捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら

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1章

4  既成事実

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「いま、なんと……?」

 よほど驚いたのか、手を引こうとした中途半端な姿勢で彼は言う。

 いま視えたものは過去か未来か、それとも彼の記憶か。
 シェラの力は、視ること。
 対象の過去や未来を、映像として脳内で視ることができてしまう。

 現在のシェラの力はかなり不安定で、視ようとしなくても映像が流れ込んでくることがある。
 視えたとしてもかなり不鮮明で、内容がはっきりとわからないことも多い。
 そんな状態の中で認識できたものは、黄金色のたてがみが朝焼けに透けるように輝く、大きな獣の姿だった。

 あまりにも幻想的なその光景に、思わず声をもらしてしまったのだ。

 見開いた瞳をスッと細め、眉間に深くしわを刻みながら、ルディオは再度問いかけた。

「なぜ、そう思った?」
「そ、れは……」

 口にしてしまったことを撤回できるはずもなく。
 睨みつけるようにシェラを見たルディオに、思わず身体が竦む。

 あの黄金色の獣と、彼がどう関係しているのか、先ほどの映像からは分からない。だがこの反応を見ると、なにかしらの関係があると察せられた。
 経験則からして、勝手に流れ込んでくる映像は、その人が強く縛られているものであることが多い。
 これ以上は踏み込まない方がいいだろう。

「あなたの長い金色の髪が、昔絵本で見た、黄金のたてがみを持つ獅子ライオンに似ていたので……」

 多少不自然ではあるが、なんとか言い訳をする。
 シェラの朝焼け色の瞳をじっと見つめていた彼は、少しして目を逸らした。

「獅子……か。確かに、似ているかもな」

 俯くように視線を落とす。
 室内が沈黙に包まれ、なんとも言えない居心地の悪さを感じていると、ルディオが口を開いた。

「話を戻すが、本当に君を私の妻として迎えていいんだな? 祖国を離れることになるが」

 再びやわらかい雰囲気をまとい、話題を変える。
 緊迫した空気が解けていくのを感じ、ほっと胸を撫でおろした。

「ええ、構いません」

 この国から離れられるのであれば、むしろ本望だ。
 行く先に何が待ち受けているのかはわからない。未来を視ようにも、今のシェラではまともに力を使うことなどできないだろう。
 でも、それでいい。
 この人に着いていくと、決めたのだから。

 しかし、ヴェータを出るのは簡単なことではない。バルトハイルが、あの強欲な王が許すはずがないのだ。

「どうやって、兄を納得させるのですか?」

 疑問を口にすると、にやりと不適な笑みを浮かべながらルディオは言った。

「納得させる必要はない。納得せざるを得ない状況にもっていく」

 先を促すように首を傾げる。
 しばらく静観していたハランが口を挟んだ。

「既成事実を作ってしまえばいいんだよ」
「きせい、じじつ……?」
「ルディと寝ればいい」

 ぽかんと口を開けたまま固まる。
 それは、つまり、ルディオに抱かれると言う意味で――

 確かに夫婦になるのであれば、いずれは避けられないことだろう。しかし、今すぐどうこうなれるほど大人ではない。
 もちろん未経験だし、できれば心の準備をする時間がほしい。うん、そう、一年くらいは。

 動揺が顔に出ていたのか、ルディオが窘めるように言った。

「ハラン、やめろ。そういうことばかり言うから、女性から嫌厭されるんだ」
「僕は既婚だよ? 奥さん以外の女性にどう思われようと関係ないね」
「私の妻には、気に入られておいた方がいいんじゃないか?」

 『私の妻』と言う言葉に、一瞬心臓が跳ねる。
 そうだ、この人の妻になるのだ。求められたら、応じなければならないのかもしれない。
 徐々に頬が赤く染まっていくシェラを目に留めたハランが、くすりと笑う。

「ほら、彼女もまんざらじゃなさそうだけど?」

 意地悪く言うハランの言葉を聞いて、隣に座る人がシェラの顔を覗き込む。

「君がその方がいいと言うなら、私は構わないが?」
「よくありません!!」

 思いっきり首を振って否定した。
 これはこれで失礼な気もするが、そんなことを気にしている余裕はない。

 少しだけ涙目になっていたシェラを見たルディオは、横目で向かいの人物を睨む。

「おまえのせいで、泣いてしまったじゃないか」

 不機嫌を声に滲ませながら、目尻にたまった涙をルディオの指先が掬いとる。
 その優しいしぐさに、今までに感じたことのないような安堵感が押し寄せてきた。

 まだ会って数時間も経たないのに、この人に触れられると、なんだかふわふわと身体が軽くなった心地がする。
 とても不思議な感覚だった。

「……すみません。はしたない姿をお見せしました」
「いや、あいつに苛められたら、すぐに言うといい」
「そうさせてもらいます」

 彼がハンカチを手渡してくれたので、目尻を拭う。
 こんなふうに人に優しくされたのはいつぶりだろう。
 自然と浮かんだ笑顔を向けると、彼もほほ笑み返してくれた。

「仲を深めるのはいいことだけど、そろそろ本題に入ったほうがいいんじゃないかな?」
「おまえが余計なことを言ったからだろ」
「あーそうだっけ? それはすまなかったね。で、どうするんだい?」

 真面目な顔で問いかける。
 つられて、シェラも彼の顔を見上げた。

「至急、婚姻関係の書類を用意してくれ。この国のもので構わない」
「なるほど、仰せのままに」

 返事をするなり、ハランは立ち上がる。
 ルディオの指示を実行するために、部屋の入口へと歩き出そうとして、思い出したように振り返った。

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はハランシュカ、王太子殿下の忠実なしもべだよ。よろしく、シェラ殿下」
「その言い方はやめろと言っているだろう」

 おどけたような言葉に、ルディオが抗議の声をあげる。

 ハランというのはフルネームではなかったようだ。
 次期宰相候補という肩書からして、この人はルディオの補佐官か、それに近い人物なのだろう。

「よろしくお願いします、ハランシュカ様」
「未来の王妃様なんだ。敬称はいらないよ」

 シェラが座ったまま頷くと、ハランシュカはにこりと笑って歩き出す。

「ルーゼを呼んできてくれ」
「了解」

 ルディオの言葉に背を向けたまま返事をして、そのまま扉の外へと消えていった。

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