初めてのリアルな恋

黒木メイ

文字の大きさ
上 下
12 / 27

十二

しおりを挟む
 思いは通じた……はず。だけど、黙ったままの森を前にすると不安が込み上げてくる。

「森さん?」

 耐え切れなくなって名前を呼んだ。森がビクリと身体を揺らす。

「いや、ごめん。ちょ、ちょっと待ってくれ」
「う、うん?」

 片手で口元を押さえ、もう片方の手を上げて華恋に答える森。そんな森の頬は微かに赤くなっている。

「これって、夢……じゃないよな?」

 ちらりと目線だけ華恋に向けて尋ねる森。――――な、何その反応可愛い!
 森の反応に内心悶えながら、華恋はわざと口を尖らせた。せっかく勇気を出したのになかったことにされたくはない。

「違いますよ。……えいっ」

 森の頬に手を伸ばして遠慮なく横に引っ張った。

「い”っ」
「ほら、夢じゃないでしょう?」
「あ、ああ」

 頬に手をあて、どことなく嬉しそうな顔で頷く森。森の反応に思わず笑みがこみ上げてきた華恋。

「どうした?」
「んーたいしたことじゃないんですけど……森さんの色んな一面が見れて嬉しいなぁって思って。森さんって意外と可愛いんですねぇ」
「可愛い? いや可愛いのは俺じゃなくて渡辺さんだろ」

 首を傾げ、言い切る森。思わぬ反撃にあい、華恋の顔が一気に真っ赤に染まった。

 ――――え? 今森さんが可愛いって言った?! 私に?!

 可愛いと言われることには慣れているはずなのに森から言われた一言に自分でも驚くくらい動揺している。
 今まで森の口から『可愛い』なんて単語を聞いたことは一度もなかった。むしろ、森の辞書にはそんな言葉はないと思っていたくらいだ。

 ――――どうしよう。すごく嬉しい。嬉しいのに……心臓がドキドキしすぎて苦しい。

 胸元を手で押さえ、俯く。
 華恋がプチパニックに陥っている間に森は冷静さを取り戻したらしい。左手首にしていた腕時計を確認して森が立ち上がる。驚いて華恋は森を見上げた。

「ど、どうしたんですか?」

 首の後ろを押さえ、何故か気まずげに視線を逸らす森。

「いや……伝えようと思っていたことは伝えられたし今日はとりあえず帰ろうかな……と」
「え、もう帰っちゃうの?」

 慌てて立ち上がり、森の上着を掴む華恋。森の動きがピタリと止まった。華恋をじっと見つめ、溜息を吐く。

「渡辺さん、俺これでも我慢してるんだけど」
「我慢? なんの?」
「なんのって……」

 小首を傾げている華恋の頬に森が手を伸ばす。無防備な華恋は警戒することなく森の手を受け入れた。そのことに理不尽な苛立ちが込み上げてくる。

 森の手が頬を伝い、指先が華恋の唇に触れる。その時ようやく華恋は理解した。

「っぁ」

 小さく声が漏れた。でも、抵抗はしない。心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているし、今にも倒れてしまいそうだけど……嫌ではないから。むしろ、期待している自分がいる。

「いいの? するよ?」

 華恋はゆっくりと頷いた。
 森は一瞬ためらうような気配を見せたが、空いている方の腕を華恋の身体に回し引き寄せた。ふわりと二人の匂いが混じりあう。心音が重なってどちらのものかわからない。

 大きな手に誘導され、華恋は顔を上げた。目と目があう。「あ」と思った時には森の顔が近づいてきて、反射的に目を閉じた。二人の唇が重なる。

 森の服を握る手に力が入った。唇が重なっていたのは一瞬か、十秒か、一分か……わからないけれど、この瞬間だけは時が止まっていたように感じた。

 最後にぎゅっと抱きしめられ、身体が離れる。
 頬がまだ熱い。ちらりと森を見上げた。

 ――――キスってこんな感じなんだ。森さんは……慣れてるのかな。余裕そうに見えるけど……

 森がおもむろに人差し指を鼻の上あたりに持っていく。そして、「あ」と声を漏らした。
 どうやら眼鏡をしている時の癖が出たらしい。気まずげに視線を逸らした森を見て思わず華恋は笑ってしまった。

「そういえば、今日は眼鏡をしていないんですね?」

 今更だが気になってきた。

「ああ。この姿の方が都合がいいからな」
「?」
「健太の古参ファンなら俺のことを覚えている可能性が高いだろう? そうじゃなかったとしても俺のことは調べればすぐにわかるはず。健太と繋がりがある俺が渡辺さんと親密そうにしているのを見たらあいつらは勝手に解釈するだろう。そのまま噂を流してくれれば万々歳」
「ああ……なるほど」

 森と華恋の関係を匂わせることで、健太との噂を塗り替える作戦だったのかと気づき、さすがだと頷く。

「なんか、すみません」
「何が?」
「森さんまで巻き込んじゃって」

 華恋の発言に森の片眉がピクリと上がった。

「渡辺さんが謝る必要はないだろう。俺が自分から巻き込まれにいったんだから。……それとも、俺の気持ちは伝わらなかった? それならもう一回するけど」

 森がもう一度華恋に向かって手を伸ばす。華恋は真っ赤な顔で慌ててその手を避けた。

「い、いえ結構ですっ!」
「その反応はそれはそれで傷つくけど。はあ。とにかく、また何かあったらすぐに俺に連絡して?」
「はい」
「迷惑とか考えないで良いから、すぐにね」
「わ、わかりました!」

 真顔で念を押され、華恋は何度も頷き返した。
 これで大丈夫。そう考えていた私達は浅はかだったらしい。

 ◇

 呼吸が苦しい。学生時代ならともかく社会人になってから運動する事がめっきり減ってしまった弊害だ。まさか、こんなに自分の体力が落ちていたとは。でも、走るのを止めることはできない。
 足を止めたが最後、何をされるのかわかったものじゃない。

 大通りに出て、路地裏に入りを繰り返す。もはやここがどこなのかよくわからない。とにかく後ろから迫ってくる足音から逃げるのに必死だった。

 けれど、残念ながら追手からは逃げきれなかった。しかも、逃げた先は行き止まりだ。

「はあ、はあ、はあ」
「はあっ。もう、逃げられないわよ」
「絶対逃がさないんだから」
「諦めなさい」

「わ、わかりました。でも、こほっ。んん。ちょ、ちょっと待ってください」

 そう言って片手を前に出して、呼吸を整える。華恋を追いかけてきた彼女達は眉間に皺を寄せながらも律儀に待ってくれていた。――――意外と話が通じる?

「ふぅっ。あの……皆さん、誤解していますよ」
「誤解?」

 三人組の真ん中にいるいかにもリーダーっぽいお色気お姉さん系女子が華恋を睨みつける。
 目力が凄くて内心怯えながらも華恋はコクコクと頷き返した。

「私は健太さんの奥さんじゃありません」
「は?」

 ドスのきいた声が返ってくる。両側の二人も華恋を睨みつける。――――わあ。迫力が三倍になった。
 華恋は両手を上げ、人好きのする笑顔を浮かべた。が、効果はなかったらしい。

「ですから、私は」
「あんたが健ちゃんの奥さんじゃないことなんかわかっているわよ」
「え? それならなんで」
「あんた、森ちゃんのなんなの?」
「へ?」

 まさかの名前に目を見開く。華恋の反応を見てどう思ったのか、女三人の顔がさらに険しくなる。

「とぼけないでくれる?」
「森ちゃんのなんなのかって聞いてるんだけど」
「耳ついてる?」

 ずいっと近寄ってくる三人に、華恋は一歩後ろに下がった。嫌な予感がする。

「あ、の、なんで森さんのこと」
「そりゃあ、私達は昔から森ちゃん推しだからよ」
「え」
「正しくは健ちゃん×森ちゃん推しだけどね」
「で? あんたはいったい森ちゃんのなんなの?」

 華恋の頭の中で警報が鳴り始めた。――――これはまずいかもしれない。
 後ろ手にバレないようこっそりとショルダーバッグの中に手をつっこむ。

「わ、私は……」

 ――――なんて答えたらいいんだろう。この展開は予想していなかった。……っていうか、実際私と森さんの関係ってどうなんだろう。気持ちは伝えあったけど付き合っているかどうかと言われたら……。

 黙り込んだ華恋に女三人の不機嫌指数はさらに上がっていく。
 何か答えないといけないと思いつつも適切な言葉は出てこない。華恋は必死に手を動かした。でも、残念ながらその隙を見逃してくれるような三人ではなかった。

「何をしているの?」
「きゃっ!」

 力強く腕を引かれ、小柄な華恋はそのまま地面の上に転んだ。手元にあったスマホは勢いで飛んでしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。 ・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

処理中です...