15 / 68
2章
15 眠れない夜に
しおりを挟む離宮に戻ると、ルーゼが出迎えてくれた。
彼女は泣きはらしたシェラの顔を見て、眉を寄せて詰め寄るように言う。
「ルディ! あなた泣かせたの!?」
「私のせいではないと思うんだが……」
少しだけ慌てたようなそぶりを見せて、ルディオが答える。
真意を問うようにルーゼが顔を覗き込んできたので、ぎこちなく笑顔を作った。
「私が勝手に落ち込んで、勝手に泣いたんです」
そうだ。
自分が勝手に彼を好きになって、先のなさに一人で泣いただけだ。ある意味彼のせいとも言えるが、涙の原因は自分自身の問題である。
このまま気持ちを隠すべきか、それとも打ち明けるべきか。
どうせ短い命なら、想いのままに行動してもいいのかもしれない。
そもそも、ルディオとはすでに夫婦なのだ。自分の夫を好きになることに、なんの罪があるというのか。
もともと婚姻を提案してきたのは彼の方だし、シェラの気持ちを想定していた可能性だってある。むしろ、そうだったら良いとさえ思う。
思いっきり泣いたからか、妙に頭がすっきりしてきた。
ルーゼが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、だんだんと開き直り始めた自分の思考に、心のうちで苦笑をもらした。
「夜会は途中で抜けてしまってよかったんですか?」
問いかけると、隣に座った彼はさして気にした様子もなく言う。
「後のことはハランに任せてきた。あいつがなんとかするだろ」
「そうですよ、シェラ様。面倒なことは、あのおじさんに任せておけばいいのです」
ルーゼの言葉に、思わず紅茶を吹き出しそうになる。
「あの……ハランシュカさんはおいくつなんですか?」
見た目からしたら、間違いなくおじさんと言われるような年齢ではない気がするが、そう言われると気になってしまうのも事実で。
失礼かとも思いながら尋ねると、ルーゼは素直に答えてくれた。
「私よりふたつ上なので、29歳ですね。シェラ様からしたら、もうおじさんでしょう」
シェラよりちょうど10歳年上らしい。たしかにそれなりに離れてはいるが、それをおじさんと言って良いものなのか。
疑問を浮かべていると、ルディオが口を挟む。
「ルーゼ、私たちもハランとは二つしか変わらないんだぞ? あいつがおじさんなら、私とおまえも似たようなものになると思うが」
「十分わかってるわよ。だから若い奥さまに嫌われないように気をつけることね。泣かせたらぶん殴るから」
ルーゼの剣幕に、ルディオは少したじろいだ様子を見せ、無言で頷いた。
彼の身の安全ためにも、今後人前ではなるべく涙を見せないようにしようと心に誓う。
和やかとは言えないような会話を楽しみつつ、冷えきった身体を温めた。そのあとは湯浴みを済ませ、彼と同じベッドに入る。
横になり一息つくと、いろいろと考えてしまう。
気づいてしまった自分の気持ちもそうだが、それ以上に重要なことがある。
ルディオが、レニエッタの力の影響を受けなかったことだ。
長いあいだシェラは聖女として力を使ってきたが、こんなことは初めてなのだ。どうしてなのか、全く見当もつかない。
もう一度彼の記憶を覗けば、何かわかるかもしれない。でも、そんなことはしたくなかった。
誰だって隠しごとの一つや二つはある。そういうものを、今まで何度も視てきた。
最近はなぜか体調も良いし、力も安定してきている。そのおかげか、彼に触れても勝手に記憶が流れ込んでくることはない。
記憶を覗いたところで何かが分かるという保証もないし、倫理に反することはしない方がいいだろう。
そこまで考えて、さすがに眠ろうと目をつむってみるが、なかなか寝付けなかった。
泣いて疲れているはずなのに、いろいろとありすぎたせいで、頭が完全に冴えているのだ。
ふと隣を向くと、シェラとは反対側を向いて、横になっているルディオの背中が見えた。
ベッドに入ってから30分くらいは経っている気がするし、さすがにもう寝入っているだろうか。規則正しく上下に動く肩の様子からして、恐らくはそうだろう。
起こさないように、もそもそとベッドの上を移動する。
近づいた広い背中に、そっと頭を寄せて額で触れてみた。布越しに伝わる熱が、なんとももどかしい。
あなたの腕の中で眠りたいと言ったら、なんて思われるだろうか。
たった数日での心境の変化に、はしたないとなじられるかもしれない。
「ルディオさま……」
あとどれくらいの時間が残されているのかは、分からない。
けれど、後悔のないように生きよう。
そう決意しながら、夢の中へと落ちていった。
0
お気に入りに追加
821
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる