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7 しろいゆき

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 紗柚はジャージを萌え袖にして息を吹きかけるのが癖だけど、部活の時は腰元に縛って体操服を捲り上げて、金色の楽器を手にしている。
 何回か「冷たくないの」って聞いたら「死ぬほど」って返された。でも吹いてるうちに暑くなるし、何より好きだから苦じゃないって笑ってた。
 そんな夢中になれることがあるなんていいなあって思う。私には何にもないから。
 
「今日はまたすっごい冷たそう」
 
 視線の先では、楽器を持った生徒たちが丸くなって何やらやっている。
 紗柚は低音パートとか言ってたっけ。吹奏楽についてもう少し勉強しようかな。そしたらもっと紗柚の話もわかって楽しいかもしれない。
 曰く「しぶとく指導に残ってた先輩たち」が本格的に受験に打ち込み始めて2年中心になったらしく、毎日忙しそうだ。
 部長や副部長以外にもたくさん役割があって、皆それぞれ振られるんだと前に教えてくれた。
 ――国語準備室前の廊下から中庭を眺めて、30分くらい経っている。
 手には、せっちゃんから渡されてた許可証のためのアルバイト申請書。
 紗柚のこともあるし、やっぱりいつ誰に見られてもおかしくないのはわかった。
 これから受験もあるから、下手なことして内申悪くなるのも嫌だし。
 とか何とか心の中で色々言い訳してるけど、結局せっちゃんの忠告とアドバイスを聞くことになったってことで気まずさがあった。
 だから、こんなところで立ちっぱなしになっている。

「あれ。宥下さん」
 
 廊下の右側方向から声がした。
 用紙を持った手を背中に回して呼ばれた方を見ると、最上さんが歩いてくる。
 
「最上さん」
「瀬古沢先生に用事?」
 
 ちらっとドアを見てから最上さんは言う。
 ここが国語準備室で、主がせっちゃんであることくらい皆知っている。
 
「うん、まあ。ちょっと提出するのがあって」
「そうなんだ?」
「進路のこととか色々」
「ああ。ウチの高校わりとのんびりだよね」
「そうなの?」
「でもまだ待ってほしい感もあるな。もう将来決めちゃうみたいでちょっと怖いし」
 
 最上さんはそう言って小さくため息を落とした。
 そしてハッと気付いたように顔を上げて、手をブンブン左右を振る。
 
「ゴメンいきなり、こんなこと話されても困るよね。……えっと、じゃね」
 
 恥ずかしそうに言い切ると、私の返事を待たないで小走りで廊下を駆けて行った。
 ……こんな風に思うのは失礼なのかもだけど、あのしっかりしてそうな最上さんが「怖い」って言ったことに驚いた。
 もしかしなくても、みんな不安とか恐怖とかあっても元気に振る舞っているのかもしれない。
 紗柚が私のバイトを知らないフリしてくれてたみたいに、私が自分の適当さに目を逸らしてたみたいに、ユキが私のずるいところを知らないフリしてくれてたみたいに。
 みんな自分にある秘密を隠しながら、そして誰かの秘密に気付きながらも、そうとは見せないで振る舞っているのかも。

「……提出してくれる気になりましたか?」
「えっ」
 
 最上さんが去った方を見つめていたから、せっちゃんが準備室の引き戸を開けて待っている事にしばらく気が付かなかった。
 
「あ、え、あちょっと待っ」
「持っているの、申請用紙でしょう? ほら、入りなさい」
 
 慌てる私を完全スルーして、せっちゃんは手招きする。
 いつもの困ったような顔じゃなくて、ほっとして崩れたみたいに目が下がっていた。
 学校でこの顔を見るのは初めてだから、嬉しいのと苦しいのが混じって息がしにくい。
 
「ほら宥下?」
「……失礼します」
 
 そろそろと室内に入ると、せっちゃんが引き戸を閉める。
 せっちゃんは私より先に奥へと歩みを進めて、いつもの椅子に座った。戸のそばで立ったままの私に向かって手のひらを差し出す。
 
「持ってきてくれたんでしょう? 出してください」
 
 言われるままに、背中に回してあった手をせっちゃんに突きだした。
 迷いに迷ったおかげで少しクシャってなったそれを、近づいてきたせっちゃんがそっと受け取る。
 カサリと音がして開き、そしてまた小さく折り畳まれる音がした。
 俯いている私には今せっちゃんが何をしているのか、耳でしか分からない。
 
「確かに受けとりました。許可証が発行されたら渡しますね」
「わかった」
「素直に聞いてくれて嬉しいです」
「……ひと言多いから。あとべつにせっちゃんの言うこと聞いたわけじゃないし。来年は受験だし内申響いたらめんどいだけだし」
「わかってますよ」
 
 顔を少しあげてみると、せっちゃんの手元が見えた。
 丁寧に用紙を茶封筒に入れて机の上に置く。そして私を見た。



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