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10 ただいま、私の見つけた世界。
しおりを挟む『ルーナ』
お母様の声がする
私はもう18歳の大人なのに
立派な淑女なのに
お母様を前にしたら
いとも簡単に10歳の『ルーナ』に戻ってしまう。
お母さま。
私ね、頑張ったの。
ルチアの姉として
殿下の婚約者として
公爵令嬢として
役割を果たさないとって
でも、上手く出来なかった…。
ごめんなさい。
温もりに包まれる
優しいお日様みたいな
お母様の匂い
「大好きよ。私の大事なルーナ。」
「ルチアの事を守ってくれてありがとう。」
「寂しくさせて、ごめんなさいね。」
「貴方は、母様の自慢の娘。」
「良く、頑張ったわ。」
ほろほろと涙が頬をつたう。
やがてそれは大粒のものになり
おかあさま、かあさまと子供のように泣いた。
話したいことが沢山あるの。
入れ替わりのこと。
櫻という素敵な人のこと。
これから櫻として生きていくと決めたこと。
それから、私が恋をした人のこと。
「ルーナ、母様はもう行かなくちゃ。」
なんで、どうして?
やっと会えたのに。
もっと抱きしめて欲しいのに。
いやいやと子供のように首を振る。
「ふふ、まったく甘えん坊ね。私の娘は。」
「でもね、貴女を待ってる人がいるわ。」
「素敵な人ね。大切にしてあげて。」
小さな頃のように
優しく頭を撫でられ
額におやすみのキスをされた。
「幸せになってね。櫻。」
『……さくら。』
『櫻。』
貴方は…。
私は、この声を知ってる。
『…皆、待ってる。戻っておいで。』
私の大切な人。
そうよ。彼のところに戻らないと。
眩しい。
でも、もう怖くない。
きっとそこは、暖かい世界だから。
『…櫻?』
美しい琥珀色の瞳。
その瞳の奥には驚きと喜びが見えた。
「ただいま。湊さん。」
『…おかえり。』
強く、強く抱きしめられる。
彼が泣いている。
今まで冷静で、感情を表に出すところを見たことがなかった彼の初めての涙だった。
それが、なんだかとても嬉しかった。
それから、私は。
今までの事を。
櫻の事を。
ルーナの事も。
全て彼に話した。
にわかには信じ難い話。
『俺は、全部信じることは難しい。』
『だけど、どんな櫻も櫻だから。』
『少しずつ今の櫻の事を教えて欲しい。』
『俺はお前が幸せだと思うことをずっとずっと、あげるから。』
そう言って笑った彼に、私は1つお願いをした。
『櫻。』
それは。
沢山『櫻』という名を呼んで欲しいという事。
そのおかげか今になってやっと、私は櫻という名を自分の名だと思えるようになった。
私は、櫻でいていいのだと思えるようになった。
ただ。
少し困っていることがある。
『櫻。』
『櫻。』
『好きだよ。』
『本当に好き。』
これ…なのだけど。
私はずっといらない存在だと言われてきた。
愛されないのだと思ってきた。
それは、違うと今はわかっているけれど。
今まで刷り込まれてきたその思いは中々消えることはない。
そのため彼の想いにも答えることが怖かった。
もし、要らないと言われたら。
もし、違う人が良いと思われたら。
だから何時も予防線を引いてしまっていた。
それはこの世界に戻ってからも。
それが彼をどれだけ傷つけるかも知らずに
嫌いになったら言ってほしいという私に
『愛されていると自覚できるまで、何度でも何度でもお前に愛を伝え続けるから。覚悟して。』
と怒ったように彼は言った。
それから習慣となったこれ。
彼の『愛情表現』は、思っていたよりも
重いもので。
私は愛されているのだと自覚するのには十分すぎた。加えて、最近では。
『櫻は、俺の可愛い可愛い奥さん。』
『櫻。俺は、お前の何?』
「………湊は、私の、だ、旦那様、です。」
『そうだね。櫻。もう1回名前呼んで。』
「…そ、湊。」
このように、私にも言わせてくるのです。
私も湊のことが、好きなのでいいんですよ。
いいんですけど、こうあえて
私の恥ずかしくなるような言い方をするので。
恥ずかしいやら、居た堪れないやらで死んでしまいそうになるのです。
本当にあの、最初の頃の彼はどこに行ってしまったのかと言いたくなるくらいの溺愛です。
それでも。
ここが、私の見つけた居場所です。
だから、旦那様?
最後の最後まで、どうか愛してくださいませ。
夢を見た。
とても、不思議な夢を。
星屑を散りばめたような美しい銀髪。
サファイアをはめ込んたような瞳。
誰が見ても美しいと思わせる相貌の。
その令嬢は。
淑女としての役目を果たさず
婚約者には見放され
家族にも呆れられ
最後は国外追放となった。
多くの人々がその人を嘲笑い
『令嬢失格の出来損ない』と言った。
けれど
ある国では。
その人は、王女への高い忠誠を誓う
王族騎士として人々に称えられた。
また別の国では。
不治の病を治す薬を作り
多くの人々を救った『最高の医者』だと尊ばれ
そのまた別の国では。
魔物から国を守る強固な魔術結界を張り
最少年で魔術師としての名を受けた
『天才』だと言われた。
女性のようで、男性のような。
その中性的な美しさを持つ人は。
いつも言った。
「自分らしく生きるのだ。」と。
ふと、子供と戯れるその人が振り向く
そして目が、合った。
幸せだよ
そう口が動く。
零れるような笑みを、こちらにむけた。
とても、とても、幸せな夢だった。
-----------------------------------------------
こんにちは。宵ヰです。
これにて『旦那様に嫌われたい』は完結となります。また、番外編を書きたいとは思っています。
どうやってお話をまとめようかと悩みましたが、私はハッピーエンドが好きなのでこのような形になりました。
最後の最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。
また、別の作品でお会いできたら嬉しいです。
皆さんが、幸せでありますように。
宵ヰ。
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