捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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2章

15 眠れない夜に

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 離宮に戻ると、ルーゼが出迎えてくれた。
 彼女は泣きはらしたシェラの顔を見て、眉を寄せて詰め寄るように言う。

「ルディ! あなた泣かせたの!?」
「私のせいではないと思うんだが……」

 少しだけ慌てたようなそぶりを見せて、ルディオが答える。
 真意を問うようにルーゼが顔を覗き込んできたので、ぎこちなく笑顔を作った。

「私が勝手に落ち込んで、勝手に泣いたんです」

 そうだ。
 自分が勝手に彼を好きになって、先のなさに一人で泣いただけだ。ある意味彼のせいとも言えるが、涙の原因は自分自身の問題である。

 このまま気持ちを隠すべきか、それとも打ち明けるべきか。
 どうせ短い命なら、想いのままに行動してもいいのかもしれない。

 そもそも、ルディオとはすでに夫婦なのだ。自分の夫を好きになることに、なんの罪があるというのか。
 もともと婚姻を提案してきたのは彼の方だし、シェラの気持ちを想定していた可能性だってある。むしろ、そうだったら良いとさえ思う。

 思いっきり泣いたからか、妙に頭がすっきりしてきた。

 ルーゼが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、だんだんと開き直り始めた自分の思考に、心のうちで苦笑をもらした。

「夜会は途中で抜けてしまってよかったんですか?」

 問いかけると、隣に座った彼はさして気にした様子もなく言う。

「後のことはハランに任せてきた。あいつがなんとかするだろ」
「そうですよ、シェラ様。面倒なことは、あのおじさんに任せておけばいいのです」

 ルーゼの言葉に、思わず紅茶を吹き出しそうになる。

「あの……ハランシュカさんはおいくつなんですか?」

 見た目からしたら、間違いなくおじさんと言われるような年齢ではない気がするが、そう言われると気になってしまうのも事実で。
 失礼かとも思いながら尋ねると、ルーゼは素直に答えてくれた。

「私よりふたつ上なので、29歳ですね。シェラ様からしたら、もうおじさんでしょう」

 シェラよりちょうど10歳年上らしい。たしかにそれなりに離れてはいるが、それをおじさんと言って良いものなのか。
 疑問を浮かべていると、ルディオが口を挟む。

「ルーゼ、私たちもハランとは二つしか変わらないんだぞ? あいつがおじさんなら、私とおまえも似たようなものになると思うが」
「十分わかってるわよ。だから若い奥さまに嫌われないように気をつけることね。泣かせたらぶん殴るから」

 ルーゼの剣幕に、ルディオは少したじろいだ様子を見せ、無言で頷いた。
 彼の身の安全ためにも、今後人前ではなるべく涙を見せないようにしようと心に誓う。

 和やかとは言えないような会話を楽しみつつ、冷えきった身体を温めた。そのあとは湯浴みを済ませ、彼と同じベッドに入る。

 横になり一息つくと、いろいろと考えてしまう。
 気づいてしまった自分の気持ちもそうだが、それ以上に重要なことがある。

 ルディオが、レニエッタの力の影響を受けなかったことだ。
 長いあいだシェラは聖女として力を使ってきたが、こんなことは初めてなのだ。どうしてなのか、全く見当もつかない。

 もう一度彼の記憶を覗けば、何かわかるかもしれない。でも、そんなことはしたくなかった。
 誰だって隠しごとの一つや二つはある。そういうものを、今まで何度も視てきた。

 最近はなぜか体調も良いし、力も安定してきている。そのおかげか、彼に触れても勝手に記憶が流れ込んでくることはない。
 記憶を覗いたところで何かが分かるという保証もないし、倫理に反することはしない方がいいだろう。

 そこまで考えて、さすがに眠ろうと目をつむってみるが、なかなか寝付けなかった。
 泣いて疲れているはずなのに、いろいろとありすぎたせいで、頭が完全に冴えているのだ。

 ふと隣を向くと、シェラとは反対側を向いて、横になっているルディオの背中が見えた。
 ベッドに入ってから30分くらいは経っている気がするし、さすがにもう寝入っているだろうか。規則正しく上下に動く肩の様子からして、恐らくはそうだろう。

 起こさないように、もそもそとベッドの上を移動する。
 近づいた広い背中に、そっと頭を寄せて額で触れてみた。布越しに伝わる熱が、なんとももどかしい。

 あなたの腕の中で眠りたいと言ったら、なんて思われるだろうか。
 たった数日での心境の変化に、はしたないとなじられるかもしれない。

「ルディオさま……」

 あとどれくらいの時間が残されているのかは、分からない。
 けれど、後悔のないように生きよう。
 そう決意しながら、夢の中へと落ちていった。

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