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悪役令嬢にも好みはあるらしい
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エルマにはああ言ったものの相手は不法入国をしている可能性が高い。そんな相手とまともに話をしようとしたところで無駄だろう。————嫌な予感がする。
魔王の森に入って十分も立たないうちに血の匂いを感じ取った。最後尾にいるユーリでさえ気づいたのだ。先頭にいるカイやダニエルはもっと早く感じただろう。
案の定、レオンが待ったをかけるよりも早くカイが駆け出した。舌打ちをして追いかけようとするレオンをアンネが止めた。
「レオン様はそのままで。私と……ダニエル様で先に行きます。この森については私の方が詳しいですから」
「えぇ。指揮官のレオン様はどっしりと構えていてください」
アンネがダニエルを強制的に巻き込んだが、ダニエル本人も同じ意見だったらしく頷いている。レオンの返事を待たずに二人はカイを追いかけて走り出した。二人の背中を見送った後も苦い顔をしているレオンに話しかける。
「アンネがいれば大丈夫だ。万が一の場合はコレに連絡するよう言ってある。それに、どちらにしろ行く先は一緒だ。気になるなら私達も早く先へ進もう」
「そう、だな」
レオンの瞳から悔しさと焦りの色が消える。
時期国王としては些か己を軽んじているところがあるとは以前から思っていたが、……非道になり切れないやつだからこそ、ついていこうと思えるのかもしれないな。ユーリは気付かれないように薄く笑った。
エーリヒの索敵魔法でカイ達がいる位置を正確に捉えると、急いで向かう。
「どうやら、獣人がいるのは本当のようだな」
「わかるんですか?」
思わず最後尾から問いかけたユーリへとエーリヒがちらりと視線を向ける。
「これでも王城勤めだからな。獣人と会う機会もあった。……おまえは初めてか?」
「ええ。今までは……まさか、こんな形で会うことになるとは思ってもいませんでしたが」
しばらく歩いているとエーリヒが立ち止まった。じっと先を見つめている。
ユーリも索敵魔法を発動する。————確かに初めての気配だ。
濃厚な血の匂いが香ってきた。酷い出血の者がいる……もしかしたら複数人。きつく拳を握る。
ユーリは剣呑な雰囲気を纏っているレオンを押しのけて先頭に立った。
「おい、ユーリ」
「先生。レオンをお願いします」
「ああ」
「ユーリ! 待てっ!」
ユーリはレオンの制止を振り切って走り出した。
森の中腹部に少し開けた場所があった。彼らはそこにいた。遠目からでもわかる。見覚えのある冒険者が数人倒れている。息はまだあるようでアンネが必死に治療を施している。本来ならば全体回復を使いたいのだろうが。彼らの前では使えない。こっそりとバレないように一人一人を回復させていくしかない。アンネも歯がゆい顔を浮かべている。
一方、アロイスと数名の冒険者、カイは獣人達と対峙していた。ダニエルは遠距離から補助をしているようだ。
すでに一戦交えたのか、カイも傷を負っていた。
「また、ゾロゾロと」
忌々しげに呟いたのは黒ヒョウの顔をした獣人。どうやらこの中では彼がリーダーらしい。
「ですから私達はあなたがたと戦うつもりはなく」
「ダニエル! こいつらはもう人を傷つけている。話し合う必要なんてねぇ!」
二人が言い争ってる間にアロイスは死角から近づいていた。アロイスが矢を射た瞬間、カイとダニエルが飛び退く。猫科の鋭い目が風魔法で威力を増した矢を捉える。腕を振り上げた。
アロイス、冒険者達、そして、カイとダニエルも唖然とする。
蝿を追い払うくらいの軽い仕草。それだけで、渾身の一矢は無効にされてしまった。
「この程度で俺の行動を止められるとでも?」
ふん、と鼻で笑う黒ヒョウ。周りにいるネコ科の獣人達も嘲笑を漏らした。
顔を真っ赤にさせたカイが一歩踏み出そうとしたのをダニエルが手で制する。
アロイスは冷静にその場を把握しながらも、打開策が浮かばずに焦っていた。
アンネのおかげでなんとか負傷者も回復しつつあるが、それでも現況が危ういのは変わりない。早く彼らだけでも村に帰したいのだが、獣人達は一人も逃すつもりはないようだ。
「さすが魔王を復活させようなどと愚かなことを考える者たちだ」
「は? 何を、言って」
「我々が気づかないとでも思ったのか?」
黒ヒョウが不快げに顔を歪める。誤解だと声を大にして言いたいが、まともに話を聞いてくれそうもない。
「まぁ、お前らのような下っ端ではろくな情報を持っていないだろう。とはいえ、我々の動きはまだ知られるわけにはいかない。全員ここで……なに? 聖女がいるのか?」
ジャガーの獣人が指さした先には負傷者を治療しているアンネがいた。黒ヒョウの口角が上がる。カイ達の表情が強ばった。黒ヒョウが動くよりも先に叫んだ。
「アンネ逃げろ!」
「え?」
「くっ!」
カイが雄叫びを上げながら黒ヒョウに飛びかかる。アロイスと冒険者達が他の獣人達を牽制する。
ダニエルは走り、アンネの方に紙をとばした。防御壁を展開させようとしたのだが、すでに黒ヒョウはアンネのすぐそばまで迫っていた。
驚異的な身体能力で一気に距離を詰め、アンネへと手を伸ばす黒ヒョウ。
驚愕したアンネの瞳に牙を剥きだしにした黒ヒョウの笑みが映る。
アンネが目を閉じた瞬間、ビュッと風を切る音が聞こえた。
目を開くと、地面に黒ヒョウが転がっていた。黒ヒョウが痛みに顔を歪めながらも身体を起こそうとした途端、背中に衝撃が加わり、再び地に伏せた。さらに、得体の知らない力が全身を押しつぶさんとばかりにのしかかってくる。
「ぅぐおおおおおおお」
「私は確かに動物は好きだ。最近では特にネコ科の動物が可愛くてたまらない。だがな。あいにく、私にも好みというものがあるんだよ。可愛いらしさのかけらもないヤツは対象外なんだ」
「ユーリ!」
アンネに名前を呼ばれ、ユーリはちらりとだけ視線をやった。その隙にリーダーを奪還するべく、動こうとした獣人達。しかし、彼らの足は縫い止められたかのようにその場から動かせなかった。困惑の声が上がる中、茂みの中から現れたのはエーリヒとレオン。エーリヒの手には小さな杖が握られていた。
内心では安堵しつつ、ユーリは黒ヒョウを踏みつける足に力を込め睨みつけた。
「さぁ。答えてもらおう。返答によっては……刎ねる」
ユーリの剣が黒ヒョウに、レオンの刃が獣人の中でも一番若そうなヒョウに向けられた。微かにあった抵抗がぴたりと止む。
「人間が魔王を復活させようとしているという情報はどこで耳にした?」
「そんなこと俺は言った覚えは、わかった話す! 話すからやめてくれ!」
レオンの刃が若いヒョウの首に当たる寸前、黒ヒョウが叫んだ。レオンとユーリの視線が絡む。レオンが頷き返した。
ユーリが詳細を話すように促すと渋々黒ヒョウが話し始める。
数ヶ月前、獣人の王へ謁見を申し込み、告発してきた人間がいた。『ゲーデル王国は魔王を復活させ、世界征服を企んでいる』と、その調査を黒ヒョウ達が任された。半信半疑で魔王の森へと訪れてみると、森の中には異様な空気が満ちていた。魔物達の様子もおかしい。魔王復活に真実味が増した。となれば告発内容も事実という可能性が高い、と黒ヒョウは結論づけた。
「何とも短絡的な」
「な!」
「考えて見ろ。魔王を復活させたところで一番に滅びるのは我が国だろう。それに、魔王復活になぜ聖女を伴わせる必要がある」
「あ」と獣人達がアンネを見て、確かに……と視線をさ迷わせた。
「むしろ、私たちはその魔王を倒す存在、いわゆる『選ばれし者』だ」
「なんと!」
驚いた表情の黒ヒョウ。すでに戦意は失っているようだ。ユーリはちらりとレオンを見て頷いた。
改めて互いの誤解を解き、話をした結果、彼らとは手を組むことになった。魔王復活に何者かが、もしくは組織や種族がかかわっているのは間違いない。しかも、その者達はゲーデル王国と獣人国を陥れようとしていた。これを見過ごすわけにはいかない。
プライドの高い獣人側にしても同様だ。獣人国の王も間違いなく同様の判断を下すはずだと黒ヒョウは一瞬だけ若いヒョウを見て言った。
話が纏まり、一旦負傷者達を連れて村へと帰ろうとした瞬間、地響きが鳴り、唸り声と共に巨躯が森の奥へ通じる道から現れた。
魔王の森に入って十分も立たないうちに血の匂いを感じ取った。最後尾にいるユーリでさえ気づいたのだ。先頭にいるカイやダニエルはもっと早く感じただろう。
案の定、レオンが待ったをかけるよりも早くカイが駆け出した。舌打ちをして追いかけようとするレオンをアンネが止めた。
「レオン様はそのままで。私と……ダニエル様で先に行きます。この森については私の方が詳しいですから」
「えぇ。指揮官のレオン様はどっしりと構えていてください」
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「アンネがいれば大丈夫だ。万が一の場合はコレに連絡するよう言ってある。それに、どちらにしろ行く先は一緒だ。気になるなら私達も早く先へ進もう」
「そう、だな」
レオンの瞳から悔しさと焦りの色が消える。
時期国王としては些か己を軽んじているところがあるとは以前から思っていたが、……非道になり切れないやつだからこそ、ついていこうと思えるのかもしれないな。ユーリは気付かれないように薄く笑った。
エーリヒの索敵魔法でカイ達がいる位置を正確に捉えると、急いで向かう。
「どうやら、獣人がいるのは本当のようだな」
「わかるんですか?」
思わず最後尾から問いかけたユーリへとエーリヒがちらりと視線を向ける。
「これでも王城勤めだからな。獣人と会う機会もあった。……おまえは初めてか?」
「ええ。今までは……まさか、こんな形で会うことになるとは思ってもいませんでしたが」
しばらく歩いているとエーリヒが立ち止まった。じっと先を見つめている。
ユーリも索敵魔法を発動する。————確かに初めての気配だ。
濃厚な血の匂いが香ってきた。酷い出血の者がいる……もしかしたら複数人。きつく拳を握る。
ユーリは剣呑な雰囲気を纏っているレオンを押しのけて先頭に立った。
「おい、ユーリ」
「先生。レオンをお願いします」
「ああ」
「ユーリ! 待てっ!」
ユーリはレオンの制止を振り切って走り出した。
森の中腹部に少し開けた場所があった。彼らはそこにいた。遠目からでもわかる。見覚えのある冒険者が数人倒れている。息はまだあるようでアンネが必死に治療を施している。本来ならば全体回復を使いたいのだろうが。彼らの前では使えない。こっそりとバレないように一人一人を回復させていくしかない。アンネも歯がゆい顔を浮かべている。
一方、アロイスと数名の冒険者、カイは獣人達と対峙していた。ダニエルは遠距離から補助をしているようだ。
すでに一戦交えたのか、カイも傷を負っていた。
「また、ゾロゾロと」
忌々しげに呟いたのは黒ヒョウの顔をした獣人。どうやらこの中では彼がリーダーらしい。
「ですから私達はあなたがたと戦うつもりはなく」
「ダニエル! こいつらはもう人を傷つけている。話し合う必要なんてねぇ!」
二人が言い争ってる間にアロイスは死角から近づいていた。アロイスが矢を射た瞬間、カイとダニエルが飛び退く。猫科の鋭い目が風魔法で威力を増した矢を捉える。腕を振り上げた。
アロイス、冒険者達、そして、カイとダニエルも唖然とする。
蝿を追い払うくらいの軽い仕草。それだけで、渾身の一矢は無効にされてしまった。
「この程度で俺の行動を止められるとでも?」
ふん、と鼻で笑う黒ヒョウ。周りにいるネコ科の獣人達も嘲笑を漏らした。
顔を真っ赤にさせたカイが一歩踏み出そうとしたのをダニエルが手で制する。
アロイスは冷静にその場を把握しながらも、打開策が浮かばずに焦っていた。
アンネのおかげでなんとか負傷者も回復しつつあるが、それでも現況が危ういのは変わりない。早く彼らだけでも村に帰したいのだが、獣人達は一人も逃すつもりはないようだ。
「さすが魔王を復活させようなどと愚かなことを考える者たちだ」
「は? 何を、言って」
「我々が気づかないとでも思ったのか?」
黒ヒョウが不快げに顔を歪める。誤解だと声を大にして言いたいが、まともに話を聞いてくれそうもない。
「まぁ、お前らのような下っ端ではろくな情報を持っていないだろう。とはいえ、我々の動きはまだ知られるわけにはいかない。全員ここで……なに? 聖女がいるのか?」
ジャガーの獣人が指さした先には負傷者を治療しているアンネがいた。黒ヒョウの口角が上がる。カイ達の表情が強ばった。黒ヒョウが動くよりも先に叫んだ。
「アンネ逃げろ!」
「え?」
「くっ!」
カイが雄叫びを上げながら黒ヒョウに飛びかかる。アロイスと冒険者達が他の獣人達を牽制する。
ダニエルは走り、アンネの方に紙をとばした。防御壁を展開させようとしたのだが、すでに黒ヒョウはアンネのすぐそばまで迫っていた。
驚異的な身体能力で一気に距離を詰め、アンネへと手を伸ばす黒ヒョウ。
驚愕したアンネの瞳に牙を剥きだしにした黒ヒョウの笑みが映る。
アンネが目を閉じた瞬間、ビュッと風を切る音が聞こえた。
目を開くと、地面に黒ヒョウが転がっていた。黒ヒョウが痛みに顔を歪めながらも身体を起こそうとした途端、背中に衝撃が加わり、再び地に伏せた。さらに、得体の知らない力が全身を押しつぶさんとばかりにのしかかってくる。
「ぅぐおおおおおおお」
「私は確かに動物は好きだ。最近では特にネコ科の動物が可愛くてたまらない。だがな。あいにく、私にも好みというものがあるんだよ。可愛いらしさのかけらもないヤツは対象外なんだ」
「ユーリ!」
アンネに名前を呼ばれ、ユーリはちらりとだけ視線をやった。その隙にリーダーを奪還するべく、動こうとした獣人達。しかし、彼らの足は縫い止められたかのようにその場から動かせなかった。困惑の声が上がる中、茂みの中から現れたのはエーリヒとレオン。エーリヒの手には小さな杖が握られていた。
内心では安堵しつつ、ユーリは黒ヒョウを踏みつける足に力を込め睨みつけた。
「さぁ。答えてもらおう。返答によっては……刎ねる」
ユーリの剣が黒ヒョウに、レオンの刃が獣人の中でも一番若そうなヒョウに向けられた。微かにあった抵抗がぴたりと止む。
「人間が魔王を復活させようとしているという情報はどこで耳にした?」
「そんなこと俺は言った覚えは、わかった話す! 話すからやめてくれ!」
レオンの刃が若いヒョウの首に当たる寸前、黒ヒョウが叫んだ。レオンとユーリの視線が絡む。レオンが頷き返した。
ユーリが詳細を話すように促すと渋々黒ヒョウが話し始める。
数ヶ月前、獣人の王へ謁見を申し込み、告発してきた人間がいた。『ゲーデル王国は魔王を復活させ、世界征服を企んでいる』と、その調査を黒ヒョウ達が任された。半信半疑で魔王の森へと訪れてみると、森の中には異様な空気が満ちていた。魔物達の様子もおかしい。魔王復活に真実味が増した。となれば告発内容も事実という可能性が高い、と黒ヒョウは結論づけた。
「何とも短絡的な」
「な!」
「考えて見ろ。魔王を復活させたところで一番に滅びるのは我が国だろう。それに、魔王復活になぜ聖女を伴わせる必要がある」
「あ」と獣人達がアンネを見て、確かに……と視線をさ迷わせた。
「むしろ、私たちはその魔王を倒す存在、いわゆる『選ばれし者』だ」
「なんと!」
驚いた表情の黒ヒョウ。すでに戦意は失っているようだ。ユーリはちらりとレオンを見て頷いた。
改めて互いの誤解を解き、話をした結果、彼らとは手を組むことになった。魔王復活に何者かが、もしくは組織や種族がかかわっているのは間違いない。しかも、その者達はゲーデル王国と獣人国を陥れようとしていた。これを見過ごすわけにはいかない。
プライドの高い獣人側にしても同様だ。獣人国の王も間違いなく同様の判断を下すはずだと黒ヒョウは一瞬だけ若いヒョウを見て言った。
話が纏まり、一旦負傷者達を連れて村へと帰ろうとした瞬間、地響きが鳴り、唸り声と共に巨躯が森の奥へ通じる道から現れた。
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