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悪役令嬢はこの世界について知る
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学園内にある図書室。テスト期間中に利用する生徒は多いが、それ以外の日は比較的少ない。頻繁に通うのはよほどの本好きくらいだが、ユーリはその少数派に入っていた。
いつも通り窓際の定位置に座り、前回読んだ本の続編を読み始める。
小一時間が経ち、ユーリは一休みする為に本を閉じた。ふと強い視線を感じ、後ろを振り向く。数人の女生徒が目に入った。視線があったのでとりあえず頭を下げておく。女生徒も同じように返した。————彼女達では無いな。
興奮を抑えて囁きあっている女生徒達から視線を逸らし、周囲に視線を巡らせる。ユーリが感じた視線の持ち主は見当たらない。
「気のせいか?」
カイとの一件後、ユーリはよく知らない生徒達から声を掛けられる事が増えた。今までも充分注目されていたのだが、ファンクラブなるものが発足したことで、表立って行動する者が続々と現れ始めたのだ。
最初は戸惑っていたユーリだが、一週間経てば慣れる。何より、こういう時、全てに答えていたらキリが無いということをユーリは覚えていた。
とりあえずこの場を離れようと、ユーリは今読んでいた本を持ってカウンターへと向かった。
————————
図書館で覚えた違和感からさらに一週間が経った。
昼を食べ終えた後、コーヒーを飲んでいると向かいからため息が聞こえてきた。
「どうした?」
「それを聞きたいのは俺の方だ。無意識だろうが、先程から唸ってばかりだぞ」
レオンに指摘され、ユーリはキョトンと目を瞬かせる。自覚は全く無かった。
「俺には話せない内容か?」
「いや、そういう訳では無いが……」
「なら、話してみろ。一人で考えるよりマシだろう」
レオンに促され、ユーリは話し始めた。ここ数日間、誰かの視線を感じること。その視線は好意や悪意といった感情的なものではなく観察するようなもの。害はなさそうなので放っておいてもいいのだが、気になるので心当たりを探っている。まだ相手が誰なのかは掴めていないこと。
一通り話終えるとユーリは冷めてしまったコーヒーに再び口をつけた。レオンは腕を組み、先程のユーリと同じように唸った。
「気配察知力に長けているユーリでも相手が誰かわからないとなると、只者ではないかもしれないな」
「うーん、殺気を向けられれば一発なんだが……」
とりあえずは現状維持で、様子見をするしかない。レオンの方でも独自に動いてみるという事で話はまとまった。
————————
ユーリはネコに会うため、校庭裏を訪れていた。「ネコ」と呼ぶとどこからともかくネコが姿を現す。ネコを抱き抱え、ユーリはふにゃりと笑った。ここに、ファンクラブのメンバーがいれば手を取り合って歓喜したことだろう。それ程、レアな光景だった。
和やかな癒しの時間は、突如甲高い声によって壊された。ユーリは己の名前を叫ぶ人物へと視線を向ける。
そこには、仁王立ちのアンネがいた。
「あなた! 転生者でしょ!」
ユーリは鋭い視線をアンネに向ける。不愉快だった。「犯人はお前だ!」とばかりに人差し指を向けられたこと……ではなく、ネコとの逢瀬を邪魔されたことが。
思わず言葉を詰まらせたアンネだが、一度咳払いをすると、精一杯の虚勢を張りユーリに食ってかかった。
「証拠は上がっているのよ!」
「証拠?」
「あなたが、転生者だっていう証拠よ!」
「ふぅん」
ユーリはつまらなさそうに返事をして、ネコを再び撫で始める。アンネはその態度にイラつきながらも『証拠』を突きつけた。
一つ、乙女ゲームの『ユーリ・シュミーデル』とは性格が違いすぎる。
一つ、この世界にいないはずのネコを知っている。
一つ、ヒロインを差し置いて逆ハーを作ろうとしている。
「つまり、あなたは乙女ゲームのシナオリを壊す為にキャラ変をして、さらには私に成りかわろうとしているのよ! そうでしょう?!」
ドヤ顔を浮かべているアンネをしり目に、ユーリはアンネの話を頭の中で整理していた。
どうやらこの世界はアンネが知る乙女ゲームというものと似通っているらしい。しかも、ヒロインはアンネで、自分は悪役令嬢。攻略対象は自分の知り合いばかり。
「なるほど。じゃあもし、そのシナリオ通りに行けば私は処刑、もしくは国外追放になるわけか」
「そうよ。そのシナリオはもうあなたが壊しちゃったけどね!」
「ん? まだ、修正はできるんじゃないか?」
「え?」
「卒業まで二年もある。それまでに距離を縮めることはできるだろう。まぁ、皆婚約者がいる者ばかりだから逆ハーというやつはオススメしないが。レオンだけならいけるかもしれないぞ?」
「レオンはあなたの婚約者でしょ?」
「そうだが。アンネは魔力が高く、固有魔法の使い手だ。王家にとっても検討するだけの価値はあるはず」
「でも、それはあなたも一緒だし……高位貴族で、剣聖の娘となれば簡単に覆されることはないんじゃないの?」
「ああ。だが、私が問題を起こして国外追放となればどうだ?」
「それは、まぁ……というか、なんのつもりよ」
アンネはついついユーリの話に乗せられていた事に気が付き睨みつけた。ユーリが何故か気恥ずかしそうに頬をかいた。
「実は、昔から冒険者というものに興味があるんだ。レオンとの婚約があるから諦めていたんだが、もしその未来が実現できるならば……と思って」
「あなた……レオンが好きなんじゃないの? ここ数日観察して、まさかとは思っていたけど……もしかして、あなた前世は」
「男だ」
予想していたとはいえ、ユーリの答えにしばしアンネは固まった。
目の前のこの美女の中身が男!?
でも、納得出来る。むしろ、しっくりくる!
この世界でのユーリの言動はあまりにも男前すぎるもの。下手したら一番人気のレオンよりも……。ユーリが身体も男だったら絶対モテたはず。
「ここ数日観察していたということは最近の視線はアンネのものだったのか。なるほど……アンネには諜報の才能があるかもしれないな」
顎に手を当て、思索に耽るユーリの姿が男にしか見えなくなってきた。慌ててアンネは首を横に振るとユーリを見た。
「ねえ、ユーリ・シュミーデル。レオン様のこと協力してちょうだい」
「私ができることは限られているが、それでもいいなら。私の方も手伝ってくれると助かる」
「交渉成立ね」
ユーリとアンネはがっちりと握手を交わした。お互いの夢を叶える為に。
いつも通り窓際の定位置に座り、前回読んだ本の続編を読み始める。
小一時間が経ち、ユーリは一休みする為に本を閉じた。ふと強い視線を感じ、後ろを振り向く。数人の女生徒が目に入った。視線があったのでとりあえず頭を下げておく。女生徒も同じように返した。————彼女達では無いな。
興奮を抑えて囁きあっている女生徒達から視線を逸らし、周囲に視線を巡らせる。ユーリが感じた視線の持ち主は見当たらない。
「気のせいか?」
カイとの一件後、ユーリはよく知らない生徒達から声を掛けられる事が増えた。今までも充分注目されていたのだが、ファンクラブなるものが発足したことで、表立って行動する者が続々と現れ始めたのだ。
最初は戸惑っていたユーリだが、一週間経てば慣れる。何より、こういう時、全てに答えていたらキリが無いということをユーリは覚えていた。
とりあえずこの場を離れようと、ユーリは今読んでいた本を持ってカウンターへと向かった。
————————
図書館で覚えた違和感からさらに一週間が経った。
昼を食べ終えた後、コーヒーを飲んでいると向かいからため息が聞こえてきた。
「どうした?」
「それを聞きたいのは俺の方だ。無意識だろうが、先程から唸ってばかりだぞ」
レオンに指摘され、ユーリはキョトンと目を瞬かせる。自覚は全く無かった。
「俺には話せない内容か?」
「いや、そういう訳では無いが……」
「なら、話してみろ。一人で考えるよりマシだろう」
レオンに促され、ユーリは話し始めた。ここ数日間、誰かの視線を感じること。その視線は好意や悪意といった感情的なものではなく観察するようなもの。害はなさそうなので放っておいてもいいのだが、気になるので心当たりを探っている。まだ相手が誰なのかは掴めていないこと。
一通り話終えるとユーリは冷めてしまったコーヒーに再び口をつけた。レオンは腕を組み、先程のユーリと同じように唸った。
「気配察知力に長けているユーリでも相手が誰かわからないとなると、只者ではないかもしれないな」
「うーん、殺気を向けられれば一発なんだが……」
とりあえずは現状維持で、様子見をするしかない。レオンの方でも独自に動いてみるという事で話はまとまった。
————————
ユーリはネコに会うため、校庭裏を訪れていた。「ネコ」と呼ぶとどこからともかくネコが姿を現す。ネコを抱き抱え、ユーリはふにゃりと笑った。ここに、ファンクラブのメンバーがいれば手を取り合って歓喜したことだろう。それ程、レアな光景だった。
和やかな癒しの時間は、突如甲高い声によって壊された。ユーリは己の名前を叫ぶ人物へと視線を向ける。
そこには、仁王立ちのアンネがいた。
「あなた! 転生者でしょ!」
ユーリは鋭い視線をアンネに向ける。不愉快だった。「犯人はお前だ!」とばかりに人差し指を向けられたこと……ではなく、ネコとの逢瀬を邪魔されたことが。
思わず言葉を詰まらせたアンネだが、一度咳払いをすると、精一杯の虚勢を張りユーリに食ってかかった。
「証拠は上がっているのよ!」
「証拠?」
「あなたが、転生者だっていう証拠よ!」
「ふぅん」
ユーリはつまらなさそうに返事をして、ネコを再び撫で始める。アンネはその態度にイラつきながらも『証拠』を突きつけた。
一つ、乙女ゲームの『ユーリ・シュミーデル』とは性格が違いすぎる。
一つ、この世界にいないはずのネコを知っている。
一つ、ヒロインを差し置いて逆ハーを作ろうとしている。
「つまり、あなたは乙女ゲームのシナオリを壊す為にキャラ変をして、さらには私に成りかわろうとしているのよ! そうでしょう?!」
ドヤ顔を浮かべているアンネをしり目に、ユーリはアンネの話を頭の中で整理していた。
どうやらこの世界はアンネが知る乙女ゲームというものと似通っているらしい。しかも、ヒロインはアンネで、自分は悪役令嬢。攻略対象は自分の知り合いばかり。
「なるほど。じゃあもし、そのシナリオ通りに行けば私は処刑、もしくは国外追放になるわけか」
「そうよ。そのシナリオはもうあなたが壊しちゃったけどね!」
「ん? まだ、修正はできるんじゃないか?」
「え?」
「卒業まで二年もある。それまでに距離を縮めることはできるだろう。まぁ、皆婚約者がいる者ばかりだから逆ハーというやつはオススメしないが。レオンだけならいけるかもしれないぞ?」
「レオンはあなたの婚約者でしょ?」
「そうだが。アンネは魔力が高く、固有魔法の使い手だ。王家にとっても検討するだけの価値はあるはず」
「でも、それはあなたも一緒だし……高位貴族で、剣聖の娘となれば簡単に覆されることはないんじゃないの?」
「ああ。だが、私が問題を起こして国外追放となればどうだ?」
「それは、まぁ……というか、なんのつもりよ」
アンネはついついユーリの話に乗せられていた事に気が付き睨みつけた。ユーリが何故か気恥ずかしそうに頬をかいた。
「実は、昔から冒険者というものに興味があるんだ。レオンとの婚約があるから諦めていたんだが、もしその未来が実現できるならば……と思って」
「あなた……レオンが好きなんじゃないの? ここ数日観察して、まさかとは思っていたけど……もしかして、あなた前世は」
「男だ」
予想していたとはいえ、ユーリの答えにしばしアンネは固まった。
目の前のこの美女の中身が男!?
でも、納得出来る。むしろ、しっくりくる!
この世界でのユーリの言動はあまりにも男前すぎるもの。下手したら一番人気のレオンよりも……。ユーリが身体も男だったら絶対モテたはず。
「ここ数日観察していたということは最近の視線はアンネのものだったのか。なるほど……アンネには諜報の才能があるかもしれないな」
顎に手を当て、思索に耽るユーリの姿が男にしか見えなくなってきた。慌ててアンネは首を横に振るとユーリを見た。
「ねえ、ユーリ・シュミーデル。レオン様のこと協力してちょうだい」
「私ができることは限られているが、それでもいいなら。私の方も手伝ってくれると助かる」
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