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3 私の頑張る場所
しおりを挟む絹のような白銀の髪が、柔らかい亜麻色に
彫りの深い顔立ちが、この世界に馴染むものに
自分のものでは無いその顔に、ここはお前の場所ではないのだと言われているようで。
けれど、同じ蒼眼は今もそこに確かにあって。
それがルーナと櫻を繋ぐ唯一の鎖に思えた。
前の生に縋るつもりは無い。
人と違うことを奢るつもりも無い。
これから、私は櫻として生きていくのだから。
「おはようございます。」
ああ、ここでもなのね。
あの世界で何度も浴びたもの。
侮蔑する視線も、嘲笑も、理解できない者への恐れも全て。
ねえ櫻、あなたも私も案外似てるのかもしれない。
「おはよう。」
この人は
いや、彼女は……上司であり私の義姉。
それなのに。何故だろう。
櫻の記憶では苦手意識があったはずだが。
それでも、私には。
すごく懐かしく思えてしまった。
「まったく…。立花さんまた遅刻ギリギリよ。」
「貴方の仕事ちゃんと進めないと、他の人に迷惑がかかるのよ。社会人としての自覚と責任を持ってね。」
嘘……。
役割を貰えるなんて。
他の人の中にちゃんと女の人もいるなんて。
この世界は、本当に公平なのね。
「…さん!」
「立花さん!聞いてる!?」
「…ッはい!」
「まあ、困ったことがあれば聞いて。ちゃんと、教えるから。」
呆れの表情をした彼女は、そのまま他のところに行ってしまった。
どうしよう。
機械の操作の仕方が分からない。
どうやって進めればいいのか分からない。
何をしているかも分からない。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
せっかく私の『役割』を貰ったのに。
せっかく。せっかく。
『女だから』と言われないように、何か出来ると思ったのに。
私は
私は
本当に何も知らない。
縋るつもりはないとか、奢るつもりはないなんて
言っておきながら。
何も出来ないのは私の方。
どうしよう。
悔しい。なんで。どうして。
私は分かっていなかった。
ここは、貴族社会では無いのだということを。
実力で各々の立ち位置が決まるということを。
何も出来なければ、必要とされないということを。
無用ならば……捨てられるということを。
ここでも、私は何も出来ないままなの?
『ちゃんと、教えるから。』
彼女はそう言った。
その日
『女だから』と諦めてきた一人の少女が。
悪い噂の絶えない一人の女性が。
己の人生を自らの手で変えた。
「立花先輩。」
「今まで本当に、すみませんでした。」
「他の方々にも迷惑をかけてすみませんでした。」
「二度と、二度とこのようなことは起こしません。」
これは、櫻の謝罪。
櫻の言葉。
そして
「どうか、私に仕事のやり方を教えていただけないでしょうか。」
「自分に与えられた仕事を、できるようになりたいのです。」
「お願いします。」
これは、私の言葉。
私の心からの、願い。
『いらない』と言われてきた私の。
「…やっと。言ったわね。」
「散々聞きに来いって言ったのに。」
「全然来ないんだから。」
「今のあなたになら、私の秘書としての知識を全て教えてあげる。」
「私は、厳しいんだから。」
「1から全部頭に叩き込むわよ!弱音なんてはかないでよ?」
泣いてはいけない。
泣くのは『女らしい』人だけだ。
けれど、嬉しかった。
人から諦められないことが。
期待されることが。
こんなにも、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
「はい!!」
「よろしくお願いいたします。」
彼女が、笑った。
ああ、そうか。彼女はあの人に似てるのね。
母が死んでから
泣いてばかりの私を。
『女らしく』することに苦しむ私を。
ずっと、ずっと
見守って叱ってそのままで良いと言ってくれた人。
私の第2の母のような人。
懐かしいと思ったのは、彼女の雰囲気や話し方があの人に似ていると感じたからだった。
ここに来る前
灰色の建物が無機質で少し怖いと思った。
でも今は
暖かい場所なのだと知った。
助けてくれる人がいることを知った。
ここが、私の頑張る場所。
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