捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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2章

17 内緒の作戦 ②

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「どうして……あなたが、ここに?」
「それはあたしの台詞だと思うんですけど」

 たしかに、この通路の先にあるものは聖女に関係している。
 レニエッタがここにいてもおかしくはないのだが、あの扉の先は、聖女でさえも自由に出入りできないのだ。

「わたくしは、気になることがあって……」

 言葉を濁したシェラを見て、レニエッタは話し始める。

「もしかして、昨日のことですか? やっぱりシェラさまも気になってたんですね、あたしの力があの王太子にきかなかったこと」

 シェラの言葉を勝手に解釈したようだ。本当の理由は違うのだが、ここは彼女の勘違いにのることにした。実際レニエッタが言うことも気になっていたのは事実だ。

「え、えぇ、そうなの」
「あたしもびっくりしました。それで、昨日使ったあれが、もしかしたら偽物だったんじゃないかって思って、確かめにきたんです」

 彼女の言葉に納得する。
 昨日レニエッタが使った力が本領でなかったのだとしたら、ルディオがその力を跳ね返したとしても不思議ではない。聖女の力は、それだけでは万能とは言えないのだ。

「シェラさまがいてくれてちょうど良かった。あたしじゃまだ、あれを見ただけで本物かどうかわかりませんけど、長いこと使ってきたシェラさまなら、さすがに判断できますよね?」
「そう、だけど……どうやってあそこを通るつもり?」

 問いかけると、レニエッタは無邪気に笑って言う。

「そんなの、決まってるじゃないですか。あたしの力を使えば、ちょちょいのちょいですよ」
「安易に力を使うのはやめなさい」
「でも、そうしないと無理ですよ? シェラさまもどうしようもできないから、ここで覗いてたんですよね?」

 図星を突かれ、言葉に詰まる。
 レニエッタの言うとおりである。この少女の怖いところは、聖女の力だけではなく、頭の回転が速いことだ。幼さの残る雰囲気とは反対に、異様に鋭い部分がある。

「あたしに任せてください。ちょっと力を使うだけですから、大丈夫ですよ」

 レニエッタは言うなり、兵士の前に歩いていく。
 反論できないでいたシェラは、仕方なく彼女の後に付いていった。

「レニエッタ王妃殿下!? 何か御用ですか……?」

 突然現れた王妃に、動揺を滲ませながら兵士が問いかける。

「お疲れさまです! お二人に差し入れがあるので、手を出してもらえますか?」
「差し入れですか……?」

 困惑しながらも二人の兵士は片手を差し出す。レニエッタは両手で一人ずつの手を取り、にこりと笑った。

「休憩時間のプレゼントです。しばらく寝ててください」

 最後まで言い終わる前に、兵士は崩れるように床に倒れ込んだ。

「ふふ、ずっと操るのは大変ですけど、眠ってもらえば、一瞬力を発動するだけでいいってことに気付きました」
「そ、そう……」

 一連の流れを見ていたシェラは、なんともいえない顔をするしかなかった。
 本当に恐ろしい力だ。でも、味方であれば心強くもある。

 兵士が完全に眠っていることを確認して、二人は扉を開き中に入る。
 部屋の中央には黒い台座が設置されており、その上にひとつの腕輪が置かれていた。

 赤いルビーを中心に、その回りは小さなダイアモンドがあしらわれている。腕をかける部分は金細工でできた、女性ものの腕輪だ。

「ここからはシェラさまのお仕事ですよ」

 促され、台座の前に立つ。

 これは、ただの宝飾品ではない。
 聖女の力に関係する道具だ。
 これをつけて力を使うと、普段よりも強い状態で発動できる。

 昨夜レニエッタはこの腕輪を使用していたようだ。それでも、ルディオを支配することはできなかった。
 そのため、腕輪自体が偽物だったのではと考えたらしい。

 薄暗い室内で、妖しくきらめく腕輪を手に取る。
 何度も使用してきたシェラには、触れた瞬間にこれが本物であることがわかった。

 でも、それは言葉には出さない。
 言ってしまえば、そこでレニエッタの目的が達成されてしまうからだ。偽物かどうか探るふりをして、未来を視なければ――

 腕輪を装着し、目をつむる。
 懐かしい感覚が身体を駆けめぐり、次に目を開いた時に見えたのは、一面の青空だった。



 馬車に乗り込む数人の人影が見える。
 遠目からの映像だが、おそらくはアレストリアの一行だろう。
 地面の端のほうに溶けきっていない雪のかたまりが見えたが、馬車の進行に支障はなさそうである。

 いま見えている光景は間違いなく、いずれやってくる未来だろう。この様子では、無事にヴェータを経つことができそうだ。

 このまま未来を追いかけようとしたシェラだったが、強くからだを揺さぶられるような感覚を受け、視界が現実へと戻る。

「シェラさま、いつまで呆けてるんですか? それ、本物でした?」

 どうやら腕輪を持ったまま動かなくなったシェラを不審に思い、レニエッタが肩を揺すってきたようだ。怪訝な表情で、シェラの顔を覗き込んでいる。

 まだ少しだけぼんやりとしている思考を無理やり覚醒させ、彼女の疑問に答えた。

「……これは、本物だわ」
「そうですか。じゃあやっぱり、あたしの力はちゃんと発動してたんですね。あの王太子、何者ですか?」

 何者かと問われても、それはシェラのほうが聞きたいくらいだ。

「原因がわからないなら、下手に近づかない方がいいわ。もう、ルディオ様に手を出すのはやめておきなさい」
「牽制ですか? 仕方がないですね。バルトハイルさまにも、むやみに力を使うなと言われてますし、今回は見逃してあげます」

 暗にこれ以上関わるな、という意味を込めたシェラの言葉をレニエッタは理解したようで、不機嫌な顔を見せながらも頷いた。

 聖女の力は使えば使うほど寿命を縮める。力の強いレニエッタを、できるだけ長く聖女として置いておくには、不必要なことで力を使わせないようにするしかない。
 そのため、バルトハイルは直接釘を刺したのだろう。

「あたしの目的は終わったので、見張りが起きないうちに出ますよ。シェラさまが気になっていたことはわかりましたか?」

 嫌な笑みを浮かべて言ったその言葉からして、シェラがここに来た目的を、彼女は最初からわかっていたのかもしれない。先ほど未来視を無理やり中断してきたのも、たぶんわざとだろう。

「おかげさまで」

 皮肉をこめて答えると、レニエッタはくすくすと笑いながら部屋を出て行く。
 このまま彼女と一緒に出ないと兵士を起こされる可能性もあるため、仕方なくシェラも続いた。

「それじゃあ、あたしは部屋に戻りますので。ごきげんよう、シェラさま」

 わざとらしくお辞儀をして、レニエッタは曲がり角の先に消えていった。

 彼女の後ろを歩いていたシェラは、途中でピタリと歩みを止める。
 いま引き返せば、見張りの兵士はまだ寝ているはずだ。あの未来の続きを視ることができるかもしれない。

 そう思い立ち、くるりと方向転換したシェラの腕を誰かが掴んだ。
 そのまま引っ張られ、壁に押しつけられる。

「――っ!?」

 何が起きたのかと見上げた先には、新緑色の瞳を細め、睨むようにシェラを見下ろすルディオの姿があった。

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