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3 近くて遠い

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「おばさん、病院戻るの予定より早まったんだろう?」
 
 せっちゃんはそう言いながら、汐里ちゃんの隣の椅子に座る。
 汐里ちゃんが当たり前のように新しいお皿を持ってきて、シチューを盛り付けていく。まだ湯気がのぼっているそれをせっちゃんの前に置いて、自分も座った。
 
「あーなに、心配して来てくれたんですかぁ」
「……おじさんにもくれぐれもって頼まれてるからね。今日は行成や行成のおばさん、来ない日だろ?」
「まーそうですけど」
 
 ユキのおばさんは、時々ごはんを届けてくれる。
 おばさんじゃなくてユキの場合もある……っていうかそっちのほうが多いけど、昔から家の中にほとんど娘ふたりで居るうちのことを心配して色々と世話を焼いてくれる。
 ユキを来させるのは「男の出入りがある」っていうふうにまわりに認識させておいたほうがいいとか何とか言っていた。
 お父さんの洗濯物も干しなさいねとか、ほんとに色々と言ってくる。
 
「今日はたまたま早く終われたから寄ったんだ。急で悪かったよ。……メシまで頂けるとは。ありがとう」
 
 そう言ってせっちゃんは汐里ちゃんを見て軽く頭を下げた。
 汐里ちゃんは首を振って笑う。
 
「ごちそうさまでした」
 
 私はせっちゃんに返事をすることなくカシャンとスプーンを空のお皿に投げ込み、バチンと両手を打った。
 驚いたように見てくるふたりを無視して立ち上がり、さっさとキッチンに運ぶ。
 
「じゃー部屋戻るから」
「悠、ヨーグルトあるよ?」
「お風呂のあとで食べるからいい」
 
 これ以上ここにいたって、嫌な自分しか出てこない。
 廊下へと出ていこうとする私を引き止めたのは、せっちゃんの声だった。

「宥下」
 
 ―――ゆおり、って呼ぶ。
 せっちゃんは担任になってからずっと、私をそう呼ぶ。
 昔は「悠ちゃん」って呼んでたくせに、再会してからずっと苗字の宥下って呼ぶ。
 それがすごく嫌だ。
 丁寧な言葉遣いはやめてくれるのに、なんで呼び方だけは戻してくれないんだろう。
 
「………なに、瀬古沢センセー」
「出せよ。あれ」
「ん? あれ? 何それ?」
 
 わかっていないらしい汐里ちゃんに、せっちゃんは何てことないように答える。
 
「学校の提出プリント。宥下だけまだだから」
 
 ……黙っててくれた。
 私がバイトしてるのは汐里ちゃんも知ってるけど、バイトオッケーなんだよって言ってあるから隠してやってることは知らない。
 バレたらどうなるのか想像するだけで怖い。とりあえずお小遣い抜きは間違いないし。
 だから多分黙っててくれてる。
 
「やだ悠、出してないのあるの? 出しなさいよ」
「出来るだけ早くな」
 
 私はふたりに背中を向けて返事をしないまま、部屋に戻った。



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