだった。そのため、珍しいこともあるものだな、と感慨深く思ってしまう。
ルーゼが気を利かせて温かい飲み物を持ってきてくれたので、重たい身体をなんとか起こした。
カップを受け取りながら、さらに質問を続ける。
「どれくらい眠っていました?」
「シェラ様が川に落ちてから、12時間ほど経っています」
そう言われ、窓の外を見る。
たしか橋に到着したのが、夕方に差しかかる頃合いだった。ということは、今地平線の先にうっすらと見える光は朝日か。
何気なくその光を眺めていると、視界の端に見慣れないものが映る。
小高い丘の上に、人ではない何かがいた。
昇り始めた太陽の光を受けて、そのシルエットが徐々に鮮明になっていく。
それは、見覚えのある。
彼と初めて会った日に視た。
朝焼けに透けるように輝く、黄金色の――
「――獅子?」
「シェラ様」
はっとして窓から視線を外すと、ルーゼが険しい顔つきでシェラを見ていた。
「どうかされました?」
「いま、そこに――」
もう一度窓の外を見てみるも、丘の上には何者の姿もなく。ただ朝焼けの広がる空に、ゆっくりと太陽が顔を出そうとしているだけだった。
「そこに、何か?」
「あ……いえ、なんでもありません」
慌てて否定するも、ルーゼはしばらく難しい顔をして窓の外を眺めていた。
いま見たものは、幻か、それとも現実か。
どちらにしろ一瞬目にしたあれは、間違いなく黄金の獅子の姿だった。
そして、ひとつだけ言えることがある。
ルディオの記憶と思われた、朝焼けに照らされる獅子の映像。
あれは彼の記憶ではなく、シェラ自身の未来を映したものであったということ。
それが意味するものは――
「すみません、まだ少し身体がだるいので眠っても大丈夫ですか?」
「ええ。宿舎を発つのは明日以降の予定ですので、ゆっくりお休みください」
ルーゼの言葉に頷き、横になる。
なんだかいろいろありすぎて、少し疲れた。
ヴェータを発ってから体調は良い方だったのだが、さすがに真冬の川に落ちては、体力の回復には時間がかかりそうだ。
考えなくてはいけないことも沢山ある。
いま見た情景のこともそうだが、その前にも眠っている間に何か夢を見た気がする。
疲れているせいかうまく思い出せないが、とても大事なことのような――
眠ったらまた同じ夢を見られるかもしれない。
そんなふうに思いながら、再び眠りに落ちていった。
0
お気に入りに追加
821
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる