旦那様に嫌われたい

宵ヰ

文字の大きさ
上 下
11 / 11

10 ただいま、私の見つけた世界。

しおりを挟む

『ルーナ』

お母様の声がする

私はもう18歳の大人なのに
立派な淑女なのに

お母様を前にしたら
いとも簡単に10歳の『ルーナ』に戻ってしまう。







お母さま。

私ね、頑張ったの。

ルチアの姉として
殿下の婚約者として
公爵令嬢として

役割を果たさないとって
でも、上手く出来なかった…。
ごめんなさい。


温もりに包まれる
優しいお日様みたいな
お母様の匂い

「大好きよ。私の大事なルーナ。」

「ルチアの事を守ってくれてありがとう。」

「寂しくさせて、ごめんなさいね。」

「貴方は、母様の自慢の娘。」

「良く、頑張ったわ。」

ほろほろと涙が頬をつたう。
やがてそれは大粒のものになり
おかあさま、かあさまと子供のように泣いた。



話したいことが沢山あるの。
入れ替わりのこと。
櫻という素敵な人のこと。
これから櫻として生きていくと決めたこと。
それから、私が恋をした人のこと。





「ルーナ、母様はもう行かなくちゃ。」

なんで、どうして?
やっと会えたのに。
もっと抱きしめて欲しいのに。

いやいやと子供のように首を振る。

「ふふ、まったく甘えん坊ね。私の娘は。」

「でもね、貴女を待ってる人がいるわ。」

「素敵な人ね。大切にしてあげて。」

小さな頃のように
優しく頭を撫でられ
額におやすみのキスをされた。




「幸せになってね。櫻。」












『……さくら。』

『櫻。』


貴方は…。
私は、この声を知ってる。

『…皆、待ってる。戻っておいで。』

私の大切な人。
そうよ。彼のところに戻らないと。














眩しい。
でも、もう怖くない。
きっとそこは、暖かい世界だから。


『…櫻?』

美しい琥珀色の瞳。
その瞳の奥には驚きと喜びが見えた。


「ただいま。湊さん。」

『…おかえり。』

強く、強く抱きしめられる。
彼が泣いている。
今まで冷静で、感情を表に出すところを見たことがなかった彼の初めての涙だった。

それが、なんだかとても嬉しかった。









それから、私は。
今までの事を。
櫻の事を。
ルーナの事も。
全て彼に話した。

にわかには信じ難い話。
『俺は、全部信じることは難しい。』

『だけど、どんな櫻も櫻だから。』

『少しずつ今の櫻の事を教えて欲しい。』

『俺はお前が幸せだと思うことをずっとずっと、あげるから。』





そう言って笑った彼に、私は1つお願いをした。


『櫻。』

それは。
沢山『櫻』という名を呼んで欲しいという事。
そのおかげか今になってやっと、私は櫻という名を自分の名だと思えるようになった。
私は、櫻でいていいのだと思えるようになった。





ただ。
少し困っていることがある。


『櫻。』

『櫻。』

『好きだよ。』

『本当に好き。』



これ…なのだけど。

私はずっといらない存在だと言われてきた。
愛されないのだと思ってきた。
それは、違うと今はわかっているけれど。
今まで刷り込まれてきたその思いは中々消えることはない。
そのため彼の想いにも答えることが怖かった。

もし、要らないと言われたら。
もし、違う人が良いと思われたら。

だから何時も予防線を引いてしまっていた。
それはこの世界に戻ってからも。

それが彼をどれだけ傷つけるかも知らずに
嫌いになったら言ってほしいという私に

『愛されていると自覚できるまで、何度でも何度でもお前に愛を伝え続けるから。覚悟して。』
と怒ったように彼は言った。

それから習慣となったこれ。
彼の『愛情表現』は、思っていたよりも
重いもので。
私は愛されているのだと自覚するのには十分すぎた。加えて、最近では。

『櫻は、俺の可愛い可愛い奥さん。』

『櫻。俺は、お前の何?』


「………湊は、私の、だ、旦那様、です。」

『そうだね。櫻。もう1回名前呼んで。』


「…そ、湊。」

このように、私にも言わせてくるのです。
私も湊のことが、好きなのでいいんですよ。
いいんですけど、こうあえて
私の恥ずかしくなるような言い方をするので。
恥ずかしいやら、居た堪れないやらで死んでしまいそうになるのです。
本当にあの、最初の頃の彼はどこに行ってしまったのかと言いたくなるくらいの溺愛です。

それでも。

ここが、私の見つけた居場所です。



だから、旦那様?


最後の最後まで、どうか愛してくださいませ。











夢を見た。
とても、不思議な夢を。




星屑を散りばめたような美しい銀髪。
サファイアをはめ込んたような瞳。
誰が見ても美しいと思わせる相貌の。

その令嬢は。

淑女としての役目を果たさず
婚約者には見放され
家族にも呆れられ
最後は国外追放となった。

多くの人々がその人を嘲笑い
『令嬢失格の出来損ない』と言った。








けれど

ある国では。
その人は、王女への高い忠誠を誓う
王族騎士として人々に称えられた。


また別の国では。
不治の病を治す薬を作り
多くの人々を救った『最高の医者』だと尊ばれ


そのまた別の国では。
魔物から国を守る強固な魔術結界を張り
最少年で魔術師としての名を受けた
『天才』だと言われた。




女性のようで、男性のような。
その中性的な美しさを持つ人は。

いつも言った。

「自分らしく生きるのだ。」と。



ふと、子供と戯れるその人が振り向く
そして目が、合った。






幸せだよ


そう口が動く。

零れるような笑みを、こちらにむけた。




とても、とても、幸せな夢だった。






-----------------------------------------------



こんにちは。宵ヰです。
これにて『旦那様に嫌われたい』は完結となります。また、番外編を書きたいとは思っています。
どうやってお話をまとめようかと悩みましたが、私はハッピーエンドが好きなのでこのような形になりました。
最後の最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

また、別の作品でお会いできたら嬉しいです。


皆さんが、幸せでありますように。

宵ヰ。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

殿下は、幼馴染で許嫁の没落令嬢と婚約破棄したいようです。

和泉鷹央
恋愛
 ナーブリー王国の第三王位継承者である王子ラスティンは、幼馴染で親同士が決めた許嫁である、男爵令嬢フェイとの婚約を破棄したくて仕方がなかった。  フェイは王国が建国するより前からの家柄、たいして王家はたかだか四百年程度の家柄。  国王と臣下という立場の違いはあるけど、フェイのグラブル男爵家は王国内では名家として知られていたのだ。   ……例え、先祖が事業に失敗してしまい、元部下の子爵家の農家を改築した一軒家に住んでいるとしてもだ。  こんな見栄えも体裁も悪いフェイを王子ラスティンはなんとかして縁を切ろうと画策する。  理由は「貧乏くさいからっ!」  そんなある日、フェイは国王陛下のお招きにより、別件で王宮へと上がることになる。  たまたま見かけたラスティンを追いかけて彼の後を探すと、王子は別の淑女と甘いキスを交わしていて……。  他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...