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7 分不相応な想い
しおりを挟む硝子に映る桜色のドレスを着た自分が
嘲笑うように私を責める
『女らしさ』など捨てるのでは無かったのかと。
櫻の夫。私にとっての旦那様。
彼に嫌われるために今まで頑張ってきた。
琥珀色の冷たい瞳に慣れて
家族だと言うのに他人行儀な敬語に慣れて
『櫻』という名を呼ばれずとも
どうせ最後は嫌われて別れると思えば
しょうがない事だと納得出来た。
なのに
なのに
なのに
何時からかその瞳に甘さを含むようになった。
気付かないふりをしたかった。
なにを今更と怒りたかった。
渡されたそれは、桜色のドレスで
脳裏に焼き付く記憶が、激しく熱を持つ
「お父様、ルーナも桜色のドレスを着たいです。」
桜色はルチアの色、そう決まっていた。
けれど
母の温もりを思い出せなくなり
父が妹しか愛していないと理解し
それでも、愛を求めた幼い彼女の
最初で最後の我儘だった。
けれど、それは。
『お前がか?笑わせるな。』
『似合うわけないだろう。』
無惨にも実の父親に切り捨てられた。
その日私は学んだのだ。
身の丈に合わないものを求めてはならないと。
『女らしさ』を苦しむ私は
自分の中のそれも全て排除するべきなのだと。
金糸の髪に、同じ蒼眼を持つルチアは
その名の通り『光』のような存在で
誰からも愛された。
愛らしく、『女らしさ』を抵抗もなく受け入れる彼女が羨ましかった。
もし、彼女のように生きれたなら
もし、お母様が生きていたなら
もし、素直に甘えられる人間ならば
もし、私が普通だったならば
もし、桜色が似合う女の子だったなら
叶うはずもない『もし』を
幾度となく繰り返した。
幼い自分が泣いている。
手を伸ばした大切なものは、全て妹のものになった。当たり前だ。妹は愛らしいのだから。
でも、本当は。
『女らしさ』を苦手とする私だって
母と読んだ物語のお姫様のようになりたかった。
矛盾している望み。
幼い彼女がそれを抱えるには大きすぎて
どちらかは捨てなくては
壊れてしまいそうだった。
かつてあれだけ望んでも
手に入らなかったそれが
目の前に差し出されて
さあ、受け取れと言われて
ぐちゃぐちゃだった。
私の、今までの苦しさはなんだったのか。
無駄だったのか。
全部意味なんてなかったのか。
視界がぼやける。
『似合っている。』
やめて。そんな事言わないで。
ルーナでいられなくなってしまう 。
『女らしさ』を受け入れたら
ルーナには何が残る?
感情がまとまらない。
その時
『君が、何を悩んでるか知らない。』
『けれど。』
『全てを諦める必要は無いんじゃないか?』
琥珀色の瞳が暖かく細められる。
私の心を見透かしたような言葉。
『全てを諦める必要はない』と。
それは私が1番欲しかった言葉で。
それをこの人に言われると思わなくて。
心の弱いところ触れられる感覚がした。
逃げるように、その場を後にした。
一瞬でも心の内を触れさせてしまった。
弱く、なったなと思った。
「あなた、櫻さん?」
そこに居たのは、美しい人。
その目は悪意に染っている。
「ねえ、湊と離婚してくれない?」
彼女が言ったことは、私の望むことだった。
けれど、口から零れたのは
「嫌です。」
拒否の言葉。
「そう。」
妖艶に微笑んだ彼女。
次の瞬間
桜色のそれは、赤く染った。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
心が、痛い。
「あら、ごめんなさいね。わざとじゃないの。」
わざとじゃない?
ふざけないで欲しい。
しっかりかけたじゃないか。
真っ黒な感情が渦巻く。
けれど、ここで騒ぎを起こす訳にはいかない。
だから精一杯余裕の表情で
お前は負けたのだと思わせる声色で。
「そうですか。お気をつけてくださいませ。」
そう、言うしかないのだ。
彼女の視線が無くなるまでで良い。
背筋を伸ばして
弱さなんて見せないで
歩いて
歩いて
その視線から逃げ切ると
傷口から血が流れるように
私の脆いところが崩れるように
涙が溢れ出した
溺れているようだ。息が、上手くできない。
この世界に来てから、私は。
とても弱くなって。
今までこんな事何度もあったのに。
誰の助けもなくやって来れたのに。
『悲しい』なんて当たり前のように殺せたのに。
気を抜くと
『助けて』と手を伸ばしそうになる。
桜色のそれは。
既に、着れるような姿ではなく。
持ってきていたスーツに着替える。
鏡を見て呟く。
「これで、満足かしら。」
「お前は馬鹿だと嘲笑えばいいわ。」
「自分でも、そう思うもの。」
会場に戻ると
鮮やかな色の中で、自分だけが1人浮いて見えた。
そうよ。
最初から、求めなければいい。
物語の主人公になろうとしなければいい。
誰かが幸せそうにしているのを
外から眺めているだけで。
秘書としての居場所があればもう、十分。
そうすれば、誰も傷つけたりしない。
苦しい思いをする事も、させることも無い。
『櫻!』
どうして。
どうして。
今、名前を呼ぶの。
まるで探していたみたいな、そんな顔をしないで欲しい。
敬語のない素の姿なんて、見せないで欲しい。
心配なんてしないで欲しい。
涙の跡になんか、気づかないで欲しい。
本当は。
彼の優しさなんて、ずっと前から気づいていて。
櫻が寝てると、こっそり頭を撫でてくれる事も
櫻が好きなプリンを買って来てくれる事も
櫻が作ったご飯を全部食べてくれる事も
知っている。
そんな姿に、少しずつ惹かれている自分にも。
だけど
『湊くん』は、櫻の夫。
たとえ、今ここに櫻の意識が無くても。
櫻が彼をどれだけ愛しているかは、記憶を通して知っている。
それなのに、その場所を奪うように座った私が。
『好きだ』と言えるものか。
その『愛情』を受け取っていいものか。
……殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ!
こんな、思い。
消えてしまえ。
私は櫻では無いのだから。
私は、『女らしさ』を捨てるために
沢山の思いを今までも殺してきた。
この恋だって、きっと消せるはずだ。
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