捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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2章

16 内緒の作戦 ①

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 羽のような真っ白な雪が、ひらひらと舞い降りてゆく。
 いくつにも重なった結晶が空から落ちてくる光景は、何度見てもきれいだと思う。

 雪は嫌いではない。
 幼いころからずっと見てきた。
 地面を少しずつ白く染めていくその様は、今はもう、薄れてしまった遠い記憶を思い起こさせる。

 窓際の椅子に腰掛け、シェラは外を眺めていた。

「どんどん酷くなりますね……」

 隣に立って、同じように窓の外を覗いていたルーゼが言う。
 昨夜から降り始めた雪は止むことはなく、いまだに降り続いている。だんだんと勢いも増してきており、地面には薄っすらと白い絨毯が出来始めていた。

「この勢いだと、ある程度積もりそうですね」

 頷きながら言うと、ルーゼは眉を寄せる。

「困りましたね。無事に条約も締結できて、早めに帰国できるかと思っていたのですが……このままだと、滞在が長引きそうです」
「あまりのんびりしていると、本格的に雪の降る季節にもなってしまいますし、早めに止むといいのですが……」

 二人で仲良く溜め息をつく。
 さすがにひと冬をヴェータで越すのは無理があるだろう。
 アレストリアの人たちからしたら、敵国の根城で数か月を過ごすなど、気が休まらないはずだ。いくら条約を締結したといっても、正直ヴェータでは何があるかわからない。

 聖女レニエッタという厄介な存在もいることだし、シェラとしてもできるだけ早くこの国を出たいと思っていたのだが……

「殿下はその辺りのことも、バルトハイル王と打ち合わせをしてくるようです」

 ルディオはハランシュカと一緒に、朝から主城に出向いている。
 条約の内容について、詳しい取り決めをしてくると言っていた。ルーゼの言葉からするとそれだけではなく、今後の滞在についても話してくるのだろう。

 雪が舞う空を見る。
 これが止まなければ、安易に馬車は出せない。
 目の前に広がる、白い景色が終わるのをただ待つだけ。

 そんな中で今のシェラには、ルディオのためにできる事がひとつだけある。
 それは、未来を視ること。
 無事にアレストリアに帰れるのか、この先なにか困難が待ち受けていないか、それを事前に知ることができれば回避も可能だ。

 聖女の力を失いかけているシェラには、まともに未来を視ることはできない。
 しかし、ひとつだけ方法があった。
 それを実行するには、主城の奥にある場所まで行かなければならない。

 今のシェラがあの場所に行くのは危険が伴うだろう。さらに聖女の力を使えば、生命力を消費することにもなる。

 それでも、彼のためになるのであれば、身を削ってでもやる覚悟はあった。

「お手洗いに行ってきます」

 ルーゼが頷いたのを確認して席を立ち、部屋を出る。
 これから行こうとしている場所に、彼女を連れてはいけない。ルディオの言いつけをやぶることになり罪悪感はあるが、一人で抜け出すしかないのだ。

 離宮の入り口までくると、警備の騎士に声をかけられる。

「どうされました?」
「ルディオ様に呼ばれているので、主城まで行ってきます。警備、ご苦労さまです」

 ぺこりとお辞儀をして、早足で外に出る。
 声をかけられることは想定していたので、もともと抜け出すための嘘は考えていた。騎士は首を傾げながらも、いってらっしゃいませと見送ってくれた。

 スカートの裾を持ち上げ、滑らないように気を付けながら進む。
 雪の積もり始めた石畳の上は歩きづらかったが、なんとか主城まで辿り着けた。

 身体についた雪をはらいながら、入り口を通り過ぎる。今度はヴェータ側の警備兵が出迎えてくれたが、こちらはシェラがいることに疑問をもたなかったようで、何も聞かれることはなかった。
 もともとシェラはヴェータの王女である。城内を歩いていても、おかしいことはない。

 だが、そう言ってられるのも途中までだ。
 いま目指している場所は城内の最奥にあり、警備が敷かれている。いくらシェラが王族だとしても、あの場所には現王とそれに近い立場の者しか立ち入ることができない。

 廊下の角から、通路の先にいる警備兵を見る。目的の扉の前に、兵士は二人。
 ここまでは、人目に触れないようになんとか来れた。だがこの先は、簡単に進めないだろう。

 どうしようかと、頭をフル回転させて考えていたシェラの背中に、声がかかる。

「シェラさま、スパイごっこですか? あたしも混ぜてくれません?」

 思わず肩を大きく揺らしくて、振り返った。
 驚きすぎて止まりかけた心臓に手をあてながら、小声で名前を呼ぶ。

「レニエッタ!?」

 そこにいたのは赤い髪に黒い瞳を持つ、新たにこの国の聖女となった少女の姿だった。

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