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悪役令嬢は予期せぬ知らせを受ける
しおりを挟む『魔王の森に獣人がいる』
その知らせはユーリ達がいざ魔王の森へと入ろうとした時にもたらされた。先発隊のリーダーアロイスの指示で冒険者の一人が伝達係として返されたのだ。知らせを耳にしたユーリ達の顔に緊張が走る。
魔人や魔物と違い人間と共存を選んだ種族『獣人』。とはいっても、二つの種族の間には大きな隔たりがあった。魔法は使えないが人間よりも遥かに高い身体能力を持つ『獣人』。彼らは力こそが全てだという思想が強く、自分達こそが人間よりも上だと考えていた。一方、人間側にも獣人の力に畏怖を抱きつつも魔法が使え、知能が高い自分達の方こそが上だという伝統的思考があった。
時折、互いの強さを誇示したい者達が諍いを起こすこともあったが、公式に各国と獣人国との間で条約が結ばれてからは表立ってはおとなしくなっていたはずだ。
それなのに、獣人がこの国に、魔王の森にいる。しかも複数。
ユーリがちらりと視線を向けるとレオンが首を横に振った。
レオンも知らされていないとなると不法入国か。———何を企んでいるのか……。
素早く二人の視線が絡む。とにもかくにも行ってみないとわからないと軽く頷き合った。
各々が気を引き締めたタイミングでユーリが「あ」と声をあげた。
「コレを渡すのを忘れるところだった」
皆に見えるように出したのは黒のベロア生地のシンプルな横長の箱。皆が近寄ってきたのを確認してから箱を開く。レオンはその箱の中に入っていたものを見て、一度瞬きをした後視線を上げた。ユーリの耳元で輝いている緑色のピアスが目に入る。箱に入っているモノはもう少し色が薄い。レオンは首を捻った。
「ピアスのようだが……」
「このピアスはこうみえてもマジックアイテムなんだ。レオン、片耳貸してくれ」
箱を一旦エーリヒに預けるとユーリはその中の一つを手にしてレオンに近寄った。レオンに少し屈んでもらい、ピアスを装着する。しっかりと装着できたのを確認すると離れた。
「このアイテムの使い方だが……レオン?」
「あ、ああ」
不意打ちで接近したユーリに思考が奪われたレオンは名前を呼ばれてようやく我に返る。ユーリが訝しみながらレオンから少し距離を取った。慌てて弁解をしようとしたレオンに向かってユーリが鋭く言い放つ。
「くるな」
拒否の言葉を耳にしたレオンの身体が固まる。その間に、ユーリはどんどんレオンから離れていき、とうとう部屋から出て行ってしまった。レオンは途方に暮れた顔でユーリが出ていった扉を見つめたが、ふいに耳元でユーリの声が聞こえ、ビクリと身体を揺らした。
『レオン。聞こえるか? レオン?』
「っあ、ああ。え、コレはどういうことだ? ユーリの声がすぐ近くから聞こえるのだが」
エーリヒがレオンに近寄り、ピアスを覗き込む。瞳孔の開ききった目で一心不乱にあらゆる角度からピアスを観察し、レオンの耳元で何かを呟き続けるエーリヒに正直周りは引いていた。
『そのピアスは、簡単に言えば『デンワ』の携帯版だよ。同じ魔石から作ったピアス同士なら魔力を流せばこうやって離れていても意思疎通を図ることが出来る。森の中で別行動をとる際や、敵を前にした時の連携に役立つと思って事前に造っておいた。急ごしらえなので、無骨な形になってしまったが』
確かによくよく見てみれば、ユーリとアンネがしているピアスはキレイに加工されているが、エーリヒが手にしているものは台座にただ石がつけられただけのように見える。
「これは……すごい! 画期的な発明だ! この商品登録はもう済んでいるのか?!」
エーリヒが興奮した状態で残りのピアスを箱ごと掲げている。ユーリがひょっこりと戻ってきて、苦笑して言った。
「いえ、まだ試作段階なので。後日使用感や改善点を教えてもらえると助かります。皆も何かあったら教えてほしい。改良して出来上がったものは陛下に献上する予定だから、その時はよろしく頼む」
ユーリの言葉にレオンが頷いた。このマジックアイテムは間違いなく国の益になるだろう。レオンはこの場にいる全員に視線を配った。
「このマジックアイテムについてはまだここだけの話にしておきたい。皆いいな」
皆が頷き返す。ユーリは「助かった。ありがとう」と言う代わりにレオンへ片手を上げた。レオンが肩を竦めさせ、返事をする。二人が言葉を介さずにやり取りをしている横で、珍しくそちらを見ることなく思案顔を浮かべていたアンネ。けれど、気持ちを切り替えたのかエーリヒが持っている箱からピアスを一つ取り上げるとカイの方へと向かっていった。ユーリも箱の中からまた一つ取ると、次はダニエルへと近づいた。声をかけようとしたところでレオンに肩を叩かれる。振り返ると予想よりも近い位置にレオンがいて驚く。
「俺がつけよう。つけ方を知っておきたい。教えてくれ」
「あ、ああ」
差し出されたレオンの手にピアスを乗せる。装着するのにかかった時間は数分。しかし、二人に挟まれていたダニエルの顔はその数分の間にげっそりとなっていた。その横でしれっと説明を聞いていたエーリヒは自分で意気揚々と器用につけている。
「よし、これで全員つけられたかな」
「まだ、あと二つ残っていますよ」
「え? ああ、そうか」
ダニエルに言われて、ユーリ自身とアンネの分もあったのを思い出す。アンネがソワソワした様子でユーリに近づいた。
「ユーリ。また、つけてもらってもいい?」
「ああ、もちろん」
ユーリがピアスを手にしようとした時、大きな手が先にピアスを奪っていった。驚いて顔を上げると、カイの鋭い視線とぶつかる。ユーリは思わず両手を挙げ、下がって場所を譲った。優越感を浮かべ、頬を微かに緩ませたカイがアンネと向き合う。
危ない。また邪魔をするところだった。
内心冷や汗をかいていたユーリだが、その後ろではレオンとアンネが互いに笑みを浮かべたまま視線のみで攻防を繰り返していた。
最後の一つをエーリヒから渡されたユーリは難なくもう片方の耳に装着する。どこからか「あ」という声が複数漏れたがユーリの耳には届かなかった。
————————
「村長。ここまでで、結構です。念のため、獣人達がこの村に来る可能性も考えて護衛は置いて行きます。何かあれば彼らに遠慮なく言ってください」
「うむ。感謝いたしますじゃ。王太子殿下方も充分に気を付けてくだされ。今の森は以前とは全く違う。その上、獣人も潜んでいるとなれば……この先、入口付近ですら何があるかわからない状態じゃろう。王太子殿下、アンネ、皆様方もよくよく気をつけて行ってきてくだされ」
「はい」
「オジジ行ってくるね!」
魔王の森の入口手前までオジジとその孫が見送りについてきていた。オジジの孫でもあり、アロイスの妹でもあるエルマ。
そのエルマとアンネは何故か睨み合うようにして対面していた。エルマの視線がふいにアンネから逸れてユーリを捉えた。勢いよく片手を取られ、両手で握りこまれる。
「ユーリ様も気を付けていってきてくださいね!」
「あ、ああ」
「ちょ、何してんのよ!」
アンネが無理矢理間に割って入り、エルマを引き離した。エルマはそのアンネに向かって煽るように鼻で笑う。
「あんたも、その唯一の取り得の顔が傷つく前に帰ってきなさいよ」
「はぁ? 私の取り得は顔だけじゃありませんー! それに、余裕で、無傷で帰ってこれますー!」
「よく言うわ! だいたい、女のあんたが行ってどうするのよ!」
「女とか男とかふっるーい! 私は強いからいいの!」
「あんたねーそれで傷者になったらどうすんの?! そんなことになったら嫁の貰い手なんて一人くらいしかないんだからね!」
「余計な心配してもらわなくても嫁の貰い手くらいいくらでもいますー!」
「まぁまぁ、心配なのはわかるが。そこまでにしてくれ、アロイス達が気になる」
仲裁に入ったユーリの言葉に二人が止まる。エルマの顔に不安の色が浮かんだ。
その表情を見て失言だったと気付く。慌ててエルマの頭の上に手を置くと、顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ。獣人達は言葉が通じない魔物とは違う。戦闘になっている可能性は低い……と思う。それに、今から私《ヒーロー》も駆けつけるからな」
ユーリらしくないジョークのつもりだったのだが、エルマは目を瞬かせて笑った。
「はい。兄を、……アンネをお願いします」
最後の方は小さな声だったが、ユーリの耳にはしっかりと届いた。「ああ」と頷くとエルマの顔から不安の色が消える。
二人に見送られ、一行は魔王の森に足を踏み入れた。殿のユーリは背を向けた途端笑みを消し、鋭い視線を森へと向けた。
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