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2章
11 いざ夜会へ
しおりを挟むその場が大きなざわめきに包まれる。
ある者は歓声を上げ、またある者は口を開けたまま立ち尽くす。
一層騒がしくなった人だかりの中心に、二人はいた。
ここはヴェータの王城内にある、一番大きなホール。
煌びやかな装飾が施された会場で、盛大な夜会が開催されていた。
出席者はヴェータの大貴族がほとんどで、そこに数名のアレストリアからきた者たちが混ざっている。身分の高い騎士は礼服に身を包み、そうでない者は警護の名目で会場に出入りしていた。
薄い水色のドレスを着たシェラの胸元には、大きな緑色の宝石が輝いている。
このペンダントを目立たせるために、肩を出すタイプのドレスを選び、ふわふわの銀髪は後ろでひとつにまとめた。
愛想笑いを振りまきながら、隣に立つ人物を見上げる。
そこには黒に近い、紺色の礼服を着たルディオがいた。肩口で緩めにまとめた長い金髪が、濃い色の服にきれいに映える。さらさらの髪を縛るリボンは、シェラの髪と同じ銀色だ。
夜会が始まる前、彼はこんなことを言っていた。
『本当は、君の瞳と同じ色のものを私も身につけようと思ったんだが、どの色を選ぶべきか迷ってしまってやめたんだ』
シェラの瞳の色は独特な色合いをしていた。
虹彩のふちの部分は深い青色なのだが、瞳の中心にいくにしたがって、紫からピンク色に変わるグラデーションになっている。まるで、朝日が登る直前の、空の色を表しているようだった。
角度によっては紫にも青にも見えてしまうため、ルディオが迷ってしまうのも仕方がない。
『こんなものしか用意できなかったが、ないよりはましだろう』
そう言って自身の髪を結う、銀色のリボンを指し示した。
それを見て、なんとも言えない気持ちになる。
彼がシェラの色を身に着けようとしてくれたことは、素直に嬉しい。しかし、これも二人の関係をアピールするためのもので、そこにきっと他意はない。
当たり前のことなのに、なぜか胸の内側でもやもやしたものが晴れなかった。
実際、会場内に入場した二人を見て、どよめきが起きたのは事実だ。
お互いに相手の色をまとい、仲睦まじく手を取り歩く。
あまりにも喧騒がひどくなったため、予定を前倒しして二人の婚約を発表したのが、つい先ほどのことである。
ヴェータの貴族が驚くのも無理はない。つい最近まで、二国はいつ戦争が起きてもおかしくない状態だったのだ。
そんな中での、アレストリアの王太子と、ヴェータの王妹の婚約発表である。
ヴェータは長いあいだ戦争を続けてきた影響で、国全体が疲弊している。そのせいか、戦争を起こさずしてアレストリアと良好な関係を築くことに、好意的な者も多く見受けられた。
しかし、やはり中には納得できない者もいるようで、不満をあらわにした顔で、睨みつけるように二人を見てくる者もいる。
そういった者たちは、主に身分の高い執政者が多いようだった。きっとヴェータの国政を担っている者のほとんどが、アレストリアを支配下に置きたいという考えなのだろう。
「兄がすんなり婚約発表を許してくれるとは、思っていませんでした」
小声で話しかけると、ルディオは苦笑を浮かべる。
「おそらくだが、予想していたんだろう。この機会を逃す意味はないからな」
「だとしたら、余計に何か手を打ってきそうですが……」
夜会を中止するなりして、この場を潰すことはいくらでもできたはず。
あのバルトハイルが大人しく二人の婚姻を容認するとは、どうしても思えなかった。
「……そうだな、今後何か仕掛けてくるかもしれない。用心に越したことはないから、君も気を付けておいてくれ」
「はい」
頷きながら、少し離れたところにいる兄に視線を向ける。
ヴェータの貴族に囲まれながら、二人の婚約について話しているようだった。
シェラたちのもとにも、何人かの貴族が話しかけたそうに近づいてくるのだが、そのほとんどがルディオを見て引き返してしまう。
彼は人前に出るとかなり印象が変わるのだ。威圧感があるというか、人を近づかせない雰囲気をまとう。
シェラも最初は震えだしそうになった。身長の高さもあり、大型の猛獣に見定められているような気分になるのだ。
あの獰猛な目つきは、初めて会った彼がシェラを見たときと、全く同じものだった。
「しかし、見違えたな」
「え?」
彼は先ほどまでの威圧感を消して、シェラに笑いかける。
「ずいぶんと大人っぽく見える」
その言葉に嬉しさがこみ上げる。
ルディオの隣に立っても違和感がないように、今日は自分なりに工夫をしてきた。
ドレスは大人びたエンパイアラインのものを選び、化粧も派手すぎず地味すぎず、なるべく大人の女性に見えるように自分で施した。
今まで聖女としての仕事にかかりきりで、娯楽と呼べるようなものを与えてもらえなかった。しかし、夜会に参加する機会は度々あったので、用意されていた化粧道具で遊び始めたのが、趣味になったのだ。
シェラは特に童顔なため、年上の彼にふさわしいように張りきったのだが、認めてもらえたようでとても嬉しかった。
「普段も可愛いが、今日は特別きれいだな」
思わず頬が赤く染まる。
お世辞だとわかっているのに、心が躍るのを止められなかった。
「っ……ありがとう、ございます」
高鳴る鼓動を隠すように、胸に手をあてて俯き気味に礼を言う。
「せっかくだから、踊るか?」
「はっはい」
ダンスは得意と言うほどではないが、ひと通りはできる。
差し出された彼の手を取ろうとしたとき、低い声に呼び止められた。
「ルディオ王太子、少しいいかな?」
昨日とは打って変わって、柔和な雰囲気をまとったバルトハイルが近づいてくる。完璧に作り上げた、王の顔だった。
「君と話したいという者が多くてな。条約を締結することが決まったんだ。しばらく顔を貸してもらえないか?」
そう。驚いたことに、昨日の会議で無事に平和条約の締結が決まったのだ。
反対する者も多かったようだが、最終的にバルトハイルの意向で決定したらしい。
兄の行動にますます不信感が強くなる。いったい何を考えているのか、全くわからない。喜ばしいことのはずなのに、なぜか逆に背筋が凍るような感覚を覚えた。
「シェラも一緒で構いませんか?」
「いろいろと難しい話もあるから、妹は外してもらえると助かる」
外交上の話もあるなら、シェラはいないほうがいいだろう。やんわりと拒否したバルトハイルの言葉に、ルディオは仕方なくといった様子で頷いた。
「わかりました。シェラ、なにかあったらルーゼを頼ってくれ」
「はい、いってらっしゃいませ」
バルトハイルの方へと歩いていく、彼の背中を見送る。二人はそのまま、人だかりの中へと消えていった。
ルディオが言ったように、会場内にルーゼもいるはずだ。
彼女も今日はドレスを着て、パートナーと一緒に参加すると言っていた。しかし、別々に入場したため、いまだに会場内で会えてはいない。
ルディオとシェラは目立つ存在だったため、ルーゼの方から来てくれることを待った方が確実かもしれない。優秀な護衛である彼女は、どこか離れたところから見ている可能性もある。
とりあえずは人の少ない方へと歩き出したところで、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「シェラさま」
びくりと身体を震わせて、声のしたほうを見る。
「少し、お時間よろしいですか? 裏切り者の、シェラさま」
赤毛の少女が、刺すような目つきでシェラにほほ笑みかけた。
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