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二十七
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この日の為に伸ばした髪は綺麗に結い上げられ、プロの手によって彩られた顔面は多幸感に溢れている。実際、華恋の心の中も幸せで満たされていた。……怖くなるくらいに。幸せ過ぎて怖いというのを初めて体感している。
華恋の些細な変化に気づいたのかスタッフが声をかけようとした時ノック音が響いた。動けない華恋に代わってスタッフが扉を開けに行く。声だけが聞こえた。
「入っても大丈夫ですか?」
聞き馴染みのある親友の声。華恋はスタッフが答える前に口を開いた。
「大丈夫だよ」
扉を開けて入ってきた麻友を鏡越しに捉え、頬が緩む。麻友は足を止め、華恋をじっと見つめた。まるで眩しい存在を目にした時のように。
ただ、それも数秒間だけ。再び足を動かし、華恋に近づく。気を利かせたのかスタッフが出ていった。
二人だけになった部屋で、麻友がしみじみと呟く。
「早いだろうとは思っていたけど、まさかこんなに早いなんて……ここにくるまで実感が湧かなかったよ」
「ふふっ。そうだよね。私も未だに実感ないし」
「おいおい。それはそれでどうなの。森さん泣いちゃうよ~?」
「それはさすがに可哀相か~」
ふふふと笑い合う二人。麻友がぴたりと笑いを止め、真剣な顔で尋ねる。
「後悔はない?」
それに対して華恋も真面目に返す。
「ないよ。幸せ過ぎて怖いだけ」
「そっか。ならいいよ」
「うん。今まで……ありがとうね」
こんな私の友達でいてくれて。そんな意味を込めて言えば、麻友はムッと顔を顰めた。
「なに、その別れの言葉みたいなの。嫌なんだけど。私達の関係はこれからも続くんじゃないの?」
「それはそう! ごめんごめん。じゃあ……これからもよろしくね」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
二人で微笑みあう。……なんだか感傷的になってきた。ここ最近の思い出が蘇ってくる。この日を迎えるまでに本っ当に色んなことがあった。
式場を勝手に決めようとした母さんと口論になったり、後日母さんに泣きつかれた父さんが怒りを露わに突撃してきたり、そのせいで私側の両親の列席は無しになるところだったり……。
私としてはそれでもよかったけど、英治とお義母さんが今後の遺恨になるかもしれないからとなんとかとりなしてれて……そういえばお義母さんはどうやって二人を納得させたんだろう。途中から裕子姉達に連れだされたから知らないんだよなあ……裕子姉は「知らないままの方が幸せってこともあるのよ」って言っていたけど……。とりあえず、あの日森家の最強がお義母さんっていうことだけは理解した。
そして、今日。結婚式当日。とうとうこの日がやってきた。
「そろそろ時間じゃない?」
麻友が室内の壁にかかった時計を見て言う。華恋は頷いた。
「うん」
「じゃあ、私は先に戻ってるから。……こけないようにね!」
「気をつける。ありがとう」
華恋の複雑な心境を気遣ってきてくれた麻友に心の中でもう一度感謝を述べる。今でこそ、華恋の側には森がいてくれるがそれまでは麻友だけだった。麻友と出会ってから華恋は孤独を感じる事が減った。辛い時も悲しい時も嬉しい時も何かあった時は麻友が側にいてくれたから。華恋にとって麻友は親であり、姉妹であり、友人でもあるたった一人の大切な人だ。血の繋がった両親よりもずっとずっと。
両親は今頃式場の席に座っていつも通りいちゃついているのだろう。気を遣ってお義母さんが新婦側につこうかと言ってくれたが断った。その気持ちだけで嬉しかった。同時に両親への複雑な感情が込み上げてくる。
ちらりと見かけた母さんは、本日の主役である華恋と同じくらい派手な衣装に身を包み、人々の視線をかっさらっていた。いい意味でも悪い意味でも。そんな母さんの隣を自慢げに歩きながら周りを威嚇する父さん。正直恥ずかしかった。恥ずかしかったけれど、きてくれただけでもマシか……とも思う。気分屋な母さんが当日になってやっぱり父さんと二人で過ごしたいからと言ってドタキャンする可能性だってあったのだから。
一応、スタッフには目に余るような行動を起こすようならすぐに式場から連れ出して欲しいと頼んでいる。いまのところ連絡はないから大人しくしているのだろう。今日くらいは両親らしくいてほしいと祈るばかり。
スタッフに呼ばれ、式場へと向かう。
スタッフが開いてくれた扉の先にはヴァージンロードが続いている。その先に森がいた。黒や紺も似合っていたが、白のタキシードも似合っている。――――何回見てもカッコイイ。
興奮のあまり足元がふらつきそうになるのを気合で踏ん張り耐えた。そして、一歩を踏み出す。
エスコートは無し。参列してくれている人達の中には疑問に思っている人達もいるだろうが……負けずに堂々と歩みを進める。
ちなみに、父さんには自分からエスコートする必要ないと伝えた。案の定、父さんは二つ返事で頷いた。一応頼まれたらするつもりだったらしいが……そんな渋々な感じでされても嬉しくはない。それくらいなら一人で歩いてみせる。
森は華恋が自分の元まで歩いてくるのをじっと見守っていた。華恋も森を見つめ、一歩一歩確実に前に足を進めていく。そして、二人は手を取り合った。参列席の方を向く。
嫌でも目に入った。華恋の両親が何やら囁き合い、いちゃついている。相変わらずのようで内心呆れる。周りは華恋達に夢中で、あの二人には気づいていないようだ。そのことにホッとした。
対して森の両親は温かい視線を二人に向けている。お義母さんの方が感極まっているようで若干目が潤んでいるが、そのことがなんだか嬉しい。
次いで目に入ったのは裕子と健太。
私が辛かった時、心の支えだった健ちゃん。でも、今はもっと英治ができた。その大切な人のお姉さんが推しの奥さんで……なんて不思議な巡り合わせだろうか。
華恋と森を見て目を輝かせている二人に、華恋は微笑み返した。その笑みを見た参列客がざわつく。森はぎろりと視線を走らせた。途端に静かになる。
ぴりついた空気を壊すように神父が咳ばらいをした。静かになった式場に二人の誓いの言葉が響く。その後の誓いのキスは……しなかった。期待していただろう参列席からまばらに戸惑いの声が上がる。
それでも二人は素知らぬ顔で参列席に笑顔を向けた。
皆が戸惑っている中、式は進んで行く。二人はフラワーシャワーを浴びながらヴァージンロードを歩いた。そして、扉が閉まる瞬間を狙って、誓いの口づけを交わす。
まさかのタイミングにカメラを構えていなかった参列者が叫び声を上げる。完全に閉まった扉の向こうで華恋と森はしたり顔を浮かべ、微笑みあった。
いつだったか、「初恋は実らない」という言葉を聞いたことがある。推しが出ていた恋愛ドラマの台詞だったような気がする。もし、その台詞が真実なら私の初恋はやっぱり『健ちゃん』だったのだろう。
推しをおっかけていたあの頃。私は恋愛の『れ』の字にも興味が無かった。誰かと恋に落ちて、結婚をする未来なんて一生訪れることは無いと思っていた。それなのに、英治と出会い、わからないながらも恋をして、結婚をした。結婚がゴールだとは思っていない。まだまだ私の人生は続いていくし、この先も色々あるだろう。喧嘩だってするかもしれない。「離婚だー!」なんて騒ぎ立てるかもしれない。でも、人生の終着点に辿り着いた時、隣には英治がいてほしいと思う。そう思える相手に出会えたことに感謝を。私の『最初で最後のリアルな恋』はまだまだ続いていく。
華恋の些細な変化に気づいたのかスタッフが声をかけようとした時ノック音が響いた。動けない華恋に代わってスタッフが扉を開けに行く。声だけが聞こえた。
「入っても大丈夫ですか?」
聞き馴染みのある親友の声。華恋はスタッフが答える前に口を開いた。
「大丈夫だよ」
扉を開けて入ってきた麻友を鏡越しに捉え、頬が緩む。麻友は足を止め、華恋をじっと見つめた。まるで眩しい存在を目にした時のように。
ただ、それも数秒間だけ。再び足を動かし、華恋に近づく。気を利かせたのかスタッフが出ていった。
二人だけになった部屋で、麻友がしみじみと呟く。
「早いだろうとは思っていたけど、まさかこんなに早いなんて……ここにくるまで実感が湧かなかったよ」
「ふふっ。そうだよね。私も未だに実感ないし」
「おいおい。それはそれでどうなの。森さん泣いちゃうよ~?」
「それはさすがに可哀相か~」
ふふふと笑い合う二人。麻友がぴたりと笑いを止め、真剣な顔で尋ねる。
「後悔はない?」
それに対して華恋も真面目に返す。
「ないよ。幸せ過ぎて怖いだけ」
「そっか。ならいいよ」
「うん。今まで……ありがとうね」
こんな私の友達でいてくれて。そんな意味を込めて言えば、麻友はムッと顔を顰めた。
「なに、その別れの言葉みたいなの。嫌なんだけど。私達の関係はこれからも続くんじゃないの?」
「それはそう! ごめんごめん。じゃあ……これからもよろしくね」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
二人で微笑みあう。……なんだか感傷的になってきた。ここ最近の思い出が蘇ってくる。この日を迎えるまでに本っ当に色んなことがあった。
式場を勝手に決めようとした母さんと口論になったり、後日母さんに泣きつかれた父さんが怒りを露わに突撃してきたり、そのせいで私側の両親の列席は無しになるところだったり……。
私としてはそれでもよかったけど、英治とお義母さんが今後の遺恨になるかもしれないからとなんとかとりなしてれて……そういえばお義母さんはどうやって二人を納得させたんだろう。途中から裕子姉達に連れだされたから知らないんだよなあ……裕子姉は「知らないままの方が幸せってこともあるのよ」って言っていたけど……。とりあえず、あの日森家の最強がお義母さんっていうことだけは理解した。
そして、今日。結婚式当日。とうとうこの日がやってきた。
「そろそろ時間じゃない?」
麻友が室内の壁にかかった時計を見て言う。華恋は頷いた。
「うん」
「じゃあ、私は先に戻ってるから。……こけないようにね!」
「気をつける。ありがとう」
華恋の複雑な心境を気遣ってきてくれた麻友に心の中でもう一度感謝を述べる。今でこそ、華恋の側には森がいてくれるがそれまでは麻友だけだった。麻友と出会ってから華恋は孤独を感じる事が減った。辛い時も悲しい時も嬉しい時も何かあった時は麻友が側にいてくれたから。華恋にとって麻友は親であり、姉妹であり、友人でもあるたった一人の大切な人だ。血の繋がった両親よりもずっとずっと。
両親は今頃式場の席に座っていつも通りいちゃついているのだろう。気を遣ってお義母さんが新婦側につこうかと言ってくれたが断った。その気持ちだけで嬉しかった。同時に両親への複雑な感情が込み上げてくる。
ちらりと見かけた母さんは、本日の主役である華恋と同じくらい派手な衣装に身を包み、人々の視線をかっさらっていた。いい意味でも悪い意味でも。そんな母さんの隣を自慢げに歩きながら周りを威嚇する父さん。正直恥ずかしかった。恥ずかしかったけれど、きてくれただけでもマシか……とも思う。気分屋な母さんが当日になってやっぱり父さんと二人で過ごしたいからと言ってドタキャンする可能性だってあったのだから。
一応、スタッフには目に余るような行動を起こすようならすぐに式場から連れ出して欲しいと頼んでいる。いまのところ連絡はないから大人しくしているのだろう。今日くらいは両親らしくいてほしいと祈るばかり。
スタッフに呼ばれ、式場へと向かう。
スタッフが開いてくれた扉の先にはヴァージンロードが続いている。その先に森がいた。黒や紺も似合っていたが、白のタキシードも似合っている。――――何回見てもカッコイイ。
興奮のあまり足元がふらつきそうになるのを気合で踏ん張り耐えた。そして、一歩を踏み出す。
エスコートは無し。参列してくれている人達の中には疑問に思っている人達もいるだろうが……負けずに堂々と歩みを進める。
ちなみに、父さんには自分からエスコートする必要ないと伝えた。案の定、父さんは二つ返事で頷いた。一応頼まれたらするつもりだったらしいが……そんな渋々な感じでされても嬉しくはない。それくらいなら一人で歩いてみせる。
森は華恋が自分の元まで歩いてくるのをじっと見守っていた。華恋も森を見つめ、一歩一歩確実に前に足を進めていく。そして、二人は手を取り合った。参列席の方を向く。
嫌でも目に入った。華恋の両親が何やら囁き合い、いちゃついている。相変わらずのようで内心呆れる。周りは華恋達に夢中で、あの二人には気づいていないようだ。そのことにホッとした。
対して森の両親は温かい視線を二人に向けている。お義母さんの方が感極まっているようで若干目が潤んでいるが、そのことがなんだか嬉しい。
次いで目に入ったのは裕子と健太。
私が辛かった時、心の支えだった健ちゃん。でも、今はもっと英治ができた。その大切な人のお姉さんが推しの奥さんで……なんて不思議な巡り合わせだろうか。
華恋と森を見て目を輝かせている二人に、華恋は微笑み返した。その笑みを見た参列客がざわつく。森はぎろりと視線を走らせた。途端に静かになる。
ぴりついた空気を壊すように神父が咳ばらいをした。静かになった式場に二人の誓いの言葉が響く。その後の誓いのキスは……しなかった。期待していただろう参列席からまばらに戸惑いの声が上がる。
それでも二人は素知らぬ顔で参列席に笑顔を向けた。
皆が戸惑っている中、式は進んで行く。二人はフラワーシャワーを浴びながらヴァージンロードを歩いた。そして、扉が閉まる瞬間を狙って、誓いの口づけを交わす。
まさかのタイミングにカメラを構えていなかった参列者が叫び声を上げる。完全に閉まった扉の向こうで華恋と森はしたり顔を浮かべ、微笑みあった。
いつだったか、「初恋は実らない」という言葉を聞いたことがある。推しが出ていた恋愛ドラマの台詞だったような気がする。もし、その台詞が真実なら私の初恋はやっぱり『健ちゃん』だったのだろう。
推しをおっかけていたあの頃。私は恋愛の『れ』の字にも興味が無かった。誰かと恋に落ちて、結婚をする未来なんて一生訪れることは無いと思っていた。それなのに、英治と出会い、わからないながらも恋をして、結婚をした。結婚がゴールだとは思っていない。まだまだ私の人生は続いていくし、この先も色々あるだろう。喧嘩だってするかもしれない。「離婚だー!」なんて騒ぎ立てるかもしれない。でも、人生の終着点に辿り着いた時、隣には英治がいてほしいと思う。そう思える相手に出会えたことに感謝を。私の『最初で最後のリアルな恋』はまだまだ続いていく。
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