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悪役令嬢はヒロインの兄貴分と再会する

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 村長との挨拶を終えたレオン達は荷物を置くため、村の入口付近に建っている他の住居とは明らかに異なるデザインの建物へと入った。その建物は王都から派遣された騎士達が普段使用している寄宿舎だ。小さな村に建てるには些かそぐわない外観だが騎士の中には貴族の子息も多い為このような結果になったのだろう。
 村の人々の中には少なからず不満を持つ者もでてきそうだが、寄宿舎の管理は村のいい収入源になっている為、概ね村人達に受け入れられていた。特に年頃の女性達にとって寄宿舎での仕事は断トツの人気だった。年頃の男性達からしてみれば苦虫を嚙み潰したような心境ではあるが、文句を言えば女性達からどんな視線を向けられるかは想像に容易く……甘受するしかなかった。

 ユーリは建物に入って早々に己へと割り振られた部屋へ向かおうとして歩みを止めた。カイに話しかけられているアンネの肩を叩く。アンネはユーリを見てホッとしたような表情を浮かべた。カイはもの言いたげな視線をユーリに向けるが、あえて無視してアンネだけを見て言う。

「アンネが私の部屋の鍵も持っているんだったよな?」
「うん。オジジからオススメの部屋の鍵を預かってきたから私が案内するね。カイ様。ありがとうございます。ですが、このとおりユーリもいるので大丈夫です」
「あ、ああ。いや、でもアンネ嬢はせっかくなら実家に戻った方が親御さんも嬉しいんじゃ」
「カイ、さっさと部屋に荷物を置きに行くぞ。ユーリ達も、荷物を置いたら一階の食堂に集合してくれ」

 ユーリはレオンに返事をした後、カイの視線が逸れている間に、アンネの荷物を奪い背中を押した。アンネは促されるまま、ユーリを案内をするため階段を上り始める。ユーリはその後に続いた。
 カイが気づいた時には二人の姿は消えていた。二階から仲良さげに話す声だけが聞こえてくる。カイとしては複雑な心境だった。アンネから「いじめのことは誤解で、ユーリとはあれからすっかり仲良くなれたのでもう大丈夫です」とは聞かされていた。確かに仲は良いように見える。むしろ、良すぎるくらいで、二人が並んでいる姿を見るだけで……ユーリを見つめるアンネの表情を見るだけで、カイの心はざわついた。だからといって二人を無理矢理引き離すわけにもいかない。カイはモヤモヤしたままレオンから渡された鍵を持って一階にある部屋へとむかった。

 アンネが言っていたオススメの部屋は二階の日当たりのいい角部屋だった。ユーリはそこを使うように言われ、アンネはその隣の部屋の鍵を持っていた。先にアンネの荷物を部屋に置きに行き、次いでユーリは渡された鍵で己の部屋の扉を開いた。何故かアンネも一緒についてくる。
 どうしたのかと首を傾げれば、アンネは視線を泳がせながらユーリに尋ねた。

「ユーリって……もしかして知ってるの? その、今の私に両親がいないこと」
「……ああ。私も、レオンも知っている。おそらく、エーリヒ先生あたりも知っていると思う」
「そう、だったんだ」

 先程カイはアンネに寄宿舎ではなく実家で寝泊まりするよう説得していた。何も知らないカイとしては、好意を寄せている女性が男ばかりいる場所で寝泊まりするという状況を看過できなかったのだろう。アンネの表情が曇っていることにきづかない程に。さすがに見ていられなくなったユーリが声をかけ、レオンがすぐにサポートに入ったおかげで何とかやり過ごすことができたが……ユーリは未だ芳しくない表情を浮かべているアンネを見て、空気を変えようと別の話題を振った。

「そういえば、アンネはここで働いたことはあるのか?」
「学園に入るまでは何度かね。……いい小遣い稼ぎになったわ」

 含み笑いをするアンネ。アンネらしい表情にユーリは思わず苦笑するが、あえてそれ以上はツッコまなかった。
 アンネの表情から翳りが消えたことにはホッとしたが、正直気にはなっている。アンネの顔に浮かんだのは悲しみや戸惑いだけではなかったように見えた。————アンネにとって家族の話は鬼門なのかもしれない。
 ユーリも今世では母親をすでに亡くしている……がアンネとは違う。ユーリには父と兄がいて、何より、境遇が違った。ユーリが見た調書には、アンネは物心つく前に両親を亡くし、村長や村の人達の手を借りて育ったとあった。アンネとオジジの関係は極めて良好に見えたが……どちらにしろ、アンネが望んでいない以上、踏み込むべきではないとユーリは首を振った。


 ————————


 荷物を置いたアンネ達はレオンに言われた通り、食堂に向かった。扉の中から話声が聞こえてくる。どうやら、レオン達も、情報提供をしてくれる冒険者達もすでに揃っているらしい。ユーリは一度扉をノックして、開いた。アンネに先に入るよう勧める。アンネが室内に足を踏み入れると、室内にいた皆の視線が一斉に集まった。パタン、と扉が閉まる音と同時に「あっ」という二人分の声が重なる。

 一人はアンネ。もう一人はテーブルの上に置いた地図を見ながらレオンと話していた人物。アンネが顔を綻ばせて駆け寄った。

「アロ兄!」
「アンネ! 元気……そうだな!」

 飛びつくように駆け寄ってきたアンネの頭を撫でるアロイス。思わず立ち上がったカイだが、アンネが「兄」をつけたことで何とか耐えた。だが、二人の距離にカイの視線が鋭くなる。アンネ達にとっては普段通りの距離なのだろうがカイにとっては許容し難い距離だった。堪えきれなくなったカイが一歩踏み出そうとした瞬間、レオンの視線が止める。その時、レオンですら予期していなかった人物が二人の会話に加わった。

「どうも。この前ぶり、だな」
「ん? あれ、おまえどこかで……って……え?! おまっあの時の?!」
「ああ」

 ユーリが肯定すると、アロイスは勢いよく立ち上がり頭を下げた。

「あの時は助かった。感謝している! 次会った時に改めてお礼を言いたいと思っていたが、まさか、こんな形で再会できるとは!」
「いや、礼を言われるほどのことはしていないから気にするな」
「ちょっと待ってよ! え、ていうかアロ兄とユーリってば知り合い?!」
「ああ。といっても……ユーリさんとは危ないところを助けてもらった時に会ったきりなんだが。あの時、ユーリさんと出くわさなかったら……俺もこいつらも無事に生還できなかったかもしれねぇ。おい! お前らからも礼を言っとけ!」

 アロイスのかけ声でその場にいた冒険者達が全員頭を下げた。ユーリはその圧におされながらもここは受け入れるべきだと判断して頷く。

「それにしても、そうか。ユーリさんがオジジが言ってたアンネの相手か」

 アロイスが複雑そうな表情を浮かべユーリを見た。ユーリが首を傾げる。アンネが慌てて二人の間に身を滑り込ませた。

「ち、ちがうから! 誤解! ユーリはこう見えてお」
「感動の再会を繰り広げているところ申し訳ないのだが、全員揃ったのならばそろそろ話し合いをしてもいいだろうか」

 アンネの言葉を遮るようにレオンが言った。その顔には笑みが浮かんでいるのに目は笑っていない。むしろ纏う空気は冷たかった。一瞬、その場に沈黙が満ちた。
 しれっとした顔でレオンが己の隣の席を叩いてユーリを手招きをする。ユーリは素直に従い、その席に腰かけた。アンネはレオンの様子を伺いつつも空いている席————カイの隣に座った。
 そして、アロイス、ユーリ、レオンを中心に時折アンネの意見も交えて小一時間程度、情報交換と今後の計画について話し合いが行われた。
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