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2章
19 隠しごと
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離宮に戻ると、問答無用でルディオにベッドへと放り込まれた。
また抜け出さないようにと、彼はベッドサイドに持ってきた椅子に座り、何かの資料を取り出して見ていた。
横になったはいいものの、なかなか寝付けない。力を使った直後に比べ、何故か体力が回復しているのだ。
それに、目の前に彼がいるせいで、なんだか変に緊張してしまう。
昼間の明るさもあり、このまま寝入れば確実に寝顔を見られるだろう。そう思うと余計に恥ずかしさが込み上げてきて、眠れる気分ではなかった。
「眠くないのか?」
「あまり……」
「ふむ、なら少々聞きたいことがあるんだが」
首を傾けて続きを促すと、彼は改まった様子で口を開く。
「1年ほど前に周辺諸国で発生していた、貴族の娘が誘拐される事件について、君が知っていることはないか?」
知っているに決まっている。
あれは、ヴェータが主導して行っていたことだ。シェラに代わる、新たな聖女を探すために。
今まで聖女は、比較的身分の高い娘から見つかることが多かった。そのため、各国から王族や貴族の娘を集めていたのだ。
しかし、最終的にはシェラの力によって解決することになる。
バルトハイルの妃となる娘は、次の聖女である可能性が高い。兄の未来を視ることで、レニエッタを探し出したのだ。
そして、聖女の選定にはあの腕輪を使用する。
潜在的に力をもっている者は、腕輪を手に取った瞬間に能力を発現する。そうやって、シェラやレニエッタも聖女に選ばれてきた。
「わたくしは……存じておりません」
「そうか。実は誘拐された者の行方を追っていたら、最終的にヴェータに辿りついてな。何か知っていたらと思ったんだが」
知ってはいるが、答えることはできない。
シェラはすでにヴェータの王女ではなくなった。今後はアレストリアのために、知っていることを話すべきなのかもしれない。
でも、それは聖女のことも話さなければならないわけで――
シェラの力のことを知ったルディオがどう思うか、怖くて想像すらできなかった。
「今回わざわざヴェータまできたのは、この誘拐事件について探る目的もあったんだが……現状では手詰まりだな」
誘拐されてきた娘がどうなったのか、シェラは知らない。
他国から正式な手続きを経て娶った妃は、なんらかの理由をつけて、臣下に下賜されたと聞いている。
彼は少し残念そうなそぶりを見せながら、手に持っていた資料を近くの机に置いた。
「そういえば、今後のことについてだが」
「はい」
「とりあえずは数日様子を見て、雪が止めばすぐにヴェータを発つ。止まなければ雪道用の馬車と馬を借りることになった」
さすがにひと冬をヴェータで過ごすのは、現実的ではなかったのだろう。多少強引でも帰国する方を選んだようだ。
シェラが視た未来のとおりであれば、この先雪はやむはず。恐らくそのタイミングで、天候が悪化する前にヴェータを出るのだろう。
「わかりました。きっとすぐに止みます」
「だといいんだが」
窓の外では、まだまだ大粒の雪が降り続いている。
多少積もることは避けられないだろうが、あの映像からすると、朝までにはやむのではないかと思った。
「さて、眠れないなら添い寝でもしようか?」
「え!?」
今度は意地の悪い笑みでシェラを見る。
ここで『はい』と答えれば、本当にしてくれるのだろうか。
期待している自分が浅ましく思えたが、思いきって肯定してみることにした。
「お、おねがい、します」
一瞬目を見開いて、彼は口元に手をあてる。
「……そうくるとは、思っていなかった」
予想外のシェラの反応に、眉尻を下げて困ったような表情をする。
やっぱり冗談だったようだ。
それもそうだろう。彼はシェラに気持ちなどないだろうから。
「これで勘弁してくれ」
苦笑を浮かべながら、手の甲でシェラの頬に触れる。
「やはり、冷たいな」
冷え切った頬に、彼の体温がじんわりとしみてくる。
やっぱりルディオに触れられると、なんだかふわふわとした感覚になって、とても心地がいい。
急に押しよせてきた眠気に抗うことなく、シェラは眠りに落ちていった。
*
「ん……」
目を開けると、辺りは暗闇に包まれていた。
どうやら、あのまま夜中まで眠ってしまったらしい。
月明かりにうっすらと浮かぶ時計を見上げると、すでに日付が変わってからそれなりの時間が経っている。
こんなに眠るつもりはなかったのだが、久しぶりに力を使ったせいだろうか、思っていたよりも体力が落ちていたようだ。
ふと隣を見ると、いるはずの人物の姿がなかった。
この時間はいつもは寝ているはずなのに、どこに行ったのだろうか。
身体を起こそうとしたシェラの耳に、小さな話し声が聞こえてきた。
「行くのかい?」
「ああ、思ったより状態は良いんだが、昼間のこともあるし念のために散らしてくる」
それは、ルディオとハランシュカの声だった。
何やら部屋の外で、二人は会話をしているらしい。
「そう、気をつけて。万が一見つかったりしたら、大ごとになるからね」
「わかっている。今夜なら、雪が足あとを消してくれるだろう」
会話の内容に、次々と疑問符が浮かんでいく。
見つかる? 足あと? まったく意味がわからない。
もしかしたらこの会話は、シェラが聞いてはいけないものなのでは――
そう思うも、耳にしてしまったものはどうしようもなく。起き上がりかけた身体を、そのまま再びベッドに沈めた。
遠ざかる二つの靴音を聞きながら、思い出す。
昼間、見てしまったルディオの記憶。あれは何を意味していたのか。
思い返してみれば、彼と初めて会った日に視た記憶も不思議な内容だった。黄金の獅子が朝焼けのなか佇む、現実とは思えないような幻想的な情景。
先ほどの会話といい、彼にもシェラに隠していることが……?
もしそうだとしても、自分にそれを追求する権利はない。嘘で塗り固めているのは、シェラも同じだ。
こんな危うい関係、いつまで続くというのか。
そんなものはわからないけれども、できる限り長く彼のそばにいたいと思う。
考えれば考えるほど、良くないことが思い浮かんでしまう。考えないようにと眠ろうとしても、寝過ぎたせいかなかなか寝付けない。
結局朝日が登っても、ルディオが部屋に戻ってくることはなかった。
また抜け出さないようにと、彼はベッドサイドに持ってきた椅子に座り、何かの資料を取り出して見ていた。
横になったはいいものの、なかなか寝付けない。力を使った直後に比べ、何故か体力が回復しているのだ。
それに、目の前に彼がいるせいで、なんだか変に緊張してしまう。
昼間の明るさもあり、このまま寝入れば確実に寝顔を見られるだろう。そう思うと余計に恥ずかしさが込み上げてきて、眠れる気分ではなかった。
「眠くないのか?」
「あまり……」
「ふむ、なら少々聞きたいことがあるんだが」
首を傾けて続きを促すと、彼は改まった様子で口を開く。
「1年ほど前に周辺諸国で発生していた、貴族の娘が誘拐される事件について、君が知っていることはないか?」
知っているに決まっている。
あれは、ヴェータが主導して行っていたことだ。シェラに代わる、新たな聖女を探すために。
今まで聖女は、比較的身分の高い娘から見つかることが多かった。そのため、各国から王族や貴族の娘を集めていたのだ。
しかし、最終的にはシェラの力によって解決することになる。
バルトハイルの妃となる娘は、次の聖女である可能性が高い。兄の未来を視ることで、レニエッタを探し出したのだ。
そして、聖女の選定にはあの腕輪を使用する。
潜在的に力をもっている者は、腕輪を手に取った瞬間に能力を発現する。そうやって、シェラやレニエッタも聖女に選ばれてきた。
「わたくしは……存じておりません」
「そうか。実は誘拐された者の行方を追っていたら、最終的にヴェータに辿りついてな。何か知っていたらと思ったんだが」
知ってはいるが、答えることはできない。
シェラはすでにヴェータの王女ではなくなった。今後はアレストリアのために、知っていることを話すべきなのかもしれない。
でも、それは聖女のことも話さなければならないわけで――
シェラの力のことを知ったルディオがどう思うか、怖くて想像すらできなかった。
「今回わざわざヴェータまできたのは、この誘拐事件について探る目的もあったんだが……現状では手詰まりだな」
誘拐されてきた娘がどうなったのか、シェラは知らない。
他国から正式な手続きを経て娶った妃は、なんらかの理由をつけて、臣下に下賜されたと聞いている。
彼は少し残念そうなそぶりを見せながら、手に持っていた資料を近くの机に置いた。
「そういえば、今後のことについてだが」
「はい」
「とりあえずは数日様子を見て、雪が止めばすぐにヴェータを発つ。止まなければ雪道用の馬車と馬を借りることになった」
さすがにひと冬をヴェータで過ごすのは、現実的ではなかったのだろう。多少強引でも帰国する方を選んだようだ。
シェラが視た未来のとおりであれば、この先雪はやむはず。恐らくそのタイミングで、天候が悪化する前にヴェータを出るのだろう。
「わかりました。きっとすぐに止みます」
「だといいんだが」
窓の外では、まだまだ大粒の雪が降り続いている。
多少積もることは避けられないだろうが、あの映像からすると、朝までにはやむのではないかと思った。
「さて、眠れないなら添い寝でもしようか?」
「え!?」
今度は意地の悪い笑みでシェラを見る。
ここで『はい』と答えれば、本当にしてくれるのだろうか。
期待している自分が浅ましく思えたが、思いきって肯定してみることにした。
「お、おねがい、します」
一瞬目を見開いて、彼は口元に手をあてる。
「……そうくるとは、思っていなかった」
予想外のシェラの反応に、眉尻を下げて困ったような表情をする。
やっぱり冗談だったようだ。
それもそうだろう。彼はシェラに気持ちなどないだろうから。
「これで勘弁してくれ」
苦笑を浮かべながら、手の甲でシェラの頬に触れる。
「やはり、冷たいな」
冷え切った頬に、彼の体温がじんわりとしみてくる。
やっぱりルディオに触れられると、なんだかふわふわとした感覚になって、とても心地がいい。
急に押しよせてきた眠気に抗うことなく、シェラは眠りに落ちていった。
*
「ん……」
目を開けると、辺りは暗闇に包まれていた。
どうやら、あのまま夜中まで眠ってしまったらしい。
月明かりにうっすらと浮かぶ時計を見上げると、すでに日付が変わってからそれなりの時間が経っている。
こんなに眠るつもりはなかったのだが、久しぶりに力を使ったせいだろうか、思っていたよりも体力が落ちていたようだ。
ふと隣を見ると、いるはずの人物の姿がなかった。
この時間はいつもは寝ているはずなのに、どこに行ったのだろうか。
身体を起こそうとしたシェラの耳に、小さな話し声が聞こえてきた。
「行くのかい?」
「ああ、思ったより状態は良いんだが、昼間のこともあるし念のために散らしてくる」
それは、ルディオとハランシュカの声だった。
何やら部屋の外で、二人は会話をしているらしい。
「そう、気をつけて。万が一見つかったりしたら、大ごとになるからね」
「わかっている。今夜なら、雪が足あとを消してくれるだろう」
会話の内容に、次々と疑問符が浮かんでいく。
見つかる? 足あと? まったく意味がわからない。
もしかしたらこの会話は、シェラが聞いてはいけないものなのでは――
そう思うも、耳にしてしまったものはどうしようもなく。起き上がりかけた身体を、そのまま再びベッドに沈めた。
遠ざかる二つの靴音を聞きながら、思い出す。
昼間、見てしまったルディオの記憶。あれは何を意味していたのか。
思い返してみれば、彼と初めて会った日に視た記憶も不思議な内容だった。黄金の獅子が朝焼けのなか佇む、現実とは思えないような幻想的な情景。
先ほどの会話といい、彼にもシェラに隠していることが……?
もしそうだとしても、自分にそれを追求する権利はない。嘘で塗り固めているのは、シェラも同じだ。
こんな危うい関係、いつまで続くというのか。
そんなものはわからないけれども、できる限り長く彼のそばにいたいと思う。
考えれば考えるほど、良くないことが思い浮かんでしまう。考えないようにと眠ろうとしても、寝過ぎたせいかなかなか寝付けない。
結局朝日が登っても、ルディオが部屋に戻ってくることはなかった。
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