旦那様に嫌われたい

宵ヰ

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5 櫻という愚か者(湊side)

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彼女は、一言でいえば『子供』
嫌なことがあれば泣き
感情のままに怒りをあらわにし
自分が世界の中心で
理不尽なことを自覚しない

愚かだな、と思っていた。





櫻とは所謂幼馴染というもので。
10歳も年の離れた彼女は妹のような存在だった。
『そうくん』
とただ純粋に呼ばれる舌足らずなそれに
高校生の自分はどこか安心感を覚えていた。

身長が伸び
声が変わり
周りの世界が目まぐるしく変わる。
同時に、自分は他人には価値のある人間だと思われていることを知った。

それは
『立花corporation』の息子で次期社長
かっこいい立花先輩
完璧な立花湊

全ては俺の実力で築いたものではなく。
誰かの幻想や、父親の築き上げたもので。

『立花 湊』と呼ぶそれは
尊敬、嫉妬、侮蔑、恋情、悪意に塗れていて
いつも呼ばれることが苦痛だった。

だから
彼女の呼ぶ『そうくん』が自分の拠り所になった。純粋で清廉なそれが。


幾度も春を迎え
幼馴染の彼女との繋がりも薄くなり
顔も朧気としか思い出せなくなった。
そして副社長として、仕事をやる中でやっと

『立花 湊』

という存在の在り方を決められた頃


『櫻が、湊くんと結婚をしたいと言っていまして。』

『一応あの子を抑えるため伝えるとは言いましたが、もちろん断って頂いて構いません。』



彼女の噂は聞いていたけれど
自分の記憶の中の櫻と結びつかなかった。
いつも『そうくん』と後ろをついてきた
可愛い妹のような存在。

だから、彼女ならばと。
了承した。



だが、数年ぶりに会う彼女は
別人だった。

『湊くん』と呼ぶそれには
恋情と傲慢な欲が滲んでいて
吐き気がした。

あの頃の彼女はもう居ないのだと。
そう自覚するほか無かった。


「湊くんと結婚できるなんて、櫻すごく嬉しいです。」

「なんで、櫻のこと好きになってくれないんですかッ!」

「櫻はこんなにも湊くんのことが好きなのにッ」

「他の女の人と仲良くしないで!」



段々と強くなる束縛と、周りの女性社員への嫉妬からの理不尽で自己中な態度。
彼女は完全に孤立してしまった。
一応姉に彼女のことを気にかけて欲しいと頼んだが。
櫻はプライドが高く、一向に聞きにこないらしい。



結婚して半年

秘書としての仕事も
妻としての役目も
全て彼女は、することを禁じられた。








『副社長』

『奥様が、女性社員に暴力を奮ったそうです。』


現場は騒然としていて
子供のように泣き叫ぶ彼女は
周りの社員に侮蔑の視線を送られていることも
暴力をふるわれた社員の哀れむ視線にも
何も気づいていなかった。

暴力を振るわれたのは
櫻の代理として俺に就いた秘書で
そんな秘書に対して


「私の湊くんを取らないで!」と

彼女はただひたすらに叫ぶだけだった。


櫻は3日間の謹慎となった。
その間彼女の部屋からは泣き声が
絶えず響いていた。

謹慎明けの日
その部屋から何も音がしなかった。
まるで
誰も居ないかのように。


何故か不安になった。
彼女はそこにいるはずなのに。


普段は絶対に入らない彼女の部屋。
そこに彼女はいた。
確かにいたのだ。

眠る櫻は死人ようで
固く閉じた瞼が二度と開かない気がして
焦って声をかけるが
反応がない


やっと目を覚ました彼女は、生きていた

その美しい碧眼に何も映さず
別人のように
感情の色を失った


俺の知らない櫻が居た。


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