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第一章
第十話 『閃きの女神』の片鱗
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最初の方こそ顔色の悪かったイザベルだが、しばらくすると憑りつかれたかのように牢内を歩き回り始めた。
イザベルの様子次第ではすぐに中止しようと考えていたヒルデベルトもその様子をみて安堵する。すでに牢内は粗方調べ終えていたので、イザベルの邪魔をしないよう一定の距離を開けてついて回ることにした。イザベルがどこを見て、どのように調べているのかが気になったからだ。
イザベルが一部で『閃きの女神』と呼ばれていることは知っていた。だが、その片鱗を見る機会は今までなかった。今日はソレを見る事ができるかもしれない。
気にかかっているのはどうやらティモも同じようだ。ティモが女性をこれほど熱く見つめているのは初めて見る。
一通り見終わり、ヒルデベルトから聞いた検死結果と合わせて脳内で吟味していると名前を呼ばれた。集中しすぎて王太子達がいたことをすっかり忘れていた。慌てて振り返る。ヒルデベルトもティモも気にした様子は無くてホッとした。
「何かわかったかな?」
「えぇ。お手伝い願えますか?」
「もちろん」と二つ返事をもらったイザベルは己の推論を再現してみることにした。犯人役をイザベル、牢番役にはティモ、クラーラ役をヒルデベルトに頼んだ。まずは、ヒルデベルトには牢内に入ってもらい、ティモを連れて入り口に立つ。
「アルホフ様、私をエミーリア様のいた牢まで案内してくださいますか」
ティモは言われた通りにイザベルを連れてエミーリアがいた牢前まで移動する。そこでイザベルはティモに向き合い、先程ヒルデベルトから借りた短刀をティモの心臓あたりに刺した。もちろん、鞘はつけたままで刺すフリをしただけだ。ティモには死んだフリをしてもらう。倒れたティモの内ポケットから懐刀を取り出し、己の内ポケットに直すフリをして、頷いた。
「やはり、こちらの方が正解だと思いますわ。おそらく真犯人は二人に面会をしにきた人物です。そして、今のように牢番に案内をさせ、殺した」
「待ってください。何故そのように断言できるのですか」
起き上がったティモが眼鏡を押し上げ尋ねる。
なんだか面接を受けている時のような圧力を感じるのだが、気のせいだろうか。
負けず嫌いのイザベルは負けじと向き合った。
「それは、牢番が懐刀で殺されたからですわ。ヒルデベルト様、牢番は懐刀をエミーリア様に奪われ殺されたと言っていましたよね?」
「ああ。現場に落ちていた短刀は牢番が持つ物と同じだった。他の牢番達が自分の懐刀を所持しているのも確認ができている。ちなみに、落ちていた短刀の特徴と傷口から予測できる獲物の特徴は一致していたと検死官が言っていた。おそらく、凶器は落ちていた短刀で間違いないだろうね」
「そうですか。凶器が懐刀……不自然だと思いませんでしたか?」
ヒルデベルトもティモもイザベルの質問の意図がわからず首を傾げる。
「ヒルデベルト様達にとっては当たり前の事かもしれませんが、普通の女性は牢番が懐刀を持っていることを知りません。先程会った牢番は腰に剣を帯刀していました。おそらく、牢番は皆しているのではないですか?」
「ああ。そのとおりだよ」
「ならば尚更、ですわね。女性が扱いづらい剣とは言え、所持していると一目でわかる剣ではなく、わざわざ持っているかもわからない懐刀を奪うというのは不自然です。真犯人は牢番が懐刀を持っていると知っている人物。おそらく、己も同じように所持している人物が可能性が高いと思います。そして、これはあくまでも想像ですが。懐刀を奪うよりも自分で用意していて不意打ちを狙い、今のようにすり替える方がスムーズに犯行に及べます」
「先入観によるミスリード……となると、犯人は多少絞られるな。後は、クラーラ嬢に恨みがあった人物か」
「いえ。犯人がクラーラ様に恨みがあったとは限りません」
「だが、クラーラ嬢だけ複数個所刺されていたのは、怨恨が理由ではないのか?」
「これには推測も入っていますが、ほぼ真実に近いのではのではないかと思います。犯人は、牢番を殺した後、二人に『助けに来た』と言ったのではないでしょうか。そう言えば少なくともエミーリア様は抵抗せず自分から牢を出ると思います。エミーリア様に目立った傷がなかったことからも推測できます。そして、犯人はエミーリア様を連れて、クラーラ様の元へ行った」
イザベルは、エミーリアの牢前から移動してクラーラの牢内に入る。
「ですが、エミーリア様はクラーラ様に対して負の感情を持っていました。クラーラ様を助ける事に不満を抱いたはずです。そこで、犯人は提案する。『クラーラ様を残していけば自分がしたことがバレてしまう。残すならば殺していくしかない』そう言って凶器をエミーリア様に渡したんです。連れて行かないならば自分で殺して見せろと……」
「エミーリア嬢がクラーラ嬢を殺したと?」
「というよりは殺そうとしたけれど、殺せなかった……のだと思います。エミーリア様はクラーラ様に致命傷にならない傷しかつけられなかった。結果、みかねた犯人がクラーラ様を刺した。そして、エミーリア様も殺した」
「計画的犯行だったということか」
「はい。エミーリア様を犯人に仕立て上げる為、クラーラ様を襲わせた。これでエミーリア様の身体にあった爪で引っかかれたような痕も説明がつきます」
「……驚いたな。検死官の見立てでも、三人に致命傷を負わせたのは人を殺すことに慣れた人物でまず間違いないと言っていた。だが、クラーラ嬢の他の刺し傷については、まるで素人が刺した傷跡だとも」
ヒルデベルトが感嘆したように溢した言葉にイザベルの目がつり上がる。ヒルデベルトがしまったという表情を浮かべた。
「意地の悪い。試したのですか?」
「いや、その……イザベル嬢がどのくらい戦力になるか判断したくて」
さらに目を細め睨みつけるとヒルデベルトがたまらず顔を背けた。ヒルデベルトの狼狽えた様子を見て、少し溜飲が下がる。
「まぁ、いいですが。ああ、それとその検死官は他にも言っていませんでしたが、例えばどれくらいの身長の犯人だとか」
「いや? さすがにそこまではわからないのではないか?」
「そうなんですか?……刺した角度とかでわかったりするのかと思っていました」
イザベルは前世で見た小説に確かそのような事が書いてあった事を思い出し尋ねたが、表情を見る限りヒルデベルトにその知識は無かったようだ。
あれ? もしや、また余計なことを言ってしまったのだろうか? いや、刺し傷でプロの犯行かどうかがわかるのならばきっとわかるよね?
イザベルが内心冷や汗をかいている間にヒルデベルトが頷いた。
「刺した角度か。今度会った時に奴に聞いておこう。いやぁ、それにしてもイザベル嬢は想像以上だったな。なぁ、ティモ」
「ええ。少なくともそこらへんの者達よりも使えますね」
クィッと上げられた眼鏡が光で反射した————気がする。何やら不穏な空気を感じて、イザベルはそろそろ解散したくなった。
「ほほほほほ。恐れ多いですわ~。では、このへんで今日は解散しませんこと?」
「そうだね。ああ、イザベル嬢これを」
ヒルデベルトは懐から取り出したものをイザベルに差し出す。イザベルは見覚えのあるハンカチーフを反射的に受け取った。
「まぁ。もういいのですか?」
「ああ。もうこちらでは必要ないものだからね」
久方ぶりに手元に戻ってきたハンカチーフに何とはなしに触れ、広げた。フィッツェンハーゲン家の家紋に、Oのイニシャル。笑顔の可愛い彼女が縫ってくれたものだ。いわくつきにはなってしまったが、捨てるつもりは毛頭ないので大切に持って帰ろう。畳もうとしてふと、違和感に気が付いた。まじまじとハンカチーフを見る。
様子の変わったイザベルに気が付き、ヒルデベルトは声をかけようとして、止めた。
イザベルの目から一筋の涙が零れ落ちる。
「そう、そうだったのね」
イザベルはハンカチーフを抱きしめた。目頭が熱くなり、次々と涙が溢れ、零れ落ちていく。異性の、それも王太子の前だとかそんなことは頭の片隅にも浮かばなかった。頭の中に浮かんだのはただ一人。
馬鹿ね。馬鹿で、でも、少し羨ましい。
イザベルは涙を拭きとると、すぐ側で立ち尽くしていたヒルデベルトに向き合った。
「今から話すことを聞いた上で賛同してくださるのならば、協力を願います。……私はどちらにしても、真実を白日の下に晒すつもりです」
覚悟を決めたイザベルを前に、ヒルデベルトは躊躇なく頷いた。ただ、話を聞いた後で……少しだけ後悔をしたが。
それでも、知ってしまったからには覚悟を決めるしかない。
イザベルの様子次第ではすぐに中止しようと考えていたヒルデベルトもその様子をみて安堵する。すでに牢内は粗方調べ終えていたので、イザベルの邪魔をしないよう一定の距離を開けてついて回ることにした。イザベルがどこを見て、どのように調べているのかが気になったからだ。
イザベルが一部で『閃きの女神』と呼ばれていることは知っていた。だが、その片鱗を見る機会は今までなかった。今日はソレを見る事ができるかもしれない。
気にかかっているのはどうやらティモも同じようだ。ティモが女性をこれほど熱く見つめているのは初めて見る。
一通り見終わり、ヒルデベルトから聞いた検死結果と合わせて脳内で吟味していると名前を呼ばれた。集中しすぎて王太子達がいたことをすっかり忘れていた。慌てて振り返る。ヒルデベルトもティモも気にした様子は無くてホッとした。
「何かわかったかな?」
「えぇ。お手伝い願えますか?」
「もちろん」と二つ返事をもらったイザベルは己の推論を再現してみることにした。犯人役をイザベル、牢番役にはティモ、クラーラ役をヒルデベルトに頼んだ。まずは、ヒルデベルトには牢内に入ってもらい、ティモを連れて入り口に立つ。
「アルホフ様、私をエミーリア様のいた牢まで案内してくださいますか」
ティモは言われた通りにイザベルを連れてエミーリアがいた牢前まで移動する。そこでイザベルはティモに向き合い、先程ヒルデベルトから借りた短刀をティモの心臓あたりに刺した。もちろん、鞘はつけたままで刺すフリをしただけだ。ティモには死んだフリをしてもらう。倒れたティモの内ポケットから懐刀を取り出し、己の内ポケットに直すフリをして、頷いた。
「やはり、こちらの方が正解だと思いますわ。おそらく真犯人は二人に面会をしにきた人物です。そして、今のように牢番に案内をさせ、殺した」
「待ってください。何故そのように断言できるのですか」
起き上がったティモが眼鏡を押し上げ尋ねる。
なんだか面接を受けている時のような圧力を感じるのだが、気のせいだろうか。
負けず嫌いのイザベルは負けじと向き合った。
「それは、牢番が懐刀で殺されたからですわ。ヒルデベルト様、牢番は懐刀をエミーリア様に奪われ殺されたと言っていましたよね?」
「ああ。現場に落ちていた短刀は牢番が持つ物と同じだった。他の牢番達が自分の懐刀を所持しているのも確認ができている。ちなみに、落ちていた短刀の特徴と傷口から予測できる獲物の特徴は一致していたと検死官が言っていた。おそらく、凶器は落ちていた短刀で間違いないだろうね」
「そうですか。凶器が懐刀……不自然だと思いませんでしたか?」
ヒルデベルトもティモもイザベルの質問の意図がわからず首を傾げる。
「ヒルデベルト様達にとっては当たり前の事かもしれませんが、普通の女性は牢番が懐刀を持っていることを知りません。先程会った牢番は腰に剣を帯刀していました。おそらく、牢番は皆しているのではないですか?」
「ああ。そのとおりだよ」
「ならば尚更、ですわね。女性が扱いづらい剣とは言え、所持していると一目でわかる剣ではなく、わざわざ持っているかもわからない懐刀を奪うというのは不自然です。真犯人は牢番が懐刀を持っていると知っている人物。おそらく、己も同じように所持している人物が可能性が高いと思います。そして、これはあくまでも想像ですが。懐刀を奪うよりも自分で用意していて不意打ちを狙い、今のようにすり替える方がスムーズに犯行に及べます」
「先入観によるミスリード……となると、犯人は多少絞られるな。後は、クラーラ嬢に恨みがあった人物か」
「いえ。犯人がクラーラ様に恨みがあったとは限りません」
「だが、クラーラ嬢だけ複数個所刺されていたのは、怨恨が理由ではないのか?」
「これには推測も入っていますが、ほぼ真実に近いのではのではないかと思います。犯人は、牢番を殺した後、二人に『助けに来た』と言ったのではないでしょうか。そう言えば少なくともエミーリア様は抵抗せず自分から牢を出ると思います。エミーリア様に目立った傷がなかったことからも推測できます。そして、犯人はエミーリア様を連れて、クラーラ様の元へ行った」
イザベルは、エミーリアの牢前から移動してクラーラの牢内に入る。
「ですが、エミーリア様はクラーラ様に対して負の感情を持っていました。クラーラ様を助ける事に不満を抱いたはずです。そこで、犯人は提案する。『クラーラ様を残していけば自分がしたことがバレてしまう。残すならば殺していくしかない』そう言って凶器をエミーリア様に渡したんです。連れて行かないならば自分で殺して見せろと……」
「エミーリア嬢がクラーラ嬢を殺したと?」
「というよりは殺そうとしたけれど、殺せなかった……のだと思います。エミーリア様はクラーラ様に致命傷にならない傷しかつけられなかった。結果、みかねた犯人がクラーラ様を刺した。そして、エミーリア様も殺した」
「計画的犯行だったということか」
「はい。エミーリア様を犯人に仕立て上げる為、クラーラ様を襲わせた。これでエミーリア様の身体にあった爪で引っかかれたような痕も説明がつきます」
「……驚いたな。検死官の見立てでも、三人に致命傷を負わせたのは人を殺すことに慣れた人物でまず間違いないと言っていた。だが、クラーラ嬢の他の刺し傷については、まるで素人が刺した傷跡だとも」
ヒルデベルトが感嘆したように溢した言葉にイザベルの目がつり上がる。ヒルデベルトがしまったという表情を浮かべた。
「意地の悪い。試したのですか?」
「いや、その……イザベル嬢がどのくらい戦力になるか判断したくて」
さらに目を細め睨みつけるとヒルデベルトがたまらず顔を背けた。ヒルデベルトの狼狽えた様子を見て、少し溜飲が下がる。
「まぁ、いいですが。ああ、それとその検死官は他にも言っていませんでしたが、例えばどれくらいの身長の犯人だとか」
「いや? さすがにそこまではわからないのではないか?」
「そうなんですか?……刺した角度とかでわかったりするのかと思っていました」
イザベルは前世で見た小説に確かそのような事が書いてあった事を思い出し尋ねたが、表情を見る限りヒルデベルトにその知識は無かったようだ。
あれ? もしや、また余計なことを言ってしまったのだろうか? いや、刺し傷でプロの犯行かどうかがわかるのならばきっとわかるよね?
イザベルが内心冷や汗をかいている間にヒルデベルトが頷いた。
「刺した角度か。今度会った時に奴に聞いておこう。いやぁ、それにしてもイザベル嬢は想像以上だったな。なぁ、ティモ」
「ええ。少なくともそこらへんの者達よりも使えますね」
クィッと上げられた眼鏡が光で反射した————気がする。何やら不穏な空気を感じて、イザベルはそろそろ解散したくなった。
「ほほほほほ。恐れ多いですわ~。では、このへんで今日は解散しませんこと?」
「そうだね。ああ、イザベル嬢これを」
ヒルデベルトは懐から取り出したものをイザベルに差し出す。イザベルは見覚えのあるハンカチーフを反射的に受け取った。
「まぁ。もういいのですか?」
「ああ。もうこちらでは必要ないものだからね」
久方ぶりに手元に戻ってきたハンカチーフに何とはなしに触れ、広げた。フィッツェンハーゲン家の家紋に、Oのイニシャル。笑顔の可愛い彼女が縫ってくれたものだ。いわくつきにはなってしまったが、捨てるつもりは毛頭ないので大切に持って帰ろう。畳もうとしてふと、違和感に気が付いた。まじまじとハンカチーフを見る。
様子の変わったイザベルに気が付き、ヒルデベルトは声をかけようとして、止めた。
イザベルの目から一筋の涙が零れ落ちる。
「そう、そうだったのね」
イザベルはハンカチーフを抱きしめた。目頭が熱くなり、次々と涙が溢れ、零れ落ちていく。異性の、それも王太子の前だとかそんなことは頭の片隅にも浮かばなかった。頭の中に浮かんだのはただ一人。
馬鹿ね。馬鹿で、でも、少し羨ましい。
イザベルは涙を拭きとると、すぐ側で立ち尽くしていたヒルデベルトに向き合った。
「今から話すことを聞いた上で賛同してくださるのならば、協力を願います。……私はどちらにしても、真実を白日の下に晒すつもりです」
覚悟を決めたイザベルを前に、ヒルデベルトは躊躇なく頷いた。ただ、話を聞いた後で……少しだけ後悔をしたが。
それでも、知ってしまったからには覚悟を決めるしかない。
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